鬱陶うっとう)” の例文
もう入梅の気構えの空が鬱陶うっとうしく、車室の中がじっとりと生暖いので、幸子と雪子とはうしろにもたれかかったままとろとろとし始め
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大慈大悲の仏たちである。大して御立腹もあるまいけれども、さくがいいだけに、またたきもしたまいそうで、さぞお鬱陶うっとうしかろうと思う。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鬱陶うっとうしい、忌々いまいましい、さりとて雷が鳴るまでは、どうにもならぬのが竜之助の剣術ぶりです。壮士の癇癪はついに雷となって破裂した。
悲しい、鬱陶うっとうしいことがあったあとなので、景気直しに、一口やって、ほのぼのとすると、もう、冬の日は、とっぷり暮れかける。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
蚊帳を釣ると上が垂れて鬱陶うっとうしい。これも何とかしたい。真中で釣手をつけて天井へ釣るか、それとも外に工夫はないだろうか。
蚊帳の研究 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
半ば眠れる馬のたてがみよりは雨滴しずく重くしたたり、その背よりは湯気ゆげ立ちのぼり、家鶏にわとりは荷車の陰に隠れて羽翼はね振るうさまの鬱陶うっとうしげなる
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一眼の悪いせいか、鬱陶うっとうしげに、やや顔をしゃにして物をいうのも、正成の癖である。濃い眉毛と、高い隆鼻が、横顔では、よけい目立つ。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのように鬱陶うっとうしく立ちこめていた雨雲が、いつの間にやら、まるで嘘のように跡方もなく晴れ渡ってしまったではないか?……それに
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
名乗るとすぐ通してくれたのは、奥まった一室、石津右門相変らず鬼の霍乱かくらんみたいな顔に、鬱陶うっとうしいしわを刻んで出て来ました。
そうも考えたが、わざわざ私が医者のところまで行き、肩の凝るような気もちでそれを尋ねることを考え出すと、やはり鬱陶うっとうしい気がした。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
鬱陶うっとうしそうにおもてなしなさるは、おそばのチンも子爵様も変った事はないとおつきの女中がもうしたとか、マアとりどりに口賢くちさがなく雑談をしました。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
夜通し眠らないような力無い鬱陶うっとうしい眼付をしてヒョロヒョロと巡回して歩く姿が、次第に村の者の眼に付くようになった。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこに、わたくしをして、それほど強い羽搏はばたきをしたがらせず、神妙に寮に落付かせている鬱陶うっとうしいゆとりをあらしめたのでございましょう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
婆さんが媒介人なこうどと一緒に、いい機嫌で帰って行ってから、従姉あね鬱陶うっとうしい顔をして、茶のへ出て来た。浅山は手酌で、まだそこに飲んでいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そんな鬱陶うっとうしいような日々も、相変らず私の小説の主題は私からともすると逃げて行きそうになるが、私はそれをば辛抱しんぼうづよく追いまわしている。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かえって視線のやり場に困った鬱陶うっとうしい顔をしているのをみると、あなたは、面をせ、くるりとうしろを向き、ひとりで、バスに乗ってしまった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「狭い駕籠で、定めて窮屈でありましょう。その上長途の事ゆえ、すだれを垂れたままでは、鬱陶うっとうしく思われるでありましょう。簾を捲かせましょうか」
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
もうその頃には鬱陶うっとうしい梅雨もようやく明けて、養神亭ようしんてい裏の波打際でも大工の手斧ちょうなの音が入り乱れて小舎に盛んに葦簀よしずが張られている頃であったが
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
鬱陶うっとうしい、黒っぽい、あたりの景色が眼にうつりました。そして、揺ぶるたびに、冷たい雫が、パタ/\と滴った。
果物の幻想 (新字新仮名) / 小川未明(著)
鬱陶うっとうしそうに薄暗い空をみあげていると、表の格子をがたぴしと明けて、幸次郎があわただしく飛び込んで来た。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
明るい色の髪の毛から、鬱陶うっとうしいようなかおりが立つ。男はこのしなやかな、好いにおいのする人を、限りなく愛する情の、胸にき上がって来るのを覚えた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
鬱陶うっとうしい御天気じゃありませんか」と愛想よく自分で茶をんでくれた。然し代助は飲む気にもならなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長をはじめとする少年たちの軽侮の眼や、嘲笑ちょうしょうの声を考えるだけで、むしろ急に肩身のせまくなったような鬱陶うっとうしい、沈んだ気分にとらわれたのであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
をうつにも相手がなく書物を読むにも鬱陶うっとうしい、その上著物も畳も凡て湿しめっているようで気持も悪いから据風呂でも焚いて湯に這入ろうとするのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
祖父は「馬鹿野郎。清はしょうばい人にするわけじゃない。親父にせがれが教わるというのも鬱陶うっとうしいもんだ。」
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
