びっこ)” の例文
見ると真中の一人が、便所へおとしたその糞だらけの靴を当惑そうに紐でぶら下げ、片足は裸足のまま、軽くびっこをひいて歩いて来る。
石油の都バクーへ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
片腕の熊さんは、片腕でびっこであった。何時いつも夜になると私のうちの土間に、空俵あきたわらを敷いてそこで「八」という私の犬と一緒に寝ていた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
医者の診断では、足の骨を折られた下役の一人はびっこになるかもしれないが、あとの二人はたいして心配はない、ということであった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
びっこを引き歩きながら「丸葉柳まるばやなぎは、やまオコゼは」と、少し舌のもつれるような低音バス尻下しりさがりのアクセントで呼びありくのであった。
物売りの声 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
びっこをひきながら、草むらよりころげだしたのは竹童ちくどうである。地上二、三十しゃくのところまできて、ふいにわしくちばしからはなされたのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何だい! びっこや、手なしや、片輪者にせられて、代りに目くされ金を貰うて何うれしいんだ!」彼は何故となく反感を持った。
氷河 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
そして、崖の上の下り勾配こうばいにかかると、びっこでも引くように、首を上げ下げして、歩調を乱すようにしては立ち止まるのであった。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
教官の問に対して、青年たちは元気よく答え、練習は順調に進んでいた。足が多少びっこの青年がでてくると、教官は壇上から彼を見下ろした。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そのあとから薪割用の古鉈ふるなたひっさげた元五郎親爺が、びっこ引き引き駆け出したが、これも森の中の闇に吸い込まれて、足音一つ聞こえなくなった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その際は、傷ついた足首を一面に繃帯して、びっこを引いていたそうですが、それもやはり、士官室の寝台から不意に姿が消えてしまったのです。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただじっと眺めていた周囲の人々は、彼がびっこひきながら立ち去ってしまうと、急に頭を上げて、向うを見やった。其処には巡査や兵士等が居た。
群集 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
併し刻みの深い顔はお面のように冷たく、額が少し抜け上って、軽いびっこを引く恰好などは、う譲歩して考えても、決して美人ではありません。
葬送行進曲 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
鋪道のあの人をびっこにしそうな石には、泥水の小さな溜りはたくさんあっても、別に歩道はなくて、家々の戸口のところでいきなりに切れていた。
ボロ船のウインチは、脚気かっけひざのようにギクシャクとしていた。ワイヤーを巻いている歯車の工合で、グイと片方のワイヤーだけがびっこにのびる。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
喧嘩の名残りか、びっこを引いていて、右足の傷も刀痕らしい。色黒で、人相の悪い、「小猿の久八」という、五十男である。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
二人が振り返って見ると、赤煉瓦色の、まるで駱駝らくだのような奇妙なこぶを背中にくっつけたびっこの牛だから、タヌは驚いて
車屋の黒はそのびっこになった。彼の光沢ある毛は漸々だんだん色がめて抜けて来る。吾輩が琥珀こはくよりも美しいと評した彼の眼には眼脂めやにが一杯たまっている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「レストーラン」になってる二階の広間は、大きな長めのへやで、いろんな種類の腰掛けや椅子いすやテーブルやまたびっこの古い球突台が一つ据えてあった。
娘を、看護婦代わりにして、医者から貰った膏薬こうやくや繃帯を携えて、びっこひきひき富士川へ引き返したのである。全治するまで絶対に水へ入ってはならぬ。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その成り上りの私風情の家が——いわんやびっこである私ごとき者の家が、急に何の侯爵家とか某々の旧家とかいったような御大層じみた真似をするのは
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
私はあなたがこのお家にお入りになるのを見たので、びっこを引きながら、あなたの後を追っかけて伺った次第です。
今御牢内から出たろうと云うお仕着せの姿なりで、びっこを引きながらヒョコ/\遣って来たから、新吉は驚きまして
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかりといえども識者の眼識は境遇の外に超逸す。熊沢蕃山くまざわばんざんの如き、その一人なるからんや。彼はびっこ駝鳥だちょうなれども、なお万里の平沙へいさはしらんとする雄気あり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
僕が客間サルーンへ出ると、人々は足角力ずもうの競技にふけっていた。踊場ではびっこの老夫婦が人形を抱いて踊っていた。食堂では角帽の中学生が恋人の女学生の話しをしている。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
