娼妓しょうぎ)” の例文
机の抽斗ひきだしを開けてみると、学校のノートらしいものは一つもなかった。その代りに手帳に吉原のうちの名や娼妓しょうぎの名が列記されてあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
身は一けん独立のごとくして、心は娼妓しょうぎよりもなお独立なく他人に依頼し、しかも他人の愛憎あいぞうによりその日を送れるものが多々たたありはせぬか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
今から考えると、それは芸妓げいしゃ娼妓しょうぎの世話をする、つまり人身売買業ともいうべき口入屋くちいれやだったのである。年増女はじろじろと私の顔をながめた。
抱え娼妓しょうぎに斯う我儘をされるようでははたへ示しが付かぬ、何うにでもおしつけて花里を身請させねばならぬと申す気が一杯でげすから堪りません。
「明治四十三年十月二十日、黒羽くろばね万盛楼まんせいろう娼妓しょうぎ小万こまん、男と共に逃亡、この山奥に逃込みしはず、捜索のため云々うんぬん——」
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
後に金瓶大黒は娼妓しょうぎも二、三人になり、しがなくなって止めたそうだが、浅草観世音仁王門わきの弁天山の弁天様の池を埋めたり、仲見世を造ったり
姉のお定は三五郎という山女衒やまぜげん——やはり判人はんにんで、主に地方の貸座敷へ娼妓しょうぎを売込む周旋をするのだとか申します。
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると、その男はまるきり事務の話をするように、ちょっと連れの女を振り返りながら、「いやこれが娼妓しょうぎになりますので、健康診断を願いたいのです」
青木の出京 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その怪物は新宿遊郭の娼妓しょうぎにして、楼主の虐待にたえかね、夜中ひそかに逃げ出したのであったとの話を聞いた。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
祖父は三業さんぎょう取締の役員もしていたようで、二六新報にろくしんぽうの計画した娼妓しょうぎ自由廃業の運動の際にも、また救世軍きゅうせいぐんがその遊説の太鼓たいこを廓内にまで持ち込んだ時にも
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
私みたいな、ええ、私は淫売いんばいよ、それが、どうしたっての、小倉さん、あんたは淫売よりも、一生涯を通じての娼妓しょうぎがお好きな一人ひとりでしょうね、ホホホホ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ツンとしても美人の娼妓しょうぎのようでなく、騒いでも、売れる芸者のようでなく、品が崩れず、愛がせないのには舌を巻いていた処、いやまた愛吉が来た晩は
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沖縄人は生存せんがためには、いやいやながら娼妓しょうぎ主義を奉じなければならなかったのである。実にこういう存在こそは悲惨なる存在というべきものであろう。
沖縄人の最大欠点 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
貞白は渋江氏にも山内氏にも往来して、抽斎をり五百を識っていた。弘化元年には五百の兄栄次郎が吉原の娼妓しょうぎ浜照のもとに通って、遂にこれをめとるに至った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
チベットにおいて娼妓しょうぎとか芸妓とかいう者は大抵こんなものです。こういう細かな事についていろいろいうて居ますとなかなか果てしがないから、まずラサ府の
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そこへ娼妓しょうぎたちでしょう、頭にかぶさる位の大きな島田髷しまだまげに、花簪はなかんざしの長い房もゆらゆらと、広い紅繻子べにじゅす緋鹿ひがえりをかけた派手な仕掛しかけ姿で、手拍子を打って
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
年は二十はたちばかり。つぶしの島田に掛けたすが糸も長目に切り、薄紫うすむらさきに飛模様のすそを長々と引いているので、肉付のいい大柄な身は芸者というよりも娼妓しょうぎらしく見られた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
農家の土間へ牀机しょうぎをすえ手製の卓を置いただけの暗い不潔な家で、いわゆる地方でだるまという種類に属する一見三十五六、娼妓しょうぎあがりのいんをすすめる年増女が一人いた。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
突然年若き病人らしい、婦人が来て、わたし当楼こちら娼妓しょうぎで、トヤについて食が進まず、鰻をたべたいが買う力が無いと、涙を流して話すのを、秀調哀れに思いその鰻を与えしに
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
妾出獄ののち監獄より聞きし所によれば、両女ともその後再び来らず、お花は当市近在の者にて、出獄後間もなく名古屋へ娼妓しょうぎに売られたり、またおきく叔父おじの家にも来らず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
新聞紙の面を見れば政府の忌諱ききに触るることは絶えてせざるのみならず、官に一毫の美事びじあればみだりにこれを称誉してその実に過ぎ、あたかも娼妓しょうぎの客にびるがごとし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
娼妓しょうぎもまた気のけない馴染みのほかは客を断り、思い思いに酒宴を開く。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
