“反故(ほご)” の例文
母は反故(ほご)紙の二寸角に切ったのを与えられていて、それに必要な品目と代価を書き、父のところへ持っていって金を貰うのである。
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その頃津田さんのところで描かれた絵の一枚が、この「書架と花」であって、それが反故(ほご)にまぎれ込んで、戸棚の中に放り込まれていた。
「寺田寅彦の追想」後書 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
平田さんから私んとこへ来た手紙の中で、反故(ほご)にしちゃ、あんまり義理が悪いと思うのだけ、昨夜(ゆうべ)調べて別にしておいたんだよ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
兼(かね)ての約束はあるし、御前も約束を反故(ほご)にするような軽薄な男ではないから、小夜の事は私がいない後(あと)でも世話はしてくれるだろうが……
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なお且つびっしょり濡れながら袂(たもと)の端に触れたのは、包んで五助が方(かた)へあつらえた時のままなる、見覚えのある反故(ほご)である。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
近頃ふる反故(ほご)と一からげになっていた雑誌の中から、幸(さいわい)にも駒ヶ岳の記行を載せたものを見付出したので、実は二十九年であったことが判明した。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
葉書でもよこすようにとのことだったので、その通りすると、約束を反故(ほご)にせず観音詣(まい)りかたがたやって来て、また何某(なにがし)かの小遣(こづかい)をくれて行った。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、宗時が、改まると、時政の顔いろは、蔽(おお)いようもない困惑にもう曇っていた。——山木判官に与えた約束を、今さら反故(ほご)にしようもないからである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その反故(ほご)同然な紙片をめくってゆくうちに、ふと、もしこの男が死んでしまったら、これらの反故も何かの価値をもつかも知れない、などと考えるのだった。
立枯れ (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
津崎左近(つざきさこん)は助太刀の請(こい)を却(しりぞ)けられると、二三日家に閉じこもっていた。兼ねて求馬(もとめ)と取換した起請文(きしょうもん)の面(おもて)を反故(ほご)にするのが、いかにも彼にはつらく思われた。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何か書いたものを持って来て何(なん)と云っても帰らないから、五十銭も遣(や)って、後(あと)で披(あ)けて見ると、子供の書いたような反故(ほご)であることなどが度々(たび/\)ありますから
膳部を運んで來た女中にきかうとしては、何だか老僧の言葉を反故(ほご)にするやうに思はれ、この些細なことが俄に大事件の如く考へられて來て、私は輕い悶えさへ感じた。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
動乱の隙間(すきま)にすべりこんだとしても、この地位までのぼって来た判官は如才ないものであった。名目は反故(ほご)になったが、まだうろうろしている昨日までの大名を見て取った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼女(かれ)が継母は、その英国に留学しつる間は、信徒として知られけるが、帰朝の日その信仰とその聖書をば挙(あ)げてその古靴及び反故(ほご)とともにロンドンの仮寓(やどり)にのこし来たれるなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
が、それは半分破れて取れていて、中には、これもやはり破れた十円紙幣が半分だけはいっていた。伯父が反故(ほご)とまちがえて自分で破って捨てたものであることは明らかであった。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
反故(ほご)の中に埋るべき運命を有せりと思はしめたる漢詩文が再び重宝がられ、朝野新聞の雑録及び花月新誌の一瀉(いつしや)千里の潮頭が忽(たちま)ち月の引力に因りて旧の岸に立廻らんとせしに非ずや。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
反故(ほご)同様に取扱われていても、鶴見の家に長らく残っていて、そんな書類の中でも異色を放っていた。鶴見はそれを見るたびに、父の自慢もまんざらではなかったらしいと思うのである。
新聞一枚に堅き約束を反故(ほご)となして怒り玉うかと喞(かこ)たれて見れば無理ならねど、子爵の許(もと)に行(ゆき)てより手紙は僅(わずか)に田原が一度持(もっ)て来(きた)りし計(ばか)り、此方(こなた)から遣(や)りし度々の消息、初(はじめ)は親子再会の祝(いわい)
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これすなわち上書建白(じょうしょけんぱく)の多くして、官府に反故(ほご)のうずたかきゆえんなり。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
白紙のつもりであったのが、彼の翻訳の原稿の書き損ないでも入っていたと見えて、この反故(ほご)に彼の手蹟があります。私は実は古田にドイツ語を習った事があるので、彼の手蹟はよく知っています
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
机の前の座に着けば、常には、書損じの反故(ほご)、用の済みし雑書など、山の如く積み重なりて、其の一方は崩れかゝり、満面塵に埋もれ在る小机も、今日だけは、特(こと)に小さつぱりなれば、我ながら嬉し。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
私との約束を反故(ほご)になさるあなたでもありますまい。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
