糜爛びらん)” の例文
やはり女で、年は三十七八歳、或は四十歳くらゐであらうか、かなり重症の、勿論結節型で高度の潰瘍に顔面は糜爛びらんし、盲目であつた。
続癩院記録 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
如何いかにも、よく見ると、その傷痕は「恐怖王」と読まれた。まさか死体糜爛びらんのあとが、偶然この様な形を現わした訳ではあるまい。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
眼蓋まぶたれて顔つきが変ってしまい、そうしてその眼蓋を手で無理にこじあけて中の眼球を調べて見ると、ほとんど死魚の眼のように糜爛びらんしていた。
薄明 (新字新仮名) / 太宰治(著)
糜爛びらんし、毒化しつつ在る強烈な西洋文化のカクテルの中に、所謂白禍はっかの害毒の最も惨烈なものを看取したに違いない。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と、登子にも鏡を持たせ、自分も鏡を持って、患部を合せ鏡に映して、その惨烈とも無残ともいいようのない自己の糜爛びらんした肉体の一部をしげしげと見
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぢい」とおつぎはみゝくちてゝ呶鳴どなつた。つめたい卯平うへいはぐつたりと俛首うなだれたまゝである。すこかしげたかれ横頬よこほゝ糜爛びらんした火傷やけど勘次かんじ悚然ぞつとさせた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
納骨所に発生わいて、あの糜爛びらんした屍体を喰っている奴で、何とも形容の出来ない厭な生物いきものの一つだが、此奴こいつが今女の口腔くちから飛びだすと、微かな羽音を立てながら
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
古井戸から上った糜爛びらんした死体、それは三年前の話だったけれども、岸本は余り好い気持がしなかった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
その万物を糜爛びらんせしめるような陰鬱な雨は今日も今日もと降りつづいた。湿めっぽいうっとうしい底温かいような気候が私にいらだたせるような不安を圧迫した。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
死児はふやけたような頭顱あたまが、ところどころ海綿のように赭く糜爛びらんして、唇にも紅い血の色がなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
めらめらの火や、きあげる血や、がれた腕や、死狂うくちびるや、糜爛びらんの死体や、それらはあった、それらはあった、人々の眼のなかにまだ消え失せてはいなかった。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
熱線は、身体の露出部に糜爛びらんを生じ、また薄いシャツや硝子は透過して、熱作用を及ぼすのである。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
予等に取つては一瞥してさへ眼睛がんせい糜爛びらんを恐れしめ、二目ふためとは覗かれない程に淒惨なものであるが、どの熔炉の口にも焦熱地獄のかまどを焚く鬼の如き火夫が炭を投じ火を守つて
「残酷って言うことを知らないからでしょう。」私の考えと、判事さんの話とは、少し齟齬そごするところがあった。私の考えでは、都会の人は神経が糜爛びらんしているように思えた。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
……糜爛びらんした神経、磨ぎ澄まされた感覚、頽廃たいはいした情緒、衰え切った意志、——いわゆる浮世のすたれ者! そういう者にはそういう者だけの、享楽の世界があろうというものだ
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それで、奥には横浜あり、東京あり、横須賀があつて、其処へ往来の汽船軍艦が始終出入りしてゐるので、常に沖辺に煙の影を断たず、何となく糜爛びらんした、古い入江の感をも与へる。
岬の端 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
まだいれずみはしていない。大切にされているとは言っても、フランペシヤだけは出来ると見える。腕や脚一面に糜爛びらんした腫物はれものがはびこっていた。自然は私ほどにロマンティストではないらしい。
そしてそしてあの墓の下に、ひたいを撃たれて糜爛びらんしたジーナと、スパセニアの亡骸むくろが私をうらんで、横たわっているかと思うと、見えも恥もなく、総毛だってガタガタと私は、震え出しました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
糜爛びらんせる官能受用のために、至るところに「心」は荒らされ傷つけられている。この欲からの離脱もまた彼の真理の王国の必須な条件であった。しかも建仁寺は官能の香気を喜んでいたのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そうしてその憂鬱を、京子との糜爛びらんした情痴で、忘れようとした。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
若し然しその人の個性がその事があったために分散し、精神が糜爛びらんし、肉慾が昂進こうしんしたとするならば、もうその人に於て本能の統合は破れてしまったのだ。本能的生活はもうその人とは係わりはない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
箱づめになった少女の糜爛びらんした屍体の天然色写真。
恐怖の正体 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
これらの現象は凡て正体の曖昧あいまいな、極微有機物の作用であって、死後強直というえたいの知れぬ現象すらも、腐敗の前兆をなす所の、一種の糜爛びらんであった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、呉用、宋江、林冲りんちゅうなどもみな眉をくもらせた。これらの者はみな王道政治の糜爛びらん腐敗を身にめて知っている。かならずや柴進の主張などは通るまい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしの糜爛びらんした乳房や右のひじが、この連続する痛みが、痛みばかりが、今はわたしなのだろうか。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
こめむぎ味噌みそがそれでどうにか工夫くふう出來できた。かれうしていのちつな方法はうはふやつつた。二三にちぎて與吉よきち火傷やけど水疱すゐはうやぶれてんだ皮膚ひふしたすこ糜爛びらんけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
西洋風、支那風、日本風のあらゆる意味で堕落腐敗し糜爛びらんして行きつつある。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
蹴上けあげには、六角時信の兵二、三百がお待ちしていた。しばらくは坂である。ふりかえると洛外洛中の暗々黒々な一地界は、ただ炎、炎、炎……の糜爛びらんだった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勘次かんじかへつたとき卯平うへいよこたへたまゝであつた。あさかゝつてゆきけて卯平うへい褞袍どてらすこれてた。かれ糜爛びらんした火傷やけどるとともに、卯平うへいふところれてるおつぎをた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
糜爛びらんする浅ましい姿
日月いまだ地に堕ちずです。糜爛びらんしているからといって、世相の一局部だけを見て一概にののしり嘆くにはあたりません。ひとりの神性しんせいの持ち主がそうした世間を
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
犬になりたい仲間もえ、両々相俟あいまって、糜爛びらんした時粧じしょう風俗とともに、天下不良化の観をつくった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな糜爛びらんした官能的な肉慾主義を謳歌おうかする一群の花畑がどうして咲かれたのかと怪しまれるほど、主役のうごきは、悩ましい空気をかもして、日ごろの荒武者どもを、恍惚とさせた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここへきて、ふたたび、戦火の糜爛びらんがひろがり、範囲も西は山崎、鳥羽伏見とばふしみ。みなみは木幡こばた、奈良ぐち、阿弥陀ヶ峰。ひがしは近江から北は若狭路わかさじにまでなって来たには理由がある。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれのやきがもどったことは、そのまま元禄という一時代を、糜爛びらんさせてしまった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これを捨てず、これを刑せず、もし愛情と同鬱どううつの友となって、よく用い、また善導しつつ、いまの糜爛びらん社会に何らかの用途と生きがいをも与えて、ともに、世を楽しむ工夫はないものか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)