情誼じょうぎ)” の例文
文蔵は仮親かりおやになるからは、まことの親と余り違わぬ情誼じょうぎがありたいといって、渋江氏へ往く三カ月ばかり前に、五百を我家わがいえに引き取った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
徳川時代の長脇差と同じような情誼じょうぎの世界をつくりだし義理人情で才能を処理して、会社員よりも会社員的な順番制度をつくっている。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
師弟の情誼じょうぎのために純情を傾けるのは美しいには美しい。しかし、それは新しい時代の創造ということにくらべると、私情でしかない。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
中川「ウムこう。この話の有無うむにかかわらず大原君は僕らの親友だから情誼じょうぎとして尋ねなければならん」小山「それでは昼飯の支度したくを ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
……然るに、はからず、そち達の忠義や、また筑前どのや竹中半兵衛の情誼じょうぎにより、ふたたび世の陽の目を仰ぐ身とはなった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
利害の打算から云えば無論の事、単に隣人の交際とか情誼じょうぎとか云う点から見ても、夫婦はこれよりも前進する勇気をたなかったのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もともと上総かずさ木更津きさらづの生れである彼は、関東者らしい熱血漢で、親分肌の、情誼じょうぎに厚いところのある、一風変った性格の持主なのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
チャイコフスキーの情誼じょうぎあつさと、その人の好さは、この美しいトリオと共に千万年の後までも語り伝えられるだろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
師弟の情誼じょうぎのうるわしさは、あるおり、夏子に恥をかかせまいとして、歌子は小紋ちりめんの三枚重ねのひきときを、表だけではあったが与えもした。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その親譲りの精神に富んだ兄の情誼じょうぎに対しても、岸本は今々自分が国へ帰って来たばかりだ、まだ息をく間も無いとは、どうしても言えなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこでは、政治家が文芸美術に干渉することがなく、情誼じょうぎや恩顧で勲章や地位や金銭を分かつことがなかった。
うせ一月後に卒業させるものなら今させても同じことじゃありませんか? 一緒に入って一緒に勉強して来た僕達は情誼じょうぎに於て二人を残すに忍びません」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
天下を窺う奸物の部下に就くものは、恩賞に眼がくれた欲張りか情誼じょうぎにほだされた愚物か、又は奸物を承知でくっ付いた奸物かに限られているようであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それは第一に故老博士に対する情誼じょうぎの上から、世間の非難を恐れたこと、第二にあの残虐をあえてする博士には、あるいはこの方が主たる理由であったかも知れないが
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かれがかくするのは、別段べつだん同情どうじょうからでもなく、とって、情誼じょうぎからするのでもなく、ただみぎとなりにいるグロモフとひとならって、自然しぜんその真似まねをするのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
秘密であるべき賄賂というようなものを、ソレ公然とお取りになる。公然であるべき政治というようなものを、わけても人事行政などを、私的情誼じょうぎ的におやりになる。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今まで古い情誼じょうぎを忘れない親切な男になりすまして、好意を見せ続けて来た態度を一変して好色漢になってしまうことが宮にお気の毒でもあり、自身にも恥ずかしいと
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
君臣のぶん日星の如く明らかに、臣の君につかうるや、その情誼じょうぎ、もしくは利害のためのみならず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
とにかく、これで原田さんも万全ではなくなったわけさ、なにしろ温和で謙遜けんそんで、情誼じょうぎあつくて、かつていちども人に憎まれたりそしられたりしたこともなし、そういう隙を
ま、怒らずとお聴きゃれ、思い出ずれば八年前、其方に不忍池畔に出逢い、友のちぎりを結んでより、拙者の情誼じょうぎはいつも変らぬ。拙者は絶えずそなたの身状を案じておるのじゃ。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
年は取ってもこの道にはけたはずの雪枝のことなので、いくら葉子の情熱でも瑠美子との師弟の情誼じょうぎを乗りえてまで、恋愛には進まないであろうし、若いマルキストの清川が
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鈴木松塘は房州那古なこの家から出府し倉皇そうこうとして板橋駅に来ったが恋々として手を分つに忍びず、そのまま随伴して美濃に赴いた。古人師弟の情誼じょうぎはあたかも児の母を慕うが如くである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こう情誼じょうぎをこめて頼まれると、さすがの陳君も、あっさり拒絶できなかった。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
しんは命を受けて憂懼ゆうくすところを知らず、情誼じょうぎを思えば燕王にそむくに忍びず、勅命を重んずれば私恩を論ずるあたわず、進退両難にして、行止こうしともにかたく、左思右慮さしゆうりょ、心ついに決する能わねば
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼奴ども赤夷あかえびすらには情誼じょうぎや人の道があり得ようはずはない、通じもしなければ解ろう法もない、どだい人間じゃアございますまいが、——隊長のデフレ何とかヴッチをはじめその司令部のシワン
