貝殻かいがら)” の例文
旧字:貝殼
左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきのがゆれたのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
海の底に一つ沈んでぎらっと光る貝殻かいがらのように、床の上で影の中に物すごく横たわっている鏡を取り上げてふところに入れた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
骨のかけるのが貝殻かいがらのように飛び散るのは知れたが洞穴のようなくらやみで、血味噌ちみその中を幾たびかきまわしても眼と舌との見わけはつかぬ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
漁師の女が胎毒下たいどくくだしを買った。桜の簪を差した娘が貝殻かいがらへはいった目薬を買った。荷揚げの男が打ち身の膏薬を買った。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
駄菓子だがし草鞋わらじ糸繰いとくりの道具、膏薬こうやく貝殻かいがらにはいった目薬、そのほか村で使うたいていの物を売っている小さな店が一軒きりしかなかったのである。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
うむ、緑の髪を持った女——さっき渚からい上がったとき、たしかにわしは、貝殻かいがらのような小さい足を見たはずだぞ。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
主な楽しみといえば、銃猟や魚釣さかなつり、あるいは貝殻かいがら昆虫こんちゅう学の標本を捜しながら、なぎさを伝い桃金嬢の林のなかを通ってぶらつくことなどであった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
夢中になって馳け出して、貝殻かいがらばかりの岩の上を、傷だらけになってすべりながら、岬の大磐おおいわの上に這い上りました。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
尋常多数の人々によって喜んで用いられたのは、形いろどりのさまざまなさざれ石の貝殻かいがら、その中でも殊に世界に名をとどろかせた宝貝の類であったろう。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そこは東に百万坪の荒地へ続く芦原あしはら、西は根戸川に接していて、工場のほかに事務所と、工員たちの小さな住宅があり、貝殻かいがら置場とまき小屋が並んでいた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして衝立ついたての蔭で自家製の目薬をせっせと貝殻かいがらの容器につめていたお菊へいいのこすと、自分はもうあたふたと草履ぞうりをつッかけて往来の向うへ駆けていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お婆さんは、燈火あかりのところで、よくその銭をしらべて見ますと、それはお金ではなくて、貝殻かいがらでありました。
赤い蝋燭と人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あかいろ貝殻かいがらひとつ、かすかにひびく松風まつかぜひとつがわたくしにとりてどんなにも数多かずおおおも種子たねだったでございましょう! それは丁度ちょうど絵巻物えまきものひろげるように
貝殻かいがらの背でない方を出す、それが道十郎めっかちで、なんのためにそういう名がついているのか知らない。
貝殻かいがら散りたる深川の新道しんみちに峰次郎が窓の竹格子をあいだにしてお房と相語る処(『梅見船』巻九)また柳川亭やながわていといへる水茶屋みずぢゃや店先の図(『梅見船』巻十)を挙ぐべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女たちは、ごく浅黒いはだをし、ごく色のいいほおをして、房々ふさふさとした髪を貝殻かいがら形にゆわえ、派手な長衣や花の帽子をつけていた。白い手袋をはめ赤い袖口そでぐちを見せていた。
大きな蜘蛛くもの様な恰好をしていて、人がいないと、その辺を我物顔に、のさばり歩いていますが、一寸でも人の跫音あしおとがしますと、恐ろしい速さで、貝殻かいがらの中へ逃げ込みます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
遺骸だけでも捜してやることをしなかったと残念でならないのであった。どんなふうになってどこの海の底の貝殻かいがらに混じってしまったかと思うと遣瀬やるせなく悲しいのであった。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ナウチ族の踊り子の一隊、黄絹のももひきに包まれた彼女らの脚、二つの鼻孔をつないでいる金属の輪、螺環コイルの髪、貝殻かいがらの耳飾り、閃光せんこうする秋波ながしめ、頭上に買い物を載せてくる女たち
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
きたない貝殻かいがらに附着し、そのどすぐろい貝殻に守られている一粒の真珠である。私は、ものを横眼で見ることのできぬたちなので、そのひとを、まっすぐに眺めた。十六、七であろうか。
美少女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
商に出た留守の、昼過ひるすぎしんとして、柳のかげに腰障子が閉まって居る、樹の下、店の前から入口へけて、くぼんだ、泥濘ぬかるみを埋めるため、一面に貝殻かいがらが敷いてある、白いの、半分黒いの、薄紅うすべに
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その夜店のかたはしに、市郎は自分の貝殻かいがらを並べたがりました。
市郎の店 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
左手のなぎさには、なみがやさしい稲妻いなずまのようにえてせ、右手のがけには、いちめんぎん貝殻かいがらでこさえたようなすすきのがゆれたのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
かき貝殻かいがらをのせた板屋根は、海近くの村へあそびに行って、見たことがあるという人は多かろう。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
どんな時、誰がどんな病気でも、あんぽんたんが薬をもらってくる時、変だなあとおもうのは、練薬と膏薬こうやく二種ふたいろだけだった。練薬は曲物まげものに入れ、膏薬は貝殻かいがらに入れて渡した。
適当な場所に粟粒あわつぶ程のぼたんまでつけてあるし、娘の乳のふくらみと云い、腿のあたりのなまめいた曲線と云い、こぼれた緋縮緬ひぢりめん、チラと見える肌の色、指には貝殻かいがらの様な爪が生えていた。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
貝の缶詰かんづめ工場と、貝殻かいがらを焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔干し場と、そして、魚釣りに来る客のための釣舟屋と、ごったくやといわれる小料理屋の多いのが
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
所々ところどころうつくしい色彩いろどり貝殻かいがらにおいのつよ海藻かいそうやらがちらばっているのです。
彼は大洋の音を響かす貝殻かいがらに似ていた。主権的な律動リズムに導かれてる、らっぱの呼び声、音響の颶風ぐふう、英雄詩的喚声が、通りすぎていった。なぜなら、彼の朗々たる魂の中ではすべてが音響に変化した。
兄さんは、貝殻かいがらに鉛筆で詩を書いた。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
見るとそれは実に立派なばけもの紳士しんしでした。貝殻かいがらでこしらえた外套がいとうを着て水煙草みずたばこを片手に持って立っているのでした。
そしてポウセ童子は、白い貝殻かいがらの沓をはき、二人は連れだって空の銀の芝原しばはらを仲よく歌いながら行きました。
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そしたらにわかになみの音が強くなってそれはったように聞こえました。「貝殻かいがらなんぞ何にするんだ。そんな小さな貝殻なんど何にするんだ、何にするんだ。」
サガレンと八月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「何にするんだ、何にするんだ、貝殻かいがらなんぞ何にするんだ。」私はむっとしてしまいました。
サガレンと八月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
また私はそこから風どもがおくってよこした安心あんしんのような気持きもちかんじてりました。そしたら丁度あしもとのすなに小さな白い貝殻かいがらまるい小さなあながあいてちているのを見ました。
サガレンと八月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その室のやみの中で、ガドルフはをつぶりながら、まず重い外套がいとうぎました。そのぬれた外套のそでを引っぱるとき、ガドルフは白い貝殻かいがらでこしらえあげた、昼の楊の木をありありと見ました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)