あきた)” の例文
「或家庭」の昔から氏の作品に親しんでゐた我々は、その頃の——「その妹」の以後のかう云ふ氏の傾向には、あきたらない所が多かつた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
有体ありていにいうと、私は紅葉の著作には世間が騒ぐほどに感服していなかった。その生活や態度や人物にもあきたらなく思う事が多かった。
察するところ先生も亦当時の文壇の風潮にあきたらず、自然主義に反抗して起つたわれ/\を大いに激励して下さるつもりだつたのであらう。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これと反対に、少しの弱点をつかまえてそれが女の性格の全部のように書いてある近頃の小説などを見ては一層あきたらなく思います。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
市街の家屋が五階建に制限せられて居るのは、規則づくめな日本にあきたらない自分達に取つて第一に窮屈で、また単調で、目の疲労を覚えた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
オーガスタスはなほもあきたらずクレオパトラをローマに連れ帰らうとしたが、女王はアントニーの墓を訪ね、二人の侍女と共に墓室に閉ぢ籠り
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
救ふべからざる沒分曉漢わからずやは別として、多少なりとも文藝の作品に親しみを持つ人は、その主義や趣味の相違からあきたらず思ふ點はあるに違ひ無いが
貝殻追放:011 購書美談 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
猛獣犠牲いけにえて直ぐには殺さず暫時しばらくこれをもてあそびて、早あきたりけむ得三は、下枝をはたと蹴返せば、あっ仰様のけざまたおれつつ呼吸いきも絶ゆげにうめきいたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その事インドの頂生王マンドハタールが過去の福業に因り望んで成らざるところなきに慢心して天に上りて帝釈ために座を分つにあきたらず
女性を冷罵する事、東西厭世家のつねなり。釈氏も力を籠めて女人を罵り、沙翁も往々女人に関してあきたらぬ語気を吐けり。
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
伝統的な詩にあきたらないで新しい詩を試みたいという念慮は誰にもあることである。特に若い人々のためにそういう熱意のあることは同感に価する。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
僕は僕として貴方をうらむばかりではあきたらん、間に代つて貴方を怨むですよ、いんや、怨む、七生しちしようまで怨む、きつと怨む!
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼が訓誡くんかい到れり、尽せり。しこうして彼はなおあきたらずして、左の書をその叔父玉木に与え、以て家族婦人の教養を托せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
わたくしは古今幾多の伝記を読んであきたらざるものがあつた故に、ひそかに発起する所があつて、自らはからずしてこれに著手した。是はわたくしの試験である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そのトーキーというものは、私はアメリカのトーキーをベルリンで見たし、またイギリスで見たが、非常に音というものの使い方があきたらない。平凡である。
ソヴェト・ロシアの素顔 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
大岡越前守忠相様が、南のお町奉行を二十ねん御勤役ごきんやくになった。その間に、八裂きに致してもなおあきたらざる奴は、麹町平河町の村井長庵であると仰せられた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
原稿紙上の探偵事件ばかりを扱っているのにあきたらず、なにか手頃の事実探偵事件にぶつかってみたいものだと考えていたところ、こんど偶然の機会をつかみ
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それでまた諦めてゐたのであるが、彼は急にそれであきたらなくなつた。或る夜、得々として私に言ひ出した。
山寺 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
もしこれだけではあきたらぬとする人があるならば、更に全集について俳論俳話の二巻を通読すべきである。
「俳諧大要」解説 (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
曲は極めて交響楽的で、楽章の代りに幕を用い、楽器の表現力にあきたらずして、独唱合唱を用いたと言うべきもので、曲そのものの興味がこのレコードの特色であろう。
中井隼太はやた氏などは、ふだんOさんにあきたらぬ感情をもつてゐましたから、この騒ぎを機会にOさんときつぱり手を切らせたい、少なくとも深入りはさせたくないといつて
恋妻であり敵であった (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
獰猛な顔つきは、子どもの憎悪を唆ると見えて「みっちゃ/\」の唄なども、其ではあきたらぬか「ど、ど(又「ど※ど」)みっちゃ……」と憎さげに言ひかへる事もある。
三郷巷談 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
のろわれた自分、ひねくれたわれ。泥土のようにわれとわが身を蹂躙じゅうりんしてあきたらないこの身に、呪詛じゅそと、反抗と、嫉妬と、憎悪と、邪智と、魔性ましょうのほかに、何が残っている。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そう思うと、美奈子は、母に対して昨日今日、少しでもあきたらなく思ったことが、深く悔いられた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その他起居動作の習慣等について、二千数百年前の中国を知る人の眼から見たら、あきたらない節々が多分にあるであろう。著者は、しかし、一々それらの事を意に介しない。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そうしていっそ二つのうちで後の方をおかしたらどんなものだろうかと考えた。それに応ずる力を充分もっていたお秀は、第一兄の心から後悔していないのをあきたらなく思った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
