草双紙くさぞうし)” の例文
旧字:草雙紙
『一代女』の挿画は後世の草双紙くさぞうしのように、物凄さを強調するものではないが、この蓮の葉笠の姿は何となく凄涼の気を帯びている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
戯作げさく、つまり昔の草双紙くさぞうし——草双紙に何があるものですか、ただその時、その時を面白がらせて、つないで行けばいいだけの代物しろものです
山道 (新字新仮名) / 中里介山(著)
行燈あんどん草双紙くさぞうしのようなものを読んでいた。それは微熱をおぼえる初夏のであった。そこは母屋おもやと離れた離屋はなれの部屋であった。
水面に浮んだ女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「可哀想に、——良い娘でしたが——時折は、淋しかろうって、菓子を持って来てくれたり、草双紙くさぞうしを持って来て貸してくれたり」
おそらく、都会に育ったお蝶がその怪物に触れたのも初めてで、それを乗り物と感じたのは草双紙くさぞうしの知識であったかも知れません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なにあれでも、実は慷慨家こうがいかかも知れない。そらよく草双紙くさぞうしにあるじゃないか。何とかの何々、実は海賊の張本毛剃九右衛門けぞりくえもんて」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奥にはなまめいた女の声などが聞えていた。草双紙くさぞうしの絵にでもありそうな花園に灯影が青白く映って、夜風がしめやかに動いていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
世話と時代を一つにして永らくお聞きに入れましたお馴染なじみのお話でございますが、ちと昔の模様でございまして、草双紙くさぞうしじみたところもございます。
それゆえ婆様も、私の姉様なぞよりずっと私のほうを可愛がって下さいまして、毎晩のように草双紙くさぞうしを読んで聞かせて下さったのでございます。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
十三歳に府立二中に入学したが、学科はそっちのけで、『太平記』や、『平家物語』をはじめ、江戸時代の草双紙くさぞうしの中では馬琴ばきんに私淑したとある。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
老眼鏡の力をたよりにそもそも自分がまだやなぎ風成かぜなりなぞと名乗って狂歌川柳せんりゅう口咏くちずさんでいた頃の草双紙くさぞうしから最近の随筆『用捨箱ようしゃばこ』なぞに至るまで
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それとも狐狸こりの類のいたずらであろうか。だが、現代にそんな草双紙くさぞうしめいた現象があり得ようとも思われなかった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
旧暦の六月末はもう土用のうちですから、どこのお稽古もおひるぎりで、わたくしもお隣りの家から借りて来た草双紙くさぞうしなどを読んで半日を暮らしてしまいました。
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夫人はその時のことを追想して、草双紙くさぞうしで読んだむかし物語を、そっくり現実に経験した様だったと言ってる。
一体に小説という言葉は、すでに新しい言葉なので、はじめは読本よみほんとか草双紙くさぞうしとか呼ばれていたものである。が、それが改ったのは戊辰ぼしんの革命以後のことである。
明治十年前後 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
私は拝借の分をお返ししながら、草双紙くさぞうしの、あれは、白縫しらぬいでありましたか、釈迦八相しゃかはっそうでありましたか。……続きをお借り申そうと、行きかかった処でありました。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
草双紙くさぞうしも好んだが、これは私のうちには無かった。隣の間室まむろという家に草双紙を綴じ合わせたのがあったのを、四つ五つの頃からよく遊びに行って見ることにしていた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
僕のうちの本箱には草双紙くさぞうしがいっぱいつまっていた。僕はもの心のついたころからこれらの草双紙を愛していた。ことに「西遊記さいゆうき」を翻案した「金毘羅利生記こんぴらりしょうき」を愛していた。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
家に古くからあった草双紙くさぞうしのどこを開けても絵があって、その絵の廻りに本文がびっしり仮名で埋めてあるのを、今頃の子供たちが新聞でも見るように読みつけていましたから。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
貸本屋の持って来る草双紙くさぞうしを読みながら畳の上に寝ころんでいるという底の抜け方とか。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と、いうのを聴いて、浪路は、床の上で、膝にひろげていた草双紙くさぞうしを投げ捨てるように
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
いくら女子供相手の草双紙くさぞうしでも、あの荒唐無稽ぶりは私は許せないと思います。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
草双紙くさぞうしとか、軍談とかいうような物には、大ぶん聞きかじりで通じていた。
私の母 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
百人一首はもとより、草双紙くさぞうしその他、民間の読本よみほんには全く字を用いずして平仮名のみのものもあり。また、在町ざいまちの表通りを見ても、店の看板、提灯ちょうちん行灯あんどん等のしるしにも、絶えて片仮名を用いず。
