羅馬ローマ)” の例文
アフリカに於ける羅馬ローマ軍の大将アッチリウス・レグルスは、カルタゴ人に打ち勝って光栄の真中にあったのに、本国に書を送って
『井伏鱒二選集』後記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この糾問のゝち、白石は羅馬ローマ人処置の献議として、第一に、彼を本国へ返さるゝは上策。第二に、彼を囚人として助けおかるゝは中策。
ツイ昨年易簀えきさくした洋画界の羅馬ローマ法王たる黒田清輝くろだせいき好事こうずの聞え高い前の暹羅シャム公使の松方正作まつかたしょうさくの如きもまた早くから椿岳を蒐集していた。
「いい訳はあるまい。あさましい人非人にんぴにん。その風俗をした姿を、羅馬ローマの町の辻にさらしものにして、お前の肉親たちにも見せてやりたい」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「神々の死」別名「背教者ジュリアン」は、基督キリスト教と希臘思想ヘレニズムの闘争時代である四世紀の羅馬ローマに於ける史実を描いたものである。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かの女は伊太利イタリアの旅で見た羅馬ローマの丘上のネロ皇帝宮殿の廃墟はいきょを思い出した。恐らく日本の廃園はいえんうまで彼処あそこに似たところは他には無かろう。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
羅馬ローマ文字で岸本の名をしるしつけた鞄を見るにつけても、悲しい叔父の決心を思いやるような女らしい表情が彼女の涙ぐんだ眼に読まれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ジョリーさんが羅馬ローマ綴で書いた式文みたようなものを読み上げる時には皆起立させられたが、モウ足がしびれて立てない者も居た。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は写真の上で、遠い希臘ギリシャ羅馬ローマの神殿のあとにそそり立つ円柱をみたことがあるが、ああいう石造の感じはどんなものであろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
向こうの天主堂は高さ五十メートルもあった鐘塔をはじめとして、全体が三分の一の高さぐらいに吹き払われ、羅馬ローマの廃墟さながらである。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
希臘ギリシヤ羅馬ローマあたりの古哲の遺書を誦むような気がする。深玄な哲理が極めて平易な文字を以てスラ/\と自在に書き流してある。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そのかわり私は、羅馬ローマのホテルの酒場で、アルコホルが語らせる旅客の伊太利イタリー観から、より多くの真実を掴み出そうと耳を立てるであろう。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
しかも片や羅馬ローマ古代史、片や海洋学の世界的権威二人の碩学せきがくが、ボカス・デルトーロの辺陬へんすうから世界的な重大発表をするらしいという噂が
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
羅馬ローマのラクス・ラリウス Lacus Larius はコモの湖で、イル・ラリヨ Il Lario とも呼ばれておる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
先ず『追儺ついな』である。羅馬ローマの古俗がどうのこうのといってあるが、実は文界の魔障を追い払う意味を裏面に含めたものである。
而して儒教の風教を支配する事能はざるは、往時以太利イタリー羅馬ローマ教の勢力地に堕ちて、教会は唯だ集会所たるが如き観ありしと同様の事実なり。
一歩誤らばアングロ・サクソン人は滅亡になんなんとして来るかも知れぬ。一歩を誤れば羅馬ローマの末路のようになるかも知れぬと思われるのである。
始業式に臨みて (新字新仮名) / 大隈重信(著)
しかし結論から言えば、陳獨秀ちんどくしゅうが雑誌「新青年」を発行して羅馬ローマ字を提唱したので国粋がほろびて考えようが無くなったんだ。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
懐疑の空気充満せし文明なる希臘ギリシヤが比較的に野蛮なる偶像信者の羅馬ローマ人に亡ぼされたる者は何ぞや。一は信条を有し一は信条を有せざれば也。
信仰個条なかるべからず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
その羅馬ローマ法王庁へ公使を派して、彼我尋常の外交関係を形成したことは我国外交の明朗性を示したものということが出来る。
ローマ法王と外交 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これを鈴木の金子直吉氏に訊くと、金子氏は急に羅馬ローマ字のMのやうに真面目くさつて、(金子氏は聞えた羅馬字論者である)
しかし前から下調したしらべをしておくようないとまが無かったのだから、何事もそのつもりで聞いて貰わなければならない。あるには有る。例えば羅馬ローマという国だ。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
その論文の紹介が独逸ドイツのベリヒテという雑誌に出た時、「マツバ」や「チリギク」の火花の名は羅馬ローマ字で書いてあった。
寅彦夏話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼女はハプスブルグ家、オーストリア神聖羅馬ローマ皇帝の娘である。彼女の部屋はチュイレリーの宮殿の中で、ナポレオンの寝室の隣りに設けられた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
羅馬ローマの考古学会でなら、これで適当な仕事をあてがつてくれる筈だから……。やつぱり、通用するところで通用させんと、僕らの学問は持ち腐れだ
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
なぞと太平の世の好いお爺さんになってニコニコしながら、それで居て支倉はせくら六右衛門、松本忠作等を南蛮から羅馬ローマかけて遣って居るところなどは
