怨恨えんこん)” の例文
彼女の方でも嫌悪と怨恨えんこんのごちゃまぜになった眼で夫を睨み返した。細君にも自分の計画や思惑や、虹霓にじのような夢想があるのだった。
富籤 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
如何なる憤怒絶望のやいばを以てするもつんざきがたく、如何なる怨恨えんこん悪念の焔を以てするも破りがたいやみ墻壁しょうへきとでもいいましょうか。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
われらが次をうてその運命をたどり来たれる敵も、味方も、かの消魂も、この怨恨えんこんも、しばし征清せいしん戦争の大渦に巻き込まれつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
人に怨恨えんこんを有し讐敵しゅうてきとなるものは、死後も同様に考え、冥土めいどに入りてそのうらみをむくい、そのあだを報ずることと信じておる。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
金魚屋きんぎょやは、その住宅じゅうたく土地とちとを抵当ていとうにして老人ろうじんられて、さいさい立退たちのきをせまられている。怨恨えんこんがあるはずだと、当局とうきょくにらんだのであつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
自分が困憊こんぱいしてるのを見て彼らは、卑しい怨恨えんこんを含んでるのではないことを証明したがってるのだと、彼は想像した。そしてそれに感動した。
(それが彼の手紙にある様に静子への執念深い怨恨えんこんからであったとすれば、ややうなずくことが出来るのだが)えたいの知れぬ魅力が読者をとらえた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかしてかの富はひとり腕力を制するのみならず、腕力の児孫たる涙なり、血なり、怨恨えんこんなり、争闘なり、嫉妬なり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
当然、この怨恨えんこんめいた上皇の口ぐせは、すぐ天皇のお耳にはいった。崇徳も、おもしろからず思われて、感情にむくゆるに感情の言をもってされた。
人の利己心と怨恨えんこんとがいかに強かろうとも、人間以上の高き手が共に働いてるのを感ぜらるる事件に対しては、ある神秘なる敬意が生ずるものである。
「……今度の兇行の動機は怨恨えんこん関係じゃないでしょうか。金品かねを奪ったのは一種の胡麻化手段カモフラージじゃないですかな」
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
憎悪と怨恨えんこんに燃えて、その復讐欲を満たすために、かれはあれほど血に飽きるところを知らなかったというのだ。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
なぜというと、彼らは一人ひとりとして葉子に対して怨恨えんこんをいだいたり、憤怒ふんぬをもらしたりするものはなかったから。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
天皇が足利あしかが氏このかた、政治や賞罰の権を失われたため、下民に不平や恨みがあっても訴えるところがなく、その怨恨えんこんはただ天道にすがるよりほかにない。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おそらくダーウィンに対して前述の粘土供給者と同様の怨恨えんこんをいだき、ダーウィンを盗賊呼ばわりしたものが三人や五人は必ずあったであろうと想像される。
空想日録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかしあの青二才の宗盛が多くの位を飛び越えて、ついに左大将になった時に彼の怨恨えんこんは絶頂に達しました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それを盗賊の所為とか個人的怨恨えんこんの結果とか云う風に見るのは、故意に事実に眼を蔽う卑怯者ひきょうものの振舞である。
怨恨えんこんが長く君主に向かい得ないとなると、勢い、君側の姦臣かんしんに向けられる。彼らが悪い。たしかにそうだ。しかし、この悪さは、すこぶる副次的な悪さである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
園長殺害の方法も死体も判らぬが、原因は勤務上の怨恨えんこん又は、失恋でもあろう。そう思って西郷の横顔を見ると、どこやら悪人らしいところも無いでは無かった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ましてやこれが神尾主膳の耳に伝わる時は、憎悪となり怨恨えんこんと変ずることは目に見えるのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
憎悪ぞうおというほどではない短気な怨恨えんこんもあり、尊敬の念もいくらかあるし、尊重の気持はもっと多くあり、恐れの心はよほどあり、不安な好奇心はうんとたくさんあった。
初恋人への怨恨えんこん、父性愛、別離の悲しみが一つになって泣く源氏の姿はあくまでも優雅であった。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
あまりに深刻なるが故に失恋の場合において、自己を貫き出でて、人の身の上にもまた普通以上の怨恨えんこんを寄せる事が出来る。愛に成功するものは必ず自己を善人と思う。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
怨恨えんこんの毒気のようなものもあった、勝利をほこるようなものもあった、冷やかなものもあった、甚だしい軽蔑けいべつもあった、軽蔑し罵倒ばとうし去っての哀れみのようなものもあった
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三をばらり——ズン! 薙伏なぎふせたかと思うと、怨恨えんこん復讐ふくしゅうにきらめく一眼を源十郎の上に走らせ、長駆ちょうく、地を踏みきって、むらがる十手の中を縁へ向かって疾駆しっくきたった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
問 彼は予が詩集を贈らざりしに怨恨えんこんを含めるひとりなるべし。予の全集は出版せられしや?