○芸娼妓しょうぎの七割は、精神病者であるとか。「道理で話が合うと思った。」
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
妹が近々むこ養子をむかえて、梅田新道の家を切り廻して行くという噂が柳吉の耳にはいっていたので、かねがね予期していたことだったが、それでも娼妓しょうぎを相手に一日で五十円の金を使ったとは
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
恐らく我が国の娼妓しょうぎとなりし人の動機と理由とを統計上より数えなば、自己の淫奔いんぽんよりする者は少なく、大多数は一家のために犠牲ぎせいとなったのであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
上が娘の姿、中は芸妓の姿、一番仕舞が娼妓しょうぎの姿などがいてあり、周囲まわりは桜の花などが細かにいてあります。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
わたくしも元は相当の金持の家のせがれで、ある娼妓しょうぎと深く言いかわしましたが、両親がとても添わせてくれる筈はないので、女をつれて駈落ちをしました。
私はなんでそんなむずかしいことを言いだしたかというと、「娼妓しょうぎ解放令」についていいたかったからだが、あんぽんたんはそれを聞いておくにはあまり幼稚すぎた。
「そうですって。……『たそがれ』……というのが、その娼妓しょうぎ——遊女おいらんの名だって事です。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は確かに皇帝から出された詔勅と信じましたけれども、他の人達はそんな事をいって一向信じないです。シナ皇帝の詔書はチベットにおいては娼妓しょうぎの手紙程の利目ききめもない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
北千住きたせんじゅうに今も有るんとか云う小間物屋の以前もと営業しょうばいは寄席であったが、亭主が或る娼妓しょうぎ精神うつつをぬかし、子まである本妻を虐待ぎゃくたいして死に至らしめた、その怨念が残ったのか
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
あの論から推すと、東京とうけいや無名通信で退治ている役者買の奥さん連は、事実である限りは、どんなに身分が高くても、どんな金持を親爺おやじや亭主に持っていても、あれは皆娼妓しょうぎです。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
無論、此女に抵抗力があるはずがない。娼妓しょうぎは法律的に抵抗力を奪われているが、此場合は生理的に奪われているのだ。それに此女だって性慾の満足のためには、屍姦しかんよりはいいのだ。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
実をいえばその芸妓なる者は大抵不倫の女子にして、歌舞の芸を演ずるのかたわら、往々言うべからざる醜行に身をけがし、ほとんど娼妓しょうぎに等しき輩なれば、もとより貴人の前に面すべき身分にあらず。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
桜紙さくらがみにて長羅宇ながラウを掃除するは娼妓しょうぎの特技にして素人しろうとに用なく、後門こうもん賄賂わいろをすすむるは御用商人の呼吸にして聖人君子の知らざる所。豆腐々々と呼んで天秤棒てんびんぼうかつぐには肩より先に腰の工合ぐあい肝腎かんじんなり。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
僕は多く不浄のはなしをならべるようではあるが、身をしばられた例は奴隷どれい制度の廃止された今日こんにち娼妓しょうぎをもってたとうるのほかなしと思い、ここに引例したのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
今紫は大籬おおまがき花魁おいらん、男舞で名をあげ、吉原太夫よしわらだゆうの最後の嬌名きょうめいをとどめたが、娼妓しょうぎ解放令と同時廃業し、その後、薬師錦織にしごおり某と同棲どうせいし、壮士芝居勃興ぼっこうのころ女優となったりして
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
こんにちでは娼妓しょうぎ解放と申しますが、そのころは普通一般に切解きと申しておりました。さあ、これがまた大変で、早くいえば吉原の廓がぶっ潰されるような大騒ぎでございました。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「……出稼でかせぎ娼妓しょうぎ一群ひとむれが竜巻の下に松並木を追われて行く。……これだけの事は、今までにも、話した事がありましたから、一度、もう、……貴下あなたの耳に入れたかも知れません。」
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼方此方あちらこちらを見ながら水司又市がぶらり/\と通掛りますると、茶屋から出ましたのは娼妓しょうぎでございましょう、大島田おおしまだはがったり横に曲りまして、露の垂れるような薄色のこうがいの小長いのを
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
相方あいかたを定めて熟睡せしが、深夜と思う時分不斗ふと目をさまして見ると、一人であるべき筈の相方あいかた娼妓しょうぎ両人ふたりになり、しかも左右にわかれてく眠っているのだ、有るき事とも思われず吃驚びっくりしたが
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
娼妓しょうぎの逃亡を怖れてだといったが、それより幾年前、帝都の中央まんなかの日本橋に、しかも区内のめぬきで中心点である士地ゆえ、日本国の中心といってもよい場処の大呉服店に、そうした窓が