物も手につかぬ戸惑いの中に一家の者がそわそわしているのに、神経の鈍さと言おうか、一向召集令を手にした者らしいあわただしさの見えない義兄が、あきたらなくさえ思われた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
少くともあきたらなく思つて居ないだらうかと疑ひ出した。友達の冷淡を恨んだお桐の言葉を思ひ出さずには居られなかつた。且つ又母に対しても気拙きまづく思つた。見舞に来た人達が
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
勘次かんじはそれでもあきたらないでおつぎの姿すがた戸口とぐちるまではにはつてることもある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
観念論にもあきたらず、さればと云って唯物論を名のることにも一種の羞恥を感じる処の、実際の意図に於ては唯物論に向っているが意識された意図に於ては之を承認することの出来ない処の
辞典 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
この地域は何といっても面白い山登りを提供する舞台として、内地では他の追従を許さぬものがある。宗教的登山の残骸にあきたらない明治中期後期の登山家が競うて活躍したのは此処ここであった。
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
日頃、武蔵のこの態度をあきたらず思っていた無二斎が、ある時、楊枝ようじけずっていた小刀を、ひと距てた武蔵めがけてげつけた。すると武蔵は、軽く面をそむけてかわし、にこと笑って見せた。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪之丞の父親を籠絡ろうらくして、不義の富を重ねていた頃、最高級の長崎奉行の重職を占め、本地の他に、役高千石、役料四千四百俵、役金三千両という高い給料を幕府から受けながら、猶且なおかつあきたらず
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そして内地語で書くことをあきたらずとする者、又は実際に書けぬ者の芸術のためには、理解ある内地の文化人の支持と後援のもとに、どしどしいい翻訳機関でもこしらえて紹介するように努めるがいい。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
尤も日頃あきたらず考えていたところである。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
春廼舎をあきたらなく思っていたには違いないが、訪問したのは先輩を折伏しゃくぶくして快を取るよりは疑問を晴らして益をくるツモリであったのだ。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
隆三は恩人に報ゆるにその短き生時せいじもつあきたらず思ひければ、とかくはその忘形見を天晴あつぱれ人と成して、彼の一日も忘れざりし志を継がんとせるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二言目ふたことめにはお金がかかるお金がかかると云ひ、藝術の作品を金錢に計量しなくては承知しない母親の態度にもあきたらず、こんな迷惑な地位に自分をおとしい
したがつて残りの百話の中にかへつて面白いものが有ると云ふやうなわけで、お上品に出来過ぎてしまつて、応接間向きの趣向しゆかういとしても、あきたらないことおびただしい。
それは私の客観写生の説にあきたらないで、客観の事実の中にも常に作者の感情を移入しなければいい俳句は出来ない、そういう意味の言葉であったように思います。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
私のこの苦い経験は或はランゲの説を実証したかもしれませんが、私はそれ以後、機械説なるものにあきたらぬ感じをいだきました。機械説は結局人間の希望を打ち壊すものです。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
元来勝豊自身、勝家の養子ではあるが、勝家には実子権六ごんろくがある上に、病身であって華々しい働もないのでうとんぜられて居たのだから、勝家にあきたらない気持はあったのである。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お桐の友達である若い人達は多くは蚊帳の外か、さなくば台所で誰かに見舞の辞を述べて、今日は斯々かく/\で忙しいから長く居られぬなどと言訳をして行くかした。お桐は之をあきたらず思つた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
射墜うちおとされた敵機の周囲には、激しいいかりに燃えあがった市民が蝟集いしゅうして、プロペラを折り、機翼きよくを裂き、それにもあきたらず、機の下敷したじきになっている搭乗将校とうじょうしょうこうの死体を引張りだすと、ワッとわめいて
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
兵馬はそれを聞いて甚だあきたらない。慊らないのみならず、いまさら浅ましさを感ぜずにはおられません。人の力で自由にされたものに、そっと忍んで逢瀬おうせを楽しむというような気にはなれません。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三日にはすでに明倫会が、政府の声明書の微温的なのをあきたらぬものとして、一木枢府議長の引退を希望するという態度を明らかにした。無論美濃部博士の方は司法処分を受けるものと想定しての上だ。
現代日本の思想対立 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
何にもしないで懐手ふところでをしてブラブラ遊んでいるとほか思われない二葉亭の態度や心持をあきたらなく思うは普通の人の親としての当然の人情であった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
宮、貴様は自殺を為た上身を投げたのは、一つの死ではあきたらずに、二つ命を捨てた気か。さう思つて俺は不敏ふびんだ!
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
白粉おしろいをつけた骨と皮ばかりの老夫人が、金の指環をはめて金の時計の鎖を下げて、金の帯留の金物をして、その上にもまだあきたらず、歯にも一面に金を入れて
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
十七字・季題ということは、おのずから俳句を駆って花鳥諷詠ということに針路を取らしめている。花鳥諷詠をあきたらずとしながら、やむをえず花鳥諷詠の方向に進んでおる。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)