バイロンは、水泳している間だけは、自分のびっこを意識しなくてよかったんだ。だから水の中に居ることを
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
びっこなコーラスの終った後で、信者の中から几帖面な顔付きの男が立ち上って祭壇に近づき、会師の傍にある大型の聖典を開いて早口に創世紀の或る一箇所を読んだ。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
手にはつえをついたのが、びっこの足を引きずって、多分、眼中は血走って、そうして、かなりしめやかな歓楽の温泉の町を、ひとりで、騒がせながら飛んで行くのです。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おまけにひどいびっこ引きだったが、依然として勝鬨かちどきを挙げるようにへへへへとわらい続けている声がかすれがちに聞えて来た。娘さんが愉快そうにくすくすとわらった。
親方コブセ (新字新仮名) / 金史良(著)
まさかに、生命いのちろうとは思うまい。厳しゅうて笛吹はめかち、女どもは片耳ぐか、鼻を削るか、あしなえびっこどころかの——軽うて、気絶ひきつけ……やがて、息を吹返さすかの。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翁は或時、赤目のびっここぶしなぐった。こんなことは今迄の翁に決してなかったことだ。翁は日頃着ていた鼠色の服を脱いで、全く裾の長い真黒の喪服に着換えてしまった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
二人とも、馬をつれて来たには来たのですが、一人のはめくらで、もう一人のはびっこでした。ふたりは
宗右衛門は軽い眩暈めまいを感じて眼を閉ぢた。何か哀願するやうなお辻の声が何処どこかでした。それから、また、閉ぢたまぶたの裏にまざ/\と二人の娘のびっこ姿が描かれるのであつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
吉治 (義太郎を先に立てながら降りてくる。義太郎の右の足は負傷のためびっこになっている)
屋上の狂人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
次に、もう一人のびっこの寺男が壁の扉に消えてゆくのを遠くから見た。Kは時間きっかりに来て、ちょうどはいったとき十時が打ったのだったが、イタリア人はまだ来ていなかった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ジェハンじいさんは、それまでなやんで来たびっこの上に、今度はリュウマチをわずらって足がひどくしびれるようになり、もうこの上は、車について出かけられなくなってしまいました。
びっこをひく如く、搗かれたところを押え)てッて。てッて。(折り曲って去る)
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
しかし、護送の役人がこわい目をして見にきて、すこしも足を停めることをゆるさなかった。その時、夕陽がもう入っていたが、泊る所がないので、しかたなしにびっこをひきながら往った。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
殊更ことさらびっこを引いたりするような愚物になってしまった、実に不可解な出来事である、今日図らずも私を見出して再び以前のゼーロンに立ち返りでもしたら幸いであるが! との事であった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
爪立つまだち、かがんでくるりとやるかと思うと、ひょくりと後足あとあしびっこをひく。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その頃、小児麻痺をして脚がびっこだった姉に、日本舞踊を習わせるといいという人があり、母の趣味ではなかったが、大きな袂のある着物をきた姉は、毎週二度位程御師匠さんのところへ通っていた。
灰色の記憶 (新字新仮名) / 久坂葉子(著)
生き残っているいなごはみんなびっこを曳いて間もなく死ぬだろうと思えた。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
上唇に大きな孔を穿ち、その中へいっぱいに環を嵌め込み、笑えばその環が立って環の中に鼻が見えるのを美しいと思う人種もあれば、無理に足を小さくしてびっこを引くのを可愛らしいと喜ぶ国もある。
「とても疲れちゃったわ。」セエラはびっこの足台にぐたりと坐りました。「おや、メルチセデクがいるのね。可哀そうに、きっと御飯をもらいに出て来たのだわ。でも、今夜は一かけも残っていないのよ。 ...
それはく。歩く。びっこを引く。倒れてまた起きる。
『どうしておれの愛犬はびっこを引いてるのか?』
と正次郎君はびっこを引いていた。
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
みんながびっこ
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お父様もお母様も花子さんも驚いてみんな表へ出ますと、泥棒のようななりをした大男が犬に食いつかれてびっこを引き引き向うへ逃げて行きます。
犬と人形 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
平八は幹太郎より三つ年長としかさの二十五歳で、いちじは掛札三席までいったが、三年まえに右足のすねを骨折してびっこになった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
蹴られた横腹がずきずきし、捻挫ねんざしたのか、びっこを引かなければ歩けない。人通りのないさびしい夜道なのが幸だった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)