裏店うらだな)” の例文
肴屋さかなや、酒屋、雑貨店、その向うに寺の門やら裏店うらだなの長屋やらがつらなって、久堅町ひさかたまちの低い地には数多あまたの工場の煙筒えんとつが黒い煙をみなぎらしていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
伝ふる所に従へば、父玄道は人となつて後久しく志を得ずに、某街の裏店うらだなに住んでゐた。家に兄弟十八人があつて、貧困甚だしかつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ここだと云はないばかりにほとばしつて來た儘に、渠はおのれの妻が裏店うらだなのかかアか何かのやうに、燒けぼツくひじみた行爲に出た不埒ふらちを述べた。
淫売婦いんばいふ裏店うらだなのかみさんのような人達と同じ屋根の下に画作することを胸に浮べて、あの連中の実際の境遇をあわれまずにはいられなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
亥「今のお嫁入りとえんだりにしましょう、わっち共は交際つきえゝひれいものだから裏店うらだなともれえでありながら、強飯こわめしが八百人めえというので」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
内職に生活している裏店うらだなの女房などにこれを教えようとしたら、「馬鹿にしているよ」の一言をもって拒絶せられること受合うけあいのものである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「おとよという女は、まだ木挽町一丁目の裏店うらだなに住んでいる」と岡安は云った、「こんどの男は馬方で、おとよより五つもとし下だそうだ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
活字で書けば、味もそっけもなくなるが、裏店うらだな住まいの貧乏暮らしで、女房相手に、一段一段と盛り上がってゆく心の動き。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
庄太の家はかの酒屋から遠くない露路のなかで、そこには裏店うらだなとしてやや小綺麗な五軒の小さい格子作りがならんでいた。
半七捕物帳:23 鬼娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「枝ぶり」などという言葉もおそらく西洋の国語には訳せない言葉であろう。どんな裏店うらだなでも朝顔のはちぐらいは見られる。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「え、私の家ですかな? ……ええまあ随分広うごすなあ」——その実多四郎は家ときたら一間ひとましかない裏店うらだななのである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
裏店うらだなのおかみ然たるのが願書の不備を指摘して突っ返したり、これがみんなお役人なんだから何とも奇抜な光景である。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
一節切ひとよぎりの竹を、井戸端で洗い、文字どおりな裏店うらだなの室内へ上がって来ると、床の間はない——ただ壁の隅へ、一枚の板をおいて、そこへ誰の筆か
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世辞せじを言う中婆ちゅうばあさん。まだどこやらに水々しいところもあって、まんざら裏店うらだなのかみさんとも見えないようでした。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幼児は外形かたちを見、その外形を鵜呑うのみにするものだから、裏店うらだなに育っている子供と、生活様式の十分にととのっている家の子供とは、言葉でも動作でも
たましいの教育 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
ようやくクールベから離れて来てみると、裏店うらだなへでもくぐらない限り、その男とも一緒に行けないこともわかって来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しじゅう貧乏して裏店うらだなのようなところに住まって、かの人は何をするかと人にいわれるくらい世の中に知れない人で、何もできないような人であったが
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
こゝに又遠州水呑村の先名主せんなぬし惣内夫婦は九郎兵衞が計ひに任せて江戸表へ出府なし靈岸島れいがんじまへんに國者の居るを便りて參り此者の世話にて八町ぼり長澤ながさは町の裏店うらだな
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そいつを、まるで裏店うらだなの夫婦喧嘩に細君の髪をつかむように、グシャッとつかんで、ぽうんと箱へほうりこむ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一緒に大きく儲けやうとはしないで他人ひとに儲けられまい儲けられまいとケチ/\してゐる。裏店うらだな根性だ……
青年実業家 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
……口上こうじょう申通もうしつうじたばかり、世外せがいのものゆえ、名刺の用意もしませず——住所もまだ申さなんだが、実は、あの稲荷の裏店うらだなにな、堂裏の崩塀くずれべいの中に住居すまいをします。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
子の著『猿論語』、『酒行脚さけあんぎゃ』、『裏店うらだな列伝』、『烏牙庵漫筆うがあんまんぴつ』、皆酔中に筆をったものである。
梅雨晴 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かいは何という賢者だろう。一膳飯に一杯酒で、裏店うらだな住居といったような生活をしておれば、たいていの人は取りみだしてしまうところだが、囘は一向平気で、ただ道を
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
が、それも年々思わしくなくなる一方で、もう米次郎には挽回の策のほどこしようもなく、とうとう愛宕下あたごした裏店うらだなに退いて、余生をびしく過ごす人になってしまった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
