下戸げこ)” の例文
そういって、彼が十円札を二枚つき出すと、婆やは、彼の下戸げこを知っているので、「マア、お酒でございますか」と妙な顔をした。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕は芳烈な一樽の清酒を貰っても、それを味わい尽くす資格を持たない下戸げことして、今日こんにちまで世間から教育されて来たのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下戸げこの半七はいよいよ酔い潰れたので、広小路から駕籠を頼んで貰って、その晩の四ツ(午後十時)過ぎに神田の家へ帰った。
半七捕物帳:13 弁天娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たとえば人の性質に下戸げこ上戸じょうごがあって、下戸は酒屋に入らず上戸は餅屋に近づかぬとう位のもので、政府が酒屋なら私は政事の下戸でしょう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「ひどく見縊みくびるね、じゃ、まあ、さすまい、で、なんだね、名吟めいぎんができたかい、どうも昔から下戸げこに名吟がないと云うぜ」
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
下戸げこの増加したこともたしかであるが、それよりも大酒飲みという人が少なくなり、平均消費は減退の傾向を示している。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かつて西鶴輪講の時、『一代男』の「衛士えじ焼火たくひは薄鍋にもえて、ざつと水雑水みずぞうすいをとこのみしは、下戸げこのしらぬ事成べし」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
しかしわれわれ下戸げこの経験を言ふて見ると、日本の国に生れて日本酒をめて見る機会はかなり多かつたにかかはらず
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
もっとも風中と保吉とは下戸げこ、如丹は名代なだい酒豪しゅごうだったから、三人はふだんと変らなかった。ただ露柴はどうかすると、足もとも少々あぶなかった。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
芭蕉は大酒家ではなかったろうが、まんざらの下戸げこでもなかったようである。その消息文のうちに、人から酒をもらった礼状などもあるようである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
陶然として酔うという心持ちはどんなものだか下戸げこの自分にはよくわからない。少なくも酒によっては味わえない。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
少し手をかければ、皮をむいて天ぷらのかきあげ——、これは下戸げこにもよし、上戸じょうごにはなお喜ばれるというものだ。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
「あいかわらず、悪い口だ。……いくらあっしが下戸げこでも、船遊びぐらいはいたします。……これがあたしの持病でね。……まア、いっぱい召しあがれ」
土間どまにずらりと祝い酒の鏡を抜いて、柄杓ひしゃくが添えてある。煮締めの大皿、強飯こわめしのおはちが並んでる。下戸げこには餅だ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大川を眺めながら団子を食う、餅もよしあんもよし、ことにツケ焼団子が自慢で、下戸げこばかりか上戸じょうごも手を出した。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
お前さんは下戸げこで、戒行かいぎょうが堅固で、気が強い、それでこれほどの怪我をしたのに、目をまわさずに済んだ。この三つが一つけていたら、目を廻しただろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すゝむる物から親子ともに下戸げこなればとて手にだもふれ詮方せんかたなければ一個ひとりにて傾けながら四方八方よもやまはなしの中に容子ようす
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ともすると連中一同が調子をはずして大騒ぎをすることがある。宮川君丈が上戸じやうごであとはみんな下戸げこであつた。その下戸の種田君に追分と云ふおはこがあつた。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
「次は大寺さん、それから長崎屋さんと言ひ度いが、困つたことに長崎屋さんは下戸げこで、一滴もいけずか」
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
とかくする盃盤はいばんつらねられたれど、満枝も貫一も三ばいを過し得ぬ下戸げこなり。女は清めし猪口ちよくいだして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
六合に胡瓜きゅうりの漬物を出して貰い、まだ一缶残っておった牛肉の缶詰を切って、上戸じょうごは焼酎をグビリグビリ、下戸げこは仕方がないので、牛肉ムシャムシャ、胡瓜パクパク。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
頭取さんは甲板ゴルフが好きと見えて、午前も午後もぶっ通しの、相手を集めては莞爾かんじとして杓子棒で玉を突いたり飛ばしたりしている。下戸げこでその方は話にならぬ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
また普通に甘党あまとうといえばいわゆる下戸げこを指し、酒を好まぬことを意味するのであるが、実際社会においては両刀づかいする人もあり、甘党であると同時にまた酒を呑む
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
実は私は甚だ下戸げこの方なので、時間つぶしに、女の飲むような甘いコクテルをこしらえてもらって、それをホンの一と口ずつ、めるようにすすっていたのに過ぎないのですが
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
目立たないように一銚子ひとちょうし附いて出ると、見ただけでも一口めそう……梅次の幕を正面へ、仲の町が夜の舞台で、楽屋の中入なかいりといった様子で、下戸げこまでもつい一口る。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は下戸げこだから、古い葡萄酒の味は分らないが、古い友達の有難さは人一倍に感じている。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
