とど)” の例文
私は以前とは反対に溪間を冷たく沈ませてゆく夕方を——わずかの時間しか地上にとどまらない黄昏たそがれの厳かなおきてを——待つようになった。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
彼はこのままむなしくかえらないと決心して、病いと称してここに軍をとどめ、毎日四方を駈けめぐって険阻の奥まで探り明かした。
御者はこの店頭みせさきに馬をとどめてけり。わが物得つと、車夫はにわかに勢いを増して、手をり、声をげ、思うままに侮辱して駈け去りぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
我が日本の開国についで政府の革命以来、全国人民の気風は開進の一方におもむき、その進行の勢力はこれをとどめてとどむべからず。
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼は進みきたり、威嚇し、嘲笑し、我々の門口に立っている。しかし我々は絶望してはいけない。ハンニバルのとどまる野は売るべしである。
八月耿炳文こうへいぶん兵三十万を率いて真定しんていに至り、徐凱じょがいは兵十万を率いて河間かかんとどまる。炳文は老将にして、太祖創業の功臣なり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
全軍がとどまると、勝家の主隊から命をうけ立ち別れた部将たちが、声を張って、前後の部隊にそれぞれ令を伝えていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのきょく鳥羽上皇に奉仕して熊野に来たりとどまりし女官が開きし古尼寺をすら、神社と称して公売せんとするに至れり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
さるお金持の好奇ものずきなお医者さんが来て、この関ヶ原にあんぽつをとどめ、道中の雲助のあぶれをすっかりき集め、それにこのあたりの人夫をかり出して
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
思わずも足をとどめて視ると、何か哀れな悲鳴を揚げている血塗ちみどろの白い物を皆佇立たちどまってまじりまじり視ている光景ようす
枳園の終焉しゅうえんに当って、伊沢めぐむさんは枕辺ちんぺんに侍していたそうである。印刷局は前年の功労を忘れず、葬送の途次ひつぎ官衙かんがの前にとどめしめ、局員皆でて礼拝した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは十八世紀の時にワーレン・ヘスチングが貿易を開くために、ジョージ・ボーグルをつかわしてかの国の第二の府シカチェにとどまらしめた一事を見ても分ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かつ里人のかたるを聞けば、九四東海東山の道はすべて新関をゑて人をとどむるよし。又きのふ京より九五節刀使せつとしもくだり給ひて、上杉にくみし、総州のいくさに向はせ給ふ。
臨死みまからむとする時、長歎息して曰く、伝へ聞く仮合けがふの身滅び易く、泡沫はうまつの命とどめ難し。所以ゆゑに千聖すでに去り、百賢留らず、況して凡愚のいやしき者、何ぞもく逃避せむ。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
木場道きばみちの三ぶんのくらいを下ったところで自動車をとどめ、谷を分けくだるとすぐ稚児落ちごおとし滝である。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
昔の印度で書き記されたある経論に、東方に大乗経典有縁の国があって、仏教は最後にそこにとどまると予言してあるそうでありますが、この現状から言えば予言は当っております。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
汽車のとどまる駅々に、お島は自分の生命いのちを縮められるような苦しさを感じた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
而して一鳥ぎらず片雲へんうんとどまらぬ浅碧あさみどりそらを、何時までも何時までも眺めた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
風過ぎて風ひかりとどめず
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すなわち呉傑、平安をして西の方定州ていしゅうを守らしめ、徐凱をして東の方滄州そうしゅうたむろせしめ、自ら徳州にとどまり、猗角きかくの勢をしてようやく燕をしじめんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこの本郷山に、以前のままな古館ふるやかたがある。義経は貢ぎの荷駄や五百騎と共にとどまって、ひたすら鎌倉から二度目の急使が訪れるのを待っていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仏の風にあたれば仏に化し、儒の風にあたれば儒に化す。周囲の空気に感じて一般の公議輿論に化せらるるの勢は、これをとどめんとしてとどむべからず。
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