小学教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
余はとうとう夜の明けるまで一睡もせずに、怪し気な蚊帳かやのうちに辛防しんぼうしながら、まるで草双紙くさぞうしにでもありそうな事だと考えた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
浄瑠璃と草双紙くさぞうしとに最初の文学的熱情を誘い出されたわれわれには、曲輪外のさびしい町と田圃たんぼの景色とが、いかに豊富なる魅力を示したであろう。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『——ね、いっその事、二階へあがって、お話しなさいな。右衛門七は、きょうはすこし、風邪気かぜけだと云って、草双紙くさぞうしなんか読んで退屈しているんですから』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのまた海辺には人間よりも化け物に近い女が一人、腰巻き一つになったなり、身投げをするために合掌していた。それは「妙々車みょうみょうぐるま」という草双紙くさぞうしの中の插画さしえだったらしい。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしも自分の家から古い草双紙くさぞうしなどを持って行って貸してやるので、金さんの方でもよそから借りた本を貸してくれる。わたしはそのお蔭で、むかしの草双紙などを大分だいぶ読みおぼえた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ほんの黄昏たそがれの薄明りをたよりにして、草双紙くさぞうしを読んだがためだという事ではあるが、そうした世帯の、細心ほそしん洋燈ランプの赤いひかりは、視力をいためたであろうし、その上に彼女は肩の凝る性分で
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
此の一席で満尾まんびになりますゆえ、くだ/\しい所は省きまして、善人が栄え、悪人がほろび、可愛かわいゝ同志が夫婦になり、失いました宝が出るという勧善懲悪かんぜんちょうあく脚色しくみは芝居でも草双紙くさぞうしでも同じ事で
お高はその中に手をやって二三冊の草双紙くさぞうしのようなものをった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「小説と申しますると、草双紙くさぞうしたぐいでございますか」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それらにはくらの二階の長持の中にある草双紙くさぞうし画解えときが、子供の想像に都合の好いような説明をいくらでも与えてくれた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
種員は草双紙くさぞうし御法度ごはっとのこの頃いよいよ小遣銭にも窮してしまったため国貞門下のある絵師と相談して
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところがこの通りな荒屋敷あれやしき、いつ来てみても釘付けなので、業腹ごうはらだから今日は向うをコジ開けて、この部屋へ上がり込んで周馬の戻りを待っていたところが、たいそう草双紙くさぞうしが積んであるから
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これぞ当時流行の草双紙くさぞうし『田舎源氏』の作者として誰知らぬものなき柳亭種彦翁りゅうていたねひこおうであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「なるほど踊りでもおどりそうな顔だ。奥さんこの猫は油断のならない相好そうごうですぜ。むかしの草双紙くさぞうしにある猫又ねこまたに似ていますよ」と勝手な事を言いながら、しきりに細君さいくんに話しかける。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家の娘は今高等女学校に通わしてあるがそれを見ても分る話で今日の若い女には活字のほかは何も読めない。草書も変体仮名も読めない。新聞の小説はよめるが仮名の草双紙くさぞうしは読めない。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
草双紙くさぞうしにある猫又ねこまたの血脈を受けておりはせぬかとみずから疑うくらいである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近頃はやる手文庫の中張うちばりとか、又草双紙くさぞうしちつなどに用いたら案外いいかも知れないと思ったので、其場の出来心からわたくしは古雑誌の勘定をするついでに胴抜の長襦袢一枚を買取り
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こはすぐる日八重わが書斎にきたりける折書棚の草双紙くさぞうし絵本えほんたぐい取卸とりおろして見せけるなか豊国とよくにが絵本『時勢粧いまようすがた』に「それしゃ」とことわり書したる女の前髪切りて黄楊つげ横櫛よこぐしさしたる姿のあだなる
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
品川楼盛糸がことは当時『有喜世うきよ新聞』に『心中比翼塚しんじゅうひよくづか』とか題して浄瑠璃風に文飾して書きつづりしものあり。また春亭史彦といふ人のつづりし『北廓花盛紫さとのはなさかるむらさき』と題せし草双紙くさぞうしもあり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
春扇も歌川風の草双紙くさぞうしを描きしのち遂に板下画はんしたえより陶器の焼付画やきつけえに転じぬ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのそばすすけた柱にった荒神様こうじんさまのおふだなぞ、一体に汚らしく乱雑に見える周囲の道具立どうぐだて相俟あいまって、草双紙くさぞうしに見るような何という果敢はかな佗住居わびずまいの情調、また哥沢うたざわの節廻しに唄い古されたような
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)