ささ)” の例文
私の死ぬまでに、それがどこかの紫雲英れんげの原に、ささやかな一宇の愛の御堂となれば、私は、その原の白骨となって御守護いたします。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おゝ、あはれ、ささやかにつつましい寐姿は、藻脱もぬけの殻か、山に夢がさまよふなら、衝戻つきもどす鐘も聞えよ、と念じあやぶむ程こそありけれ。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「星のきらめきは今までよりも弱まって、まるで月におびえでもしたように、そのささやかな光線を引っ込めてしまった。」(『奥様』第一章。一八八二年)
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
鬼の国から吹き上げる風が石の壁のを通ってささやかなカンテラをあおるからたださえ暗いへやの天井も四隅よすみ煤色すすいろ油煙ゆえん渦巻うずまいて動いているように見える。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こよひ五三不思議にもここに一夜をかりたてまつる事、五四一世ならぬ善縁ぜんえんなり。なんぢわかきとてゆめ信心しんじんおこたるべからずと、五五ささやかにかたるもみて心ぼそし。
寧ろそは一輪二輪の少きをささやかな粗瓶に投げざしせるに吾儕は趣あるをおもうものであるのだ。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
やがてささやかなる革提かばん携へ来りしを、奥様は力なき手にそれを開き、中より幾片かの紙幣さつとり出でて老女に渡したまひしかば、老女は万事その意を得て、これを子供の肌へ
磯馴松 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
渓流は細いが、水は清冽で、その辺は巨大な岩石が重畳ちょうじょうしており、くすまじって大榎おおえのきの茂っている薄暗い広場があって、そこにおあつらえ通りささやかな狐格子きつねごうしのついた山神さんしんほこらがある。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
梧桐あおぎりの影深く四方竹の色ゆかしく茂れるところなどめぐめぐり過ぎて、ささやかなる折戸を入れば、花もこれというはなき小庭のただものさびて、有楽形うらくがた燈籠とうろうに松の落葉の散りかかり
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その杉の木立の中に、山神のほこらといったようなささやかな社のあるのを指して
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ささやかな庭園であっても、私などとちがった芸術心境をそこに観たような感じで、座に就いてからも、いろ/\に氏の作品について空想を恣にして、私自身の作品との相違を考えたのであった。
弔辞(室生犀星) (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
町立病院ちょうりつびょういんにわうち牛蒡ごぼう蕁草いらぐさ野麻のあさなどのむらがしげってるあたりに、ささやかなる別室べっしつの一むねがある。屋根やねのブリキいたびて、烟突えんとつなかばこわれ、玄関げんかん階段かいだん紛堊しっくいがれて、ちて、雑草ざっそうさえのびのびと。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ささやかな塔を立ててはこはす也
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
いとささやかにつつましき
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ささやかに
蛇苺 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
そして、裏門の方へと二十歩ほど、杉木立の中を行くと、ささやかな篠垣しのがきに囲まれた草庵があって、朝顔の花が、そこらに、二、三輪濃く咲いていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくて閨房ねやのがれ出でて、庄司にむかひ、かうかうの恐ろしき事あなり。これいかにしてけなん。よくはかり給へと三二七いふも、うしろにや聞くらんと、声をささやかにしてかたる。
麹町の八丁目というにささやかな三階づくりが出来て、階下には理髪店が開かれたが、その三階にチラと見える爺さんの相変らずの姿、ようこそあれござんなれとばかり、訪れて見ると
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
と。ささやかなる、箱取出して手に渡すを。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
あのせつは、ご心配をおかけいたしましたが、今では、ささやかですが、穀商人こくあきゅうど内儀ないぎになり、子どもまでもうけて、親どもと一緒に暮らしております。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、やがて、ささやかな膳を調ととのえて、これが一生の別れとなるかも知れぬ。月をさかなに、一献いっこんもうと、くつろいだ。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、今の栄位を、むしろいとう気さえこの頃は起った。いたずらに、清洲きよす時代のささやかな二人暮しの時ばかり振返られて、良人の内助に、ふと、心のゆるむ日もあった。
日本名婦伝:太閤夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足軽三十人持の小頭こがしらといっては、まだその足軽よりすこししなくらいの生活でしかない。清洲きよす侍小路さむらいこうじの裏に、若い夫婦は、初めてささやかな家と鍋釜を持った。
日本名婦伝:太閤夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
綽空は、同房の混雑に、その年のすえ、岡崎にささやかな草庵を見つけて、そこへ身を移すことにした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「正成公の命日は、五月二十五日だが、忌日きじつにこだわる必要はあるまい。正月の五日、ささやかな祭でもり行って、関係者一同に集まってもらおうと考えておるが……」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
晩になると、薄暗い魚燈のもとで、父娘おやこは酒の支度をしてくれた。ささやかなえんではあるが別れの名残だった。権十が酒の相手をし、お松は、洗濯したはかまほころびを縫っていた。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白銀屋しろがねや(金銀細工師)新七と申しまして、ささやかな家を構えておりまするので、そこへお身を隠すなり、また何なりと仰せつけ下さいますれば、身を粉にくだいても、きっと
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その路傍の、ささやかな一軒——土民の家の前に、小侍二人は、ひざまずいて云った。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さらば——と、その夜は彼女の身支度と、ささやかな別れの宴に送って翌る日の朝。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
箸の先に水洟みずばながたれるのも思わなかった。浅ましいというなかれ。無上大歓喜即菩提ぼだい。人間とは、こんなささやかな瞬間の物にもまったく満足しきるものだった。痛い、かゆいも覚えない。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
竹之辻の浪宅では、一夜、く内輪のものだけで、ささやかな別宴がひらかれた。
ささやかな食器家財などを持ち、老いたるを負い、病人を励まし、乳のみ児を抱き、足弱を曳きつれ、火の家を出て、剣槍の下をはしる髪おどろな人影が——武者たちの眼を幾度かよぎった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隠居された柳生新左衛門尉宗厳しんざえもんのじょうむねよしが、名も石舟斎と簡素に改めてしまって、城からすこし奥のささやかな山荘にかくれ、政務をる表のほうには、誰が今、家督の任に当っているのか分らないが
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どこに、ささやかな世帯をもったのか。どこを、流転るてんの宿としているのか。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小人数の家族ながら、また、ささやかな一戸のあるじだが、その瞬間は厳粛であった。一城の主の凱旋がいせんも気もちの上では同じものだった。寧子ねねていならって、みな膝まで手をさげて、心から頭を下げた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもいとささやかな物とよぶにも足らないほど貧しい物質でしかない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と——その辺の油や荒物を売っているささやかな店先で
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)