相貌そうぼう)” の例文
新の相貌そうぼうはかくのごとく威儀あるものにあらざるなり。渠は千の新を合わせて、なおかつまさること千の新なるべき異常の面魂つらだましいなりき。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのとき、あの方の相貌そうぼうが変った。眼が異様な光りを帯び、顔ぜんたいが細く、長くなるようにみえた。わたくしは眼をつむった。
やぶからし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
週期的あるいは非週期的に複雑な変化の相貌そうぼうを現わす環境に適応するためには人間は不断の注意と多様なくふうを要求されるからである。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
労働は以前のとおり続けられながらもすべてが動揺していた。そのはつらつとしたしかも陰鬱いんうつなる相貌そうぼうを伝えることはとうていできない。
幸子は今度のように富士山の傍近くへ来、朝に夕に、時々刻々に変化するその相貌そうぼうに心ゆくまで親しむことが出来たのは始めてであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
俗にいう美人型の面長おもながな顔で、品格といい縹緻きりょうといい、旗下の奥さんとして恥ずかしからぬ相貌そうぼうの方で、なかなか立派な婦人でありました。
しかしみつればくるの比喩ひゆれず、先頃から君江の相貌そうぼうがすこし変ってきた。金青年に喰ってかかるような狂態きょうたいさえ、人目についてきた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼らしい新味ある施政と威令とは、沈澱ちんでん久しかった旧態を一掃して、文化産業の社会面まで、その相貌そうぼうはまったくあらたまってきた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
会津の枯木山の方から流れ出て、男鹿へ注ぐ湯西川は、相貌そうぼう甚だ複雑である。激湍げきたん岩をんで、白泡宙空ちゅうくうに散るさま、ほんとうに夏なお寒い。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
巨勢が「アトリエ」に入りて見しに、彼はこの三日がほどに相貌そうぼう変りて、るくせたる如く、「ロオレライ」の図の下にひざまずきてぞゐたりける。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そして形態というものは、二種の相貌そうぼうをもってはいないだろうか。それは道徳的であると同時に非道徳ではなかろうか。
その鷲のような顔を始めとして、すべて厳酷な相貌そうぼうが灯のひかりにいっそう強められて、この場合における不愉快な想像力をいよいよ高めました。
いみどりいろの顔面、相貌そうぼう夜叉やしゃのごとき櫛まきお藤が、左膳のしもとあとをむらさきの斑点ぶちに見せて、変化へんげのようににっこり笑って立っているのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかしまろやかな相貌そうぼうと全躯にみなぎる深い光沢を仰ぐとき、天武天皇が生涯しょうがいにわたって心奥に憧憬どうけいされたあの久遠の和の光輝を思わないわけにゆかない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
珠数じゅずを首にかけ、手につえをつき見るからに荒々しい姿だ。肉体を苦しめられるだけ苦しめているような人の相貌そうぼうだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この男は沖縄人で相貌そうぼうが内地人らしくないのでうからねらわれていたのだそうだと、当人が後に来ての話である。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
頭は円いし、相貌そうぼうは立派ですし、祖父もあんな風ではなかったかと思ったのです。それで帰ってから兄たちにいいましたが、誰も相手にしませんかった。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
白昼、花々におう小路をさまよい、勝手な空想にふけっていれば、あなたはいつもぼくの身近く、きよらかな童女のような相貌そうぼうで、ぼくにつきまとっていたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その秘密さえ解き得たならば、この事件はこれまでとは全く違った相貌そうぼうを呈して来るかも知れませんからね
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もっともイタリー的らしく見えるそれらの相貌そうぼうのあるもの、ルイーニ式の微笑、ティツィアーノ式の肉感的な平静な眼差まなざし、アドリア海やロンバルディア平原の花は
台所に姿を現した女たちは、みんな一筋繩ひとすじなわではゆかぬ相貌そうぼうであったが、正三などの及びもつかぬ生活力と、虚偽を無邪気に振舞う本能をさずかっているらしかった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
県令はその当時埋葬に従事した土工らを大勢よび出してみると、いずれも相貌そうぼう兇悪のやからばかりだ。
女侠伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてそのグロテスクな相貌そうぼうは、よほど近所の子供たちにとってはおそろしいものの一つであったと見えて母や子守や父親が、泣いている子を私の家の前へ連れて来て
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そのたにでて蜿蜿えんえんと平原を流るゝ時は竜蛇りゅうだの如き相貌そうぼうとなり、急湍きゅうたん激流に怒号する時は牡牛おうしの如き形相を呈し……まだいろ/\な例へや面白い比喩ひゆが書いてあるけれど……
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
しかし彼の長い蒼白あおじろ相貌そうぼう一微塵いちみじんだも動いておらんから、彼の心のうちは無論わからない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あなたの世界をぼくは熱愛できないのです。あなたが利巧だとは思わない。然し、あなたは近代インテリゲンチャ、不安の相貌そうぼうそなえている。余りでたらめは書きますまい。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