住まいはつい向こう横町の裏店うらだなでござりまするが、働き盛りの父御ててごがこの春ぽっくりと他界いたしましてからというもの、見る目もきのどくなほどのご逼塞ひっそくでござりましてな
怨望えんぼう満野まんや、建白の門はいちの如く、新聞紙の面は裏店うらだなの井戸端の如く、そのわずらわしきやくが如く、その面倒なるや刺すが如く、あたかも無数の小姑こじゅうとめが一人の家嫂よめくるしむるに異ならず。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかしちっともそれらしくなくて、小柄で真黒で痩せて、ちょっと東京の裏店うらだなに住んでいる落ちぶれた骨董屋こっとうやというところだ。何かといえばうなずく癖がある。入ってくるとからそれをやる。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
「マア不思議じゃア御座ございませんか、萩原さま」と、云はれて新三郎も気が浮き、二人を上にあげて歓愛に耽る」と云うことになっているが、この物語では、萩原の裏店うらだなに住む伴蔵ともぞうと云う者がのぞいて
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
よくよく聞きただして見ると裏店うらだなと藁店を混同していたりする。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
裏店うらだな洗流ながしの日かげ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
初め助太郎とかなとは、まだかなが藍原右衛門うえもんむすめであった時、穴隙けつげきって相見あいまみえたために、二人は親々おやおやの勘当を受けて、裏店うらだなの世帯を持った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
天下の御宝蔵をうかがおうとも、九尺二間の裏店うらだなを荒そうとも、物を盗む、ということの悪いには変りはないはず。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さあれ、その艶姿は、海棠かいどうが持ち前の色を燃やし、芙蓉ふようが葉陰にとげを持ったようでなお悩ましい。いってみれば、これや裏店うらだな楊貴妃ようきひともいえようか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紙入れから一朱銀を一つつまみ出してやると、裏店うらだなの男の児はおどろいたように彼の顔をみあげていた。女房は前垂れで濡れ手をふきながら礼を云った。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「何かちょっと借りに来ちゃあ決して返したことのない隣家の女房」——登場人物と出来事はたいがい型のごとくきまっていて、どこの国の裏店うらだなもおなじに
「もうちっと向うの、箪笥たんす町の裏店うらだなですが、いかがですかな、夜の明けるまで休んでおいでになりませんか」
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とり其上彦兵衞より請取うけとりし金もあれば不自由なく消光くらすつけ本夫をつと開運かいうんをぞ祈りける偖彦兵衞は江戸の知己ちかづき便たよりて橋本町一丁目の裏店うらだなかり元來ぐわんらいおぼえたる小間物を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
馬「だが、旦那坊主も付いていたが経も上げず、ひどい貧乏な葬式とむらいで、んな裏店うらだなでも小さい袋に煎餅ぐらいはあるに、何か食物たべものがあろうと思ったにひどい事で」
そのうちで、同じ通り二丁目の金貸、裏店うらだなながら、式部しきぶ小路に乗出している、浅田屋治平から借りた二千両が、先月いっぱいに返さないと大変なことになる、沢屋が店を
何うかしてそれを忘れてゐると、まるで世間摺せけんずれのした裏店うらだなのお神のやうな調子で、それを請求したり、蜜豆を催促したりするのだつたが、圭子が厳しく言つて聞かすと
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
え、千ちゃん、まあ何でもいから、お前様ひとつ何とかいって、内の御新造様を返して下さい。裏店うらだな媽々かかが飛出したって、お附合五六軒は、おや、とばかりで騒ぐわねえ。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あるいは人足とて裏店うらだなに借屋して今日の衣食に差しつかえる者もあり、あるいは才智たくましゅうして役人となり商人となりて天下を動かす者もあり、あるいは智恵分別なくして生涯
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
何はなくとも、栄三郎とお艶にとっては、高殿玉楼こうでんぎょくろうにまさる裏店うらだなの住いだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
▲戸川秋骨君が曾て大久保を高等裏店うらだなだと云ったのは適切の名言である。
駆逐されんとする文人 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そこで止むを得ず桑名町の裏店うらだな、そこへ一時の隠れ家を構えた。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
或ひはそれに近いやうな裏店うらだなの娘だつたのに違ひない。
水族館 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
そのうちにこの裏店うらだなに革命的変動が起った。例の簷下に引き入れてあった屋台が、夜通って見てもなくなった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
四十両バカリ損ヲシテ、ソノ上ニ大火事ニ焼ケテ裏店うらだなヘハイッテイルト聞イタ、世ノ中ニハ三九郎ノヨウナ者ガ今ハイクラモアルカラ、油断ヲスルトクラウモノダ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
初袷はつあわせを着、風も秋めくと、毎日のように、江戸のどこかしらで、笛太鼓の音の聞えない日はない。わけて浅草界隈は、祭というと、裏店うらだなまで綺羅美きらびやかに賑わう。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜分は又門口に大きな高張たかはりを立て、筆太に元祖計り炭鹽原多助と記し、くつわの紋を附け、店で計り炭を売りますと、裏店うらだなのおかみさん達が前掛の下に味噌漉を隠し
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)