下戸げこ(すなわち口数の少ない一家)において桑一百根を植うることを規定されているのを見ると、この養蚕及びそれにつづく製糸製絹の仕事は、かなり大きいものでなくてはならぬ。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
君子は義をさと下戸げこは甘きにさとる、偖こそ御里があらはれたれ、眼が近いに気が遠いと来て居るので、すんでの事に葉巻を一口に頬張ほゝばつて、まんまと耻を帝国ホテルにさらす所だつた。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
とにかく、飯は最後のとどめを刺すものであり、下戸げこには大事な料理である。
お米の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
それこそ「暗闇くらやみに鬼」の如き根強き身代しんだい、きらいなものは酒色の二つ、「下戸げこならぬこそ」とか「色好まざらむ男は」とか書き残した法師を憎む事しきりにて、おのれ、いま生きていたら
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
人おのおの好むところあり。下戸げこあり。上戸じょうごあり。上戸のうち更に泣くものあり笑ふものあり怒るものあり。然れども下戸上戸おしなべて好むところのものまたなきにあらず。淫事すなわちこれなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
大酒を飲む人や、胃の悪い人の中にはここで……ハハア……そうかと首肯うなずく人が居るかも知れないが、天性の下戸げこで、頗る上等の胃袋を持っている吾輩には、全く見当の付けようがないのだ。
無系統虎列剌 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「こうしちゃおられん。これからた社へ行く、」と茶も飲まないで直ぐ飛出し、「大勝利だ、今度こそロスの息の根を留めた、下戸げこもシャンパンを祝うべしだネ!」と周章あたふた格子をけて
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それは玉子の蛋白質がアルコール分を吸収するからで、下戸げこの人にブランデーを飲ませようとしては我慢がまんにも飲みませんが生玉子と混ぜてランブランという薬品にすると下戸でも楽に飲めます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
『甲陽軍鑑』一六に、馬に薬を与うるに、上戸じょうごの馬には酒、下戸げこの馬には水で飼うべし、馬の上戸は旋毛つむじ下り、下戸は旋毛上るとあり。馬すら酒好きながある。人を以てこれにかざるべけんやだ。
『そう、貴公は下戸げこか』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうちに御祝儀の屠蘇とそが出た。多く飲まない老人と、まるで下戸げこの私とは、忽ち春めいた顔になってしまって、話はだんだんはずんで来た。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もともと下戸げこに生まれたんなら、禁酒会へはいるのも可笑おかしいじゃないの? それでも御当人は大真面目おおまじめに禁酒演説えんぜつなんぞをやっているんですって。
文放古 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
下戸げことはいつわり実は大酒飲おおざけのみだと白状して、飲んだも飲んだか、恐ろしく飲んで、先生夫婦を驚かした事を覚えて居ます。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「お前の下戸げこは云わなくったって分ってるよ。だが、今日は特別じゃねえか。大当りのお祝いだ。何ぼ不具者だって、そうつき合いを悪くするものじゃねえ」
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「お酌はへたですよ。旦那が気が利かないから、下戸げこの処へ、おまけにただもんめなんですから。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いや、千本殿は見かけに寄らぬ大酒だが、私は身體に似氣なく生得しやうとく下戸げこで、ほんの猪口ちよこで二三杯といふところだ、——尤も眠氣を拂ふために、夜つぴて濃い茶を呑んで居た」
生得しやうとく下戸げこと、戒行の堅固な處と、氣の強い處と、三つのかね合故あひゆゑ、目をまはさずにすみ申候、此三つの内が一つ闕候かけさふらうても目をまはす怪我にて、目をまはす程にては、療治も二百日餘りかゝ可申まうすべく
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
これでよし、女房、来年はまた上方へ連れて行くぞ、この二、三年、お前にも肩身の狭い思いをさせたが、どうだい、男の働きを見たか、れ直せ、下戸げこの建てたる蔵は無いと唄にもあるが、ま
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「私は下戸げこだから、酒はいらない、食べる物をもらいたいが」
蕎麦餅 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
下戸げこなので、お久美の絶やさない甘い物を頬ばって
あの顔 (新字新仮名) / 林不忘(著)
甘酒を飲んで煎餅をかじって、不運な女二人を弔うと云うのも、下戸げこのわたしに取ってはまことにふさわしいことであった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから平貝たいらがいのフライをさかなに、ちびちび正宗まさむねを嘗め始めた。勿論下戸げこの風中や保吉は二つと猪口ちょくは重ねなかった。その代り料理を平げさすと、二人とも中々なかなか健啖けんたんだった。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
下戸げこは知ったが、唯一の良薬と、沸燗にえかんの茶碗酒。えい、ほうと四辺あたりを払った大名のみ
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下戸げこの身に上戸の魂を入れ、子供の身に老人の魂を止め、盗賊の魂は孔夫子の身を借用し、猟師の魂は釈迦の身に旅宿し、下戸が酒をんで愉快を尽くせば、上戸は砂糖湯を飲んで満足を唱え
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)