「……そんなことはお前が訊かいでもええ」辰男は鬱陶うっとうしい声でそう言って、自分の居間から歯磨粉はみがきこ手拭てぬぐいをもってきて、静かに階下へ下りて井戸端へ出た。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
此処へ来たら五重の塔へ登るものだとあって、埃だらけの材木の間を息の切れるほどくぐった末、天辺てっぺんから花曇りと煤煙に鬱陶うっとうしそうな大都会を見渡した。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
外事課高等掛を友人に持つというのは、然し、何と鬱陶うっとうしいことか! ジェルテルスキーは、故国にいる間絶えず種々な頭字を肩書に持つ友人に煩らわされた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
来る日も来る日も五月雨で、鬱陶うっとうしい限りではあるが、朝から晩まで全く降り通すわけではない。時明ときあかりというやつで、今にも晴れそうな気配を見せることがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
一郎の胸の傷も案外経過がよく、二、三日もすれば繃帯ほうたいが取れるほど肉が上がっていた。眼の下の傷はほとんど快癒して、鬱陶うっとうしい顔の繃帯はすでに取り去っていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
台下にはちらりほらり、貧しそうな農家は有るが、新利根川べりには一軒も無く、唯蘆荻あし楊柳かわやなぎが繁るのみで、それもだ枯れもやらず、いやに鬱陶うっとうしく陰気なので有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
金造 それがさ、今の様子では浮々うきうきと、嬉しそうにしているが、あれで一人になると鬱陶うっとうしい顔をして、どこを見詰めているのか、じっと眼を据えて、涙ぐんでいるんだとよ。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
もっとも深山の奥に僅少の平和を楽む者が、いや猟人かりうどだの岩魚釣いわなつりだの、材木屋だの鉱山師だの、また用もない山登りだのと、毎々きて邪魔をすることは鬱陶うっとうしいには相違ない。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
空は益々鬱陶うっとうしくなり雲が北の方へ北の方へと押し寄せて行く。咄嗟に彼は文素玉の温かくしめっぽい肢体に対する慾情にかられ、これは今こそ掴まえねばならぬぞと考えたのだ。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
重き沈黙が続いたのちわれわれは出がらしの紅茶と不調和と鬱陶うっとうしさを食べて出た。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
悪足掻わるあがきもまた一段で、襦袢じゅばんがシャツになれば唐人髷とうじんわげも束髪に化け、ハンケチで咽喉のどめ、鬱陶うっとうしいをこらえて眼鏡を掛け、ひとりよがりの人笑わせ、天晴あっぱれ一個のキャッキャとなり済ました。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
受持の時間が済めば、先生は頭巾ずきんのような隠士風の帽子を冠って、最早もう若樹と言えないほど鬱陶うっとうしく枝の込んだ庭の桜の下を自分の屋敷かさもなければ中棚の別荘の方へ帰って行った。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
実際こんなときにこそ鬱陶うっとうしい梅雨つゆの響きも面白さを添えるのだと思いました。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
多くの生徒にくことなどが鬱陶うっとうしいなら、生徒に接しなくとも好いのです
呉羽之介はこの男と話すのが鬱陶うっとうしいのと、殊に今夜は女との出会の約束があるのとで、一刻も早く別れてしまおうとしました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
まだ若そうな着流し、弥蔵やぞうが板について、頬冠ほっかむりは少し鬱陶うっとうしそうですが、素知らぬ顔で格子から赤い御神籤を解く手は、恐ろしく器用です。
蚊がぶうんとうなって、歯切はぎしりもどこかでする。あかりの暗い、鬱陶うっとうしかるべき蚊帳の内も、主人あるじがこれであるから、あえて蒸暑くもないのであった。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……長いこと、鬱陶うっとうしくおおいかぶさっていたこの梅雨雲つゆぐもが今日こそは晴れるのではないかと思ってな。……待っているのだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
さぞ鬱陶うっとうしいことだろうし、痛くもあろうに、それについては、城太郎がちっとも触れないので、武蔵も何も問わなかった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すて自身も何かのせいで憑き物でもあるような日頃が鬱陶うっとうしく、渓流の岩の上に出て、激しい吐瀉嘔吐としゃおうとの叫び声をあげた。
ところがる日———まだ梅雨が明けきれない頃で、鬱陶うっとうしい晩のことでしたが、同僚の一人の波川と云う技師が、今度会社から洋行を命ぜられ
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
殺風景な下宿の庭に鬱陶うっとうしく生いくすぶったの葉蔭に、夕闇のひきがえるが出る頃にはますます悪くなるばかりである。何をするのもものうくつまらない。
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
酒を薦めて悪いことは知って知り抜いて、それを取り上げているお絹が、たまには、といって一杯の酒を薦めたのが、神尾のこの鬱陶うっとうしい気分を猛烈にする。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今でも、母のいないところでは、ときによると、かなしいほど母に愛情を感じるが、いっしょにいると、堪らなく気ぶっせいで、鬱陶うっとうしくて、いらいらしてくる。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なんだか鬱陶うっとうしいので、次郎左衛門はまた起って障子をあけると、どこかで籠のうぐいすの声がしめって聞えた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)