界隈かいわい)” の例文
いまの差配は助三郎といって、その界隈かいわいにある高田屋の地所や家作の管理をしているが、死んだ父親の元助からちゃんと聞いていた。
長く務めているので、長峰界隈かいわいでは評判の人望家ということ、道楽は謡曲で、暇さえあれば社宅の黒板塀くろいたべいからうたいの声が漏れている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
彼は部屋の中を見回して、あれこれとめぼしいものを物色しながら、三年前に行った上海のにぎやかな新世界界隈かいわいを思い浮かべていた。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
根が働好な女で、子供の世話、台所の仕事、そりゃあもう何から何まで引受けて、身を粉にして勤めましたから、さあ界隈かいわいでも評判。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そしてがっかりくたびれたあしりながら竹早町から同心町の界隈かいわいをあてどもなくうろうろ駆けまわってまた喜久井町に戻って来た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
世界的団長自ら広告のぼりかついで、ビラを配って、浅草界隈かいわいを歩いているなんて、なんとまあインチキな、人を喰ったしわざであろう。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
万延元年の十月、きょうは池上いけがみ会式えしきというので、八丁堀同心室積藤四郎がふたりの手先を連れて、早朝から本門寺界隈かいわいを検分に出た。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
体重はないし、あいては有名な強力ごうりき足軽、ずるずるッと酒屋の軒下まで持ってゆかれた。あたりに見ていた近所界隈かいわいの老若男女は
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
永代橋傍の清住町というちょっとした町に、代物しろものの新しいのと上さんの世辞のよいのとで、その界隈かいわいに知られた吉新という魚屋がある。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
ガラッ八と佐吉が滅茶滅茶に縛り上げた曲者をみると、下谷から浅草の界隈かいわいを、物貰いをして歩く馬鹿の馬吉うまきちという達者な三十男。
な、三日月なりだろう、この界隈かいわいでちっとでも後暗いことのある者は、あれを知らぬは無いくらいだ。といえば八蔵はしたり顔にて
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見る見るうちこの界隈かいわいは人の山を築きて、途方もなき山水のパノラマを描き出し、人々この怪し火について種々なる評を下すうち
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ピンと名をつけて、五年来ごねんらい飼うて居る。其子孫も大分界隈かいわいに蕃殖した。一昨年から押入婿おしいりむこのデカと云う大きなポインタァ種の犬も居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
母親も今更住みれた東京を離れたくはなかった。彼女はこの界隈かいわいでも、娘によって楽に暮らしている家のあることを知っていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おれは内藤新宿に長くうろついていたので、その界隈かいわいのことはよく知っていたから、強慾非道な質屋の蔵をすぐに荒してやったわけだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この辺やぐら下界隈かいわいには、御案内のとおり、置屋もたくさんあることにござりますれば、どうぞほかの家をお探しなすってくださいまし
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もっともこの界隈かいわいにはこう云う家も珍しくはなかった。が、「玄鶴山房げんかくさんぼう」の額や塀越しに見える庭木などはどの家よりも数奇すきを凝らしていた。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ともあれ、三夫婦が近所に集まったことで、市内にいた仲間の詩人のHも少し離れたところに越してき、世田谷界隈かいわいはいつもにぎわった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
その界隈かいわいのぐれ仲間の一人である長さんと結託し、長さんを浪花節語りの色男に仕立てゝ、おきみの政略的情夫ひもとしたのである。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
その界隈かいわいに多いにきまっているし、同時に、絵巻物の本来の所在地で、大部分の住民は多小に拘わらず、それに関する伝説を知っている。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「それにしても、この沢井村界隈かいわいに限って、盗賊もなければ辻斬もない、これというも、つまり沢井道場の余徳でありますな」
寿枝はなぜかそれを停めることが出来なかつた。楢雄は、兄貴には香櫨園の界隈かいわいを離れがたいわけがあるのだと見抜いてゐた。
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
行きついて見ると、いかさま珠数屋というのは、この界隈かいわい名うての分限者らしく、ひとめにそれと分る程の大きい構えでした。
この界隈かいわいのことだから代価はしごく低廉ていれんである。あわれな女はその僅少な金をるために、自分の意志で、男と同伴して行く。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
これに聞くと、緑町界隈かいわいの人間はみな被服廠ひふくしょうで死に、生命をたすかったのは自分をはじめ、せいぜい十名たらずであろう——などといった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