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いろいろな名称に伊太利イタリーそのまゝの地名や、吾々の知る歴史で有名な英雄が現れてゐるので、羅馬ローマにでも程近い駅路の海港場のやうにも思はれたが
山彦の街 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ヨシユキ、何か考えている? 惚れ/″\とわたしの俳優羅馬ローマ皇帝が。妾は貴男あなたに対する研究心を根気よく棄てない、まるでアラビアの貴婦人みたいに。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
裸体は希臘ギリシャ羅馬ローマの遺風が文芸復興時代の淫靡いんびふうに誘われてから流行はやりだしたもので、希臘人や、羅馬人は平常ふだんから裸体を見做みなれていたのだから
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
七百頁に近い大部なもので、全部四十一章に別れてゐて古代希臘ギリシア羅馬ローマの神話東方北方の伝説が残らず集まってゐる。
新刊紹介:〔伝説の時代〕 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
基督キリスト教の信仰と羅馬ローマ以降の法律の精神にはまだまだ憑拠するに足るべき力があるもののように思いなしていたのだ。
花火 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
天正十四年五月十九日 (羅馬ローマ天主デウス誕生以来一五八六年)西班牙エスパニア王フェリペ二世より梯状琴クラヴィ・チェムバロとともにこれをうく。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
室町末期の西洋人の羅馬ローマ字綴によれば、「い」はiであるが、「え」はye「お」はwoの音であったらしい。
国語音韻の変遷 (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
ウィリアムだいせい其人そのひと立法りつぱふ羅馬ローマ法皇はふわう御心みこゝろかなひ、たちまちにして首領しゆれう必要ひつえうありし英人えいじんしたがところとなり、ちかくは纂奪さんだつおよ征服せいふくほしひまゝにするにいたりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
会場は巴里とか羅馬ローマ(昨年十月は同市)とかに開くことあるも、そは例外にして、普通はジュネーブに開く。
が——書籍包のなかにタヅコ、カノウと下手へた羅馬ローマ字で署名してある英読本の手触てざはりをさぐつて見ると、和作はやはり何か友達を売つたやうな心地になつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
◎漢字を排斥すれば、仮名を用うるか、羅馬ローマ字を用うるか、新字を製するか、の一を択ばざるべからず。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「ははあ、妙な論断ですね、羅馬ローマの亡びたのは人心が堕落したからだということは、よく聞きますが、鉄と石炭が欧羅巴を堕落させたという説はまだ聞きません」
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もしあるいは彼らが破壊家にして、その経世的手腕に富まざるが如き、のマヂニーが、かつて一時羅馬ローマにおいて摂政官と為りし時において、これを見るを得べし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
羅馬ローマ綴の日本語にラテン語を混えた独特な趣味あるミッション・プレス等々価値あるものが沢山ある。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
カルヴイン、ルウテル等の巨人が羅馬ローマの万能に対する攻撃は夜の暗黒に輝く旭日の如くであつた。
少数と多数 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
すると「サカモト」と羅馬ローマ字の彫られたジャック小刀ナイフが為吉の菜葉洋袴なっぱズボンの隠しから取出された。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
英語をもって国語としようというような論が、一時行われたことはあったにしても、ついにそのことは実現せず、羅馬ローマ字運動も明治十年代に早く生じていながら実を結ばず
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
ガーイウスは、羅馬ローマ五大法律家の一人で、サビニアン派に属し、著述もなかなか多く、殊に「十二表法」の註釈、および「金言」(Aurea)と称するものは有名である。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
……その時ひょいと、全然何の連絡もなしに、彼は羅馬ローマ皇帝ヴィテリウスの話を思出した。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
文禄時代の羅馬ローマ字訳を初とし慶長元和以来古活字本となり、其他の諸版で世間に流布したのが、遂に此戯作者の筆にまで伝ったことは、また文壇の一奇談といわなければならぬ。
春水と三馬 (新字新仮名) / 桑木厳翼(著)
クララが十六歳の夏であった、フランシスが十二人の伴侶なかま羅馬ローマに行って、イノセント三世から、基督キリストを模範にして生活する事と、寺院で説教する事との印可いんかを受けて帰ったのは。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
エリザベス朝の巨人たちさえ、——一代の学者だったベン・ジョンソンさえ彼の足の親指の上に羅馬ローマとカルセエジとの軍勢の戦いを始めるのを眺めたほど神経的疲労に陥っていた。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
栖鳳せいほう先生が西洋から帰へられて二、三年後大阪で博覧会が開かれた。其時先生は羅馬ローマ古城趾真景を出品されたが、其年前後から栖鳳先生の塾で近郊写生旅行が繁々行はれた思ひ出がある。
写生帖の思ひ出 (新字旧仮名) / 上村松園(著)
やがて程なく彼等は羅馬ローマに着いた。するとオーブレイはしばらくの間道伴れの姿を見失つてしまつた。ルスヴン卿はこの頃は毎朝或る伊太利の伯爵夫人の朝の集りへ通つてゐたのである。