学校から帰ると、鞄(かばん)を放り出して、古雑誌だの反故(ほご)だののうず高くつまれた小さい机の上で『西遊記』に魂をうばわれて、夕暮の時をすごした。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その時彼は反故(ほご)でも棄(す)てるように無雑作な態度を見せて、五磅(ポンド)のバンクノートを二枚健三の手に渡した。何時返してくれとは無論いわなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天床は網代(あじろ)というのだろう、壁は砂ずりだし、なにかの消息の残欠で裾張りがしてあるが、これも彼の眼には、書き損じの反故(ほご)にしか見えなかった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どうか鹽原の家(いえ)に疵を附けねえように頼むと、死んだ父(とっ)さまの遺言をば、此の文のように反故(ほご)にされてはだめだぞ、馬鹿野郎め、汝(われ)様(よう)な意気地なしがあるかい
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いっさんに馳けた玄徳らは、ひとまず私宅に帰って、私信や文書の反故(ほご)などみな焼きすて、その夜のうちに、この地を退去すべくあわただしい身支度にかかった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土芳(とはう)云(いふ)、翁曰(いはく)、学ぶ事は常にあり。席に臨んで文台と我と間(かん)に髪(はつ)を入れず。思ふこと速(すみやか)に云(いひ)出(いで)て、爰(ここ)に至(いたり)てまよふ念なし。文台引おろせば即反故(ほご)なりときびしく示さるる詞(ことば)もあり。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
証文が反故(ほご)も同然だという気持が職業心理の憂鬱といった不快な感じを与えた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その頃はやった文人趣味にかぶれて、画ごころのあったところから、梅や竹なんぞをひねくって、作れもしない絶句を題して、青山居士と署した反故(ほご)が、張(は)り貫(ぬ)きの箱の中に久しくしまってあった。
「二言いたすと云われてはこのまま引きさがられませぬ、拙者個人の恥辱ではない、よろしくと云われた堀どのの言葉も反故(ほご)であるとするなら、拙者らこれよりサッポロにまいり、直接判官どのにお目にかかり、仕儀によっては——」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ある時は三通りも四通りも作って、それを比較して一番病人に好さそうなものを撰(えら)んで、あとはそれぎり反故(ほご)にした。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「なぜかというと、ばあいがばあいですから申上げますが、私には約束した者がありまして、どうもそれを反故(ほご)にするというわけにはまいらないのです」
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鈴(れい)を、ふところに入れて、その懐中(ふところ)から、文覚(もんがく)は、何やら、紙屋紙(かみやがみ)に書いた一連の反故(ほご)を取り出した。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
安「それじゃアなぜ主意を立てるといった、お前は力士、たゞの男とは違う、一旦云った事を反故(ほご)にする事はない、武士に二言はない、刀に掛けても女を貰いましょう」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「あんなものは反故(ほご)同然ですよ。向(むこう)で持っていても役に立たず、私が貰(もら)っても仕方がないんだ。もし利用出来る気ならいくらでも利用したら好いでしょう」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
約束は知ってると云いました、けれども証文があるわけではないし、十九年も只で住んで来た、親の代のことはおれは知らないから、そんな反故(ほご)のような約束を
「黙れ、黙れ。そんな反故(ほご)を信用して、彼が蜀の国を取るまで待つくらいなら、なにも心配はせん。もし玄徳が一生のうちに蜀へ入ることができなかったらどうするか」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お取りな、何うせ女郎の千枚起請という譬(たとえ)の通りで、屏風一重(ひとえ)中で云った事は、皆(みんな)反故(ほご)同様だ
なぜ反故(ほご)にして、自分達の髪を結(ゆ)う時などに使わせないのかと尋ねたら、津田は何とも云わなかった。ただ底から現われて来る手紙をむやみに竹の棒で突ッついた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おう行(ゆ)こうと男が口外したものを反故(ほご)には出来ん、一足も退(ひ)く事は出来ん、仮令(たとい)謀計(はかりごと)があっても虎の穴へ這入(へえ)らなければ虎の子は獲(え)られぬから行(ゆ)くよ、貴様も男らしくも無(ね)え
采女は立ってゆき、反故(ほご)紙と、文箱(ふばこ)を三つ持って戻った。それから、紙で短刀を巻き、三つの文箱へ入れてみたが、どれも長さが不足で、抜き身のままでなければ入らなかった。
と、森某は、反故(ほご)を拡げて
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
約束してしまえば反故(ほご)にはできない、それでは済まない、私の中老という職からいっても、安川大蔵に対してもそれでは済まないことになる、それでみまいにはゆけなかったのです
饒舌りすぎる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
沙翁(さおう)の専門学者であると云うことが、二三行書き加えてあっただけである。自分はその時雑誌を下へ置いて、あの字引はついに完成されずに、反故(ほご)になってしまったのかと考えた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
己(おら)が手に入(へえ)るのは罰(ばち)だ、併(しか)しこれも世間へ出せねえ文、己ア娘の書いた此の文も世間へ出せねえ文だから、此の二通とも一緒にして囲炉裏の中へ投焚(つッく)べて反故(ほご)にすべえじゃねえか
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それは、兵部と自分のあいだにあるうちは反故(ほご)も同然であった。けれども甲斐の手に渡り、その裏にある意図をみぬかれたとすると、反故どころではなく重大な意味をもってくる。
良しや清水に居(お)るとても、離れまじとの誓いごとは、反故(ほご)にはせまじと現(うつゝ)を抜かして通わせました。伊勢の海阿漕(あこぎ)ヶ浦に引く網もたび重なればあらわれにけりで、何時(いつ)しか伯父様が気附いた。
「反故(ほご)だよ。何にもならないもんだ。破いて紙屑籠(かみくずかご)へ入れてしまえ」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おめえは先代の約定を反故(ほご)にしようという、おれたちがこれからは店賃を払う、と云ったがきかなかった、それならこっちもこっちだ、おめえは十九年まえそこで死にかかっていた