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「いえ、一向に。警察の人たち、まったくどうも根気よく調べていますが、益々雲をつかむぐあいだろうと思います。第一、怨恨えんこんだか、情痴だか、てんで動機も分りませんや」
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いわゆるセヂの均分などは賢い人々の多い時代にも、なお公平を期し難いものであった。ましてその総体の分量のすでに乏しい社会では、争奪と怨恨えんこんとは何としてもまぬがれない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
十九年の屈辱と労役とのうちに、彼は知力とまた社会に対する怨恨えんこんとを得た。そして獄を出ると、彼が第一に出会ったものは、すべてを神にささげつくしたミリエル司教であった。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
両判事とも、資性しせい温厚、学者肌の人で、確執や怨恨えんこん関係なぞの、あるべきはずがない。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ゆがんだおきて陥穽かんせいのために、磔刑たっけいや打首にされた無数の怨恨えんこんが今も濛々もうもうと煙っている。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
反絵は彼の片眼に怨恨えんこんを流して卑弥呼を眺めていた。しかし、間もなく、戦いに疲れた獣のように彼は足を鈍らせて部屋の外へ出ていった。卑弥呼は再び床の上へ俯伏うつぶせに身を崩した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
僕には母を母として愛さなければならんはずです、しかし僕は母が僕の父を瀕死ひんしきわに捨て、僕を瀕死の父の病床に捨てて、密夫みっぷと走ったことを思うと、言うべからざる怨恨えんこんの情が起るのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
憤慨と、軽侮と、怨恨えんこんとを満たしたる、視線の赴くところ、こうじ町一番町英国公使館の土塀どべいのあたりを、柳の木立ちに隠見して、角燈あり、南をさして行く。その光は暗夜あんやに怪獣のまなこのごとし。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
血をうしなった娘の顔は青白く引緊って、死色の濃い頬に、柔かい鼻筋が影を落しているのも哀れですが、カッと開いた眼には、恐怖と怨恨えんこんが凍り付いて、美しいだけに、物凄まじさも一としおです。
憎悪! 怨恨えんこん! その目は爛々らんらんとして憎悪と怨恨とに燃えていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
えたる血にぞ、怨恨えんこん
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
悪念怨恨えんこんその日暮し
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しかしそういう笑いは、いつもの口には出さない考えや胸に蓄えてる怨恨えんこんよりも、ルイザにはいっそう悲しく思われた。
各人は私利にのみ汲々きゅうきゅうとして、組織的精神は競争心と変じ、懇篤こんとくのふうは苛酷と変じ、すべての者に対する創立者の慈愛は各人相互の怨恨えんこんに変わった。
いや、それよりも、彼らの大切な巣窟を焼かしめ、彼らの犯罪をその筋に告げ知らせた神谷に対する怨恨えんこんを、果たして忘れ去ることができるであろうか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
はたしてしからばこれらの美術品は実にわが封建人民の苦痛と怨恨えんこんとをその子孫たる吾人に説明し、かつこれを記憶せしむるの保証者といわざるべからず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「われと汝と、なんの怨恨えんこんかある。しかるに、汝はわれを害せんとする。逃ぐるは君子くんしおしえに従うのみ」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以前にも増してあくまでれ込んでいるような様子を示すようにしていたが、平常心の底にわだかまっている怨恨えんこんは折々われ知らず言葉の端にも現われそうになるのを
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
べつに怨恨えんこんなどいだいてはいないのだとこたえたが事実じじつとしては青流亭せいりゅうてい女将おかみおなじく、いつもよるになつてから老人ろうじんたずねるのがつねで、あるとき、ひどくはげしい口調くちょう
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
こうなれば珠子に対する愛着は冷却せざるを得ないが、その代り珠子が私の脚を仇し男に贈ったという所業に対する怨恨えんこんは更に強く燃え上らないわけに行かなかった。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして平家の一門がますます栄えるにつれて、彼の怨恨えんこんはいよいよつのるばかりだった。彼はいかにして平家を転覆てんぷくしてうらみを復讐ふくしゅうすべきかをばかり考えるらしかった。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
前には一種のひがんだ嫉妬しっとでありました。今は骨髄に刻むほどの怨恨えんこんとなっているのであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうして名工としての栄誉を博した陶工に対して不平怨恨えんこんの眼を向けるという事実である。
空想日録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そのあとには、鬼啾きしゅうと、いきどおりのなみだと、黙々たる怨恨えんこん累々るいるいと横たわり重なってゆく。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)