聖武天皇が紀伊国岡の宮にとどまりたまいしという御旧蹟なるを見出だせしゆえ、今の名に改めたるなり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
去年柴を苅った木立ちのほとりに来たので、厨子王は足をとどめた。「ねえさん。ここらで苅るのです」
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彦六、正太郎にむかひて、みやこなりとて七八人ごとにたのもしくもあらじ。ここにとどまられよ。
渠は実に死すべしとおもいぬ。しだいに風み、馬とどまると覚えて、直ちに昏倒こんとうして正気しょうきを失いぬ。これ御者が静かに馬よりたすけ下ろして、茶店の座敷にき入れたりしときなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし彼が軍をとどめて、ここへ立ち寄ったのは、この日さらに、蹴上けあげを進んで、大津にまで出る行軍の途中であった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こゝにおいて諸州燕にくだる者多く、永平えいへい欒州らんしゅうまた燕に帰す。大寧たいねい都指揮としき卜万ぼくばん松亭関しょうていかんで、沙河さがとどまり、遵化を攻めんとす。兵十万と号し、いきおいやゝ振う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
巨勢君にはかしこなる画堂にて逢ひ、それよりまじわりを結びて、こたび巨勢君、ここなる美術学校に、しばし足をとどめむとて、旅立ち玉ふをり、われもともにかへりに上りぬ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
貴州の紅崖山の深洞中より時に銅鼓の声聞ゆ、諸葛亮ここに兵をとどめたといい、夷人祭祀ごとに烏牛くろうし、白馬を用うればとしみのる(『大清一統志』三三一)てふ支那説に近い。
空のあおはすみとおって、海よりも深い。すこしとどまると、馬は眠げに落ち、山畑の麦には雲雀ひばり、木々には、ひよどりの声ばかりが、折々、高かった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
川を隔てゝ霞の蒸したる一ト村の奥に尽頭はづれに咲き誇りたるを見たる、谷に臨みて春風ゆるくとどまるべき崖下などの小家包みて賑はしく咲けるを見たる、いづれをかしき趣あらぬは無し。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ここに足をとどめんときょうおもいさだめつ、爽旦あさまだきかねてききしいわなというさかなうりに来たるをう、五尾十五銭。鯉もふもとなる里よりてきぬというを、一尾買いてゆうげの時までいかしおきぬ。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
既に実情を知られた上は久しくとどまるべきでないから別れよう、しかるに汝に知らさにゃならぬ一事あり、前日汝の父の冤家が、冥王庁へ汝の父にその孫や兄弟を食われたと訴え出たが
「天神山のすそ。椿坂。あのあたりには、柴田の先鋒がだいぶおる。木之本きのもと、今市、坂口辺にも、大部隊がとどまりおると申す。眠るにも油断をすまいぞ」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寒さは強く、路上の雪は稜角りょうかくある氷片となりて、晴れたる日に映じ、きらきらと輝けり。車はクロステル街に曲がりて、家の入口にとどまりぬ。この時窓を開く音せしが、車よりは見えず。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さてその秀吉の精力と迫敵心は、まだまだこんな所にとどまって、凱歌がいかに酔っているものではなかった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、前後に心を疲らせたり、情報の確かめられるまで行軍をとどめたり、隊伍を戦闘形態に改めたりなどして、寸時も、万一の変を思うことなくしては進めなかったのである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わずか百余の兵でも、軍がとどまると、幽邃ゆうすいな庭も、一夜に殺伐な辻と変ってしまう。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「早々、船をなぎさへつけ、兵馬をことごとく、岸へ上げい。そこでまた、その方どもは、急いで船を返し、海津かいづとどめてある鍋丸の軍勢の三分の一を分けて、即刻、当所への加勢に駈けつけさせよ」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉は、洛中に馬をとどめるたびに、ここ二、三年は、いつも同じ感激を抱く。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉は、将士を城下にとどめて、登城したが、家臣からその旨を聞いて
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼のいるところそく本営といってよい。その本陣は堀川にとどまっていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)