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それであの親切な情誼じょうぎの厚い田舎の人たちは切っても切れぬ祖先の魂と影とを弊履のごとく捨ててしまった。そうして自分とは縁のない遠い異国の歴史と背景が産み出した新思想を輸入している。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
師弟の情誼じょうぎはまことに薄いのでありました。
尼子勝久や山中鹿之介の党を、上月城に入れたのは、秀吉であるから、秀吉としても、当然、その憂いは抱いていたし、また情誼じょうぎとしても
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此時子規は余程よほどの重体で、手紙の文句もすこぶ悲酸ひさんであったから、情誼じょうぎ上何かしたためてやりたいとは思ったものの、こちらも遊んで居る身分ではなし
中丸は当時その師抽斎に説くに、頗る多言をついやし、矢島氏のまつりを絶つに忍びぬというを以て、抽斎の情誼じょうぎうったえた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
愛想の尽きたるお登和嬢を大原のために取持たんは甚だ難事ながら親友の情誼じょうぎとて小山夫婦も大原の心をあわれ
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
武塔神やスサノオが蘇民の情誼じょうぎに報いたという説は、どこにも有りふれた報恩説話に後世の人がかこつけただけで、ソミン札の原因はそういうものではなく
故人の宮への情誼じょうぎを重く考える点で女王にょおうの心が動いてくるようにと願っているのであった。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
徳川氏と存亡を共にする以外に、この際、情誼じょうぎのあるべきはずがないと主張し、神祖の鴻恩こうおんも忘れるような不忠不義のやからはよろしく幽閉せしむべしとまで極言するものもある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
重臣と商人とのあいだに個人的な情誼じょうぎもあるから、幕府でするほど非情にはできないであろう、しかしそれも程度によるので、ぬきさしならぬ場合となれば問題はべつであった。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「栄華の反映」自分を崇拝している年下の男の方が、自分の弱点を知る石炭みたいな男より我儘が出来るのが当然だが愛がなくてもの同棲十年は、相当情誼じょうぎを与えたはずだ。(鉄箒)
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
日頃の御恩顧ごおんこに甘えて、真直ぐに、御当家に拝趨はいすういたした次第でござりますが——一松斎、年来の情誼じょうぎを忘れ、それがしを破門同様に扱いました限りは、拙者も意気地として、どうあっても
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
何百年来培われた親子のような藩主と家臣の情誼じょうぎが、そのとき親の立場にある邦夷の心持ちを、これほどまッ当なものは無いと自他ともに許したのである。ついに安息の道を見つけてやることが出来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
普通の友人の情誼じょうぎとしては少しく親切に過ぎるようだ。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その領国の地位と四囲の情勢上、初め、勝家にわれて、参加を余儀なくされていたが、今は、秀吉への情誼じょうぎ上、黙して退いたまでなのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よろしい、愛するものへの情誼じょうぎにより、良人ピカ一氏も、つきあって告白致すであろう。アーメン
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
鷸蚌いっぽうならぬ三人に争われる、ものの青年エルハルトは、夫人に呼び戻されて、この場へ帰る。母にも従わない。父にも従わない。情誼じょうぎの縄で縛ろうとするおばにも従わない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
依田の父がそうおっしゃるのはこちらへの情誼じょうぎからだとはお考えになれませぬか、あなたはいま人の親として子をよそへ遣ることがどんなに辛いものかということを仰しゃいました
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どんな情誼じょうぎを結んでいる二人であるとも知らぬ人は、身分のない人たちの間では世話になった、世話をしたというくらいのことでいつまでも親しみ合っていて、それが穏当に見える
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と誠実なる人だけに朋友の情誼じょうぎを感ずる事深し。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
しかもその自然な行為のうちには、故信玄の恩顧おんこに対する厚い情誼じょうぎもあったし、平常、禅林の堕落に対しておしえたい気もちもあったに相違ない。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしはこれをするに当って、当時の社会が今とことなることの甚だしきを感ずる。奉公人が臣僕の関係になっていたことは勿論もちろんであるが、出入でいりの職人商人あきうどもまた情誼じょうぎすこぶる厚かった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
豪勇同志がゆずりあう情誼じょうぎ、これこそわが家中の宝であるぞ、——みなの者も聞いたであろう、伝九郎の心得は武士にとって金鉄のおきてじゃ、きもに銘じて忘れるなよ——さて伝九郎、第三の望みを
だんまり伝九 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
寛容な陛下はまた私への情誼じょうぎで過去の罪はお許しくださるであろうとお願いして、最初の目的どおりに宮中へ入れましても、あの関係がありましたために公然と女御にょごにはしていただけないことででも
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「——いや、烈しい一徹ではあるが、心の底には情誼じょうぎにふかい所もあるおとと——というと弟自慢になるが、旧友の気もちが分らぬような男ではない」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)