有能な読者は、他人の書いたものの中に、作者がこれに記し止め、かつこれにそなわっていると思ったものとは別個の醍醐味だいごみをしばしば見い出して、それに遙かに豊かな意義と、相貌そうぼうとを
虚言の害でさえもが主としてそのうちに混入する阿諛に依るのである。真理は単純で率直である。しかるにその裏は千の相貌そうぼうそなえている。偽善が阿るためにとる姿もまた無限である。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
貫一はその相貌そうぼう瞥見べつけんりて、ただちに彼の性質をうらなはんとこころむるまでに、いと善く見極みきはめたり。されども、いかにせん、彼の相するところは始に疑ひしところとすこぶる一致せざる者有り。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
取澄してさえいれば、口髭くちひげなどに威のある彼のがっしりした相貌そうぼうは、誰の目にも立派な紳士に見えるのであった。小野田はきりたての脊広せびろなどを着込んで、のっしりした態度を示していた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
真理はどこかになければならぬはずにもかかわらず、争いだけが真理の相貌そうぼうを呈しているという解きがたいなぞの中で、訓練をもった暴力が、ただその訓練のために輝きを放って白熱している。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
薄い唇と、深く落ち窪んだ閉ざされた眼——その衰え果てた相貌そうぼうは、何かしら誇りかな幸福の色を浮かべていた。彼を担架に移したとき、人々は手を開かせて、紅い花を抜きとろうとした。
その丘の如き相貌そうぼうを呈したものが他日の峻峰とならぬと誰が断言出来よう。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
女御にょごの宮方は皆父帝のほうによく似ておいでになって、王者らしい相貌そうぼう気高けだかいところはあるが、ことさらお美しいということもないのに、この若君は貴族らしい上品なところに愛嬌あいきょうも添っていて
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「成功者は相貌そうぼうからして違っていますね」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
単に微気候学的差別のみならず、また地質の多様な変化による植物景観の多様性も日本の土地の相貌そうぼうを複雑にするのである。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おもながの、気品の高い相貌そうぼうで、いかにも政宗の末子ばっしらしく、その眉間びかんには威厳のあるするどさと、ねばり強い剛毅な性格があらわれていた。
痩躯そうく長面、いつも鳳眼ほうがんきらりとかがやいて、近ごろの曹操は、威容気品ふたつながら相貌そうぼうにそなわってきた風が見える。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渠は紳士というべき服装いでたちにはあらざるなり。されどもその相貌そうぼうとその髭とは、多くべからざる紳士の風采ふうさいを備えたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ばかに長い刀をさしているせいか、武骨ぶこつで豪放に見えるのだが、人物も、武骨で豪放なのだろう。精悍せいかん相貌そうぼうをしている。顔ぜんたい、大あばただ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
天が一国民の表面に描くあらゆる相貌そうぼうは、その底にあるものと隠密なしかし整然たる平衡を保ち、底のあらゆる動揺はまた表面の波紋を生ぜしむる。
しかし、楠公は古今の武将の中でも智略にすぐれていた人であったことは争われぬ歴史上の事実でありますから、智の方面に傑出した相貌そうぼうの顔に作りました。
相貌そうぼうこそやつれたれ常にかわらぬヒョロ長い細田弓之助氏がこっちへセカセカと歩いて来るではありませんか。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
允成は寧親にも親昵しんじつして、ほとん兄弟けいていの如くに遇せられた。平生へいぜい着丈きだけ四尺のて、体重が二十貫目あったというから、その堂々たる相貌そうぼうが思い遣られる。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
娘はまだ顔もれ、短刀で刺した喉の傷口に巻いてある白い布も目について、見るからに胸もふさがるばかり。変わり果てたこの娘の相貌そうぼうには、お民が驚きも一通りではない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この青白さは病身のせいではなく、生まれながらの殺人者の相貌そうぼうなのであろう。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
飛鳥仏あすかぶつにみられる微笑は全く消え去っている。白鳳はくほうの温容もない。むしろ受難の相貌そうぼうってもいいものがうかがわれる。私には、このみ仏が身をもって天平の深淵しんえんを語っているように思われる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そのように判然たる区別が存しているにもかかわらず、人間の眼はただ向上とか何とかいって、空ばかり見ているものだから、吾輩の性質は無論相貌そうぼうの末を識別する事すら到底出来ぬのは気の毒だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてまだ粉飾や媚態びたいによって自然を隠蔽いんぺいしない生地きじ相貌そうぼうの収集され展観されている場所にしくものはないようである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
色の黒い頬骨の出たぶこつな顔である、眉も眼も尻下りだし、口は大きいし、どう贔屓ひいきめに見てもぶおとこというほかに批評のしようがない相貌そうぼうだ。
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)