食客は江戸もしくはその界隈かいわいに寄るべき親族を求めて去った。奴婢ぬひは、弘前にしたがくべき若党二人を除く外、ことごといとまを取った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼の話によると、リヴァズ家は、この界隈かいわいでの舊家であつた。その家の祖先は富裕だつた。モオトン全體が、嘗てリヴァズ家に屬してゐた。
大和やまとへの旅、わけても法隆寺から夢殿、中宮寺界隈かいわいへかけての斑鳩いかるがの里の遍歴が、いつしか私の心に飛鳥びとへの思慕をよび起したのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
常連で、この界隈かいわいに住んでいる暇のある連中は散髪のついでに寄って行くし、遠くからこの附近へ用足しのあるものは、その用の前後に寄る。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しまいには、わたしが今まで述べた話の通りにぴったり落ちつき、この界隈かいわいでは男も、女も、子供も、それを暗記していないものはなかった。
矢切の斎藤と云えば、この界隈かいわいでの旧家で、里見の崩れが二三人ここへ落ちて百姓になった内の一人が斎藤と云ったのだと祖父から聞いて居る。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
天満天神に朝まいりした五花街の女たちが、ふたたびねむるころ、北浜界隈かいわいは車だまりから人力車が一掃されて、取引市場をとりまいた各商店では
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
界隈かいわいの小待合より溝板どぶいたづたひに女中の呼びに来るを待ち、女ども束髪に黒縮緬くろぢりめん羽織はおり、また丸髷まるまげに大嶋の小袖といふやうな風俗にて座敷へ行く。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
場所がらとてそこここからこの界隈かいわいに特有な楽器の声が聞こえて来た。天長節であるだけにきょうはことさらそれがにぎやかなのかもしれない。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
大震災の二日目に、火災がこの界隈かいわいまでも及んで来る恐れがあるというので、ともかくも立ち退きの準備をしようとした。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もっとみすぼらしい界隈かいわいで、家々はもっと陰気くさく、小路は雪解けの上をゆっくりと漂っている汚物でいっぱいだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
もう少し小さい家はないかと訊き合せたが、隨分と探したけれど、町内ならとにかく郊外に當つてゐるこの界隈かいわいには今のところ此處だけだといふ。
樹木とその葉:04 木槿の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
井伏さんは、所謂「早稲田わせだ界隈かいわい」をきらいだと言っていらしたのを、私は聞いている。あのにおいから脱けなければダメだ、とも言っていらした。
『井伏鱒二選集』後記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
下等民も御多聞にれずといってちゃんはなし兎の皮を用いたので、ロンドン界隈かいわいは夥しく兎畜養場が立ったという(サウシ『随得手録コンモンプレース・ブック』一および二)
女は芳野と云うその界隈かいわいでの物持の後家であった。あの印形屋の看板と同じように、べての謎は解かれて了った。私はそれきりその女を捨てた。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ラスコーリニコフはあてなしに町へ出る時には、どこよりも一番この界隈かいわいと、付近一帯の横町をさ迷うのが好きだった。
早い話が、近所界隈かいわいを御覧、銀座の角屋敷かどやしきは何処も一代で潰れるという評判だけれど、何も角屋敷に限った話じゃない。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
寝る場所も、あの町ではあの宿、この湾ではこの旅籠と決っていた。その界隈かいわいを商い歩く間、宿屋は彼のうちであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
(流れ屑が自然ひとりでに沈む淵があったり、化け物屋敷があったりして、この界隈かいわいは物騒だよ)と、私はつぶやいたことでした。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「どこって日本堤にほんづつみ界隈かいわいさ。吉原へも這入はいって見た。なかなかさかんな所だ。あの鉄の門をた事があるかい。ないだろう」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
界隈かいわい数カ村の青年たちを会員とするこの自由大学は第一回をこの春友部で開き、伊豆公夫、平貞蔵、小林高四郎、中村浩、山田武の諸氏が講師だった。
加波山 (新字新仮名) / 服部之総(著)
「若旦那、駄目で御座ります。この界隈かいわいには無事なうちは一軒もありゃしません。みんなですきでもくわでも持って来てやって見るほかはありゃあしない。」
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
だが、また、佃島つくだじまから、渡舟わたしでわたって来た盆踊りは、この界隈かいわいの名物で、異境にある外国人とつくにじんたちを悦ばせもした。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
番甲 此邊このあたりだらけぢゃ。墓場はかば界隈かいわいさがさっしゃい。さゝ、つけ次第しだいに、かまうたことはい、引立ひきたてめさ。
が、富は界隈かいわいに並ぶ者なく、妻は若くして美くしく、財福艶福が一時に集まったが、半世の奮闘のつかれは功成り意満つると共に俄に健康の衰えを来した。