山間やまあい)” の例文
鹿の湯というのは海の口村の出はずれにある一軒家、樵夫きこりの為に村醪じざけも暖めれば、百姓の為に干魚ひうおあぶるという、山間やまあいの温泉宿です。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
関興、張苞のふたりは、この山間やまあいに黄忠が追い込まれているのをようやく知って、それを救うべくこれへ急襲して来たのである。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湯治に来たとはいうものの、実はその人を隠さんがために、はるばるこの白骨の山間やまあいまで来たというような結果になっている。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
其穴それ巌窟いわやの少し東の山間やまあいにあるので、即ち尸棄仏陀シキぶっだの塔の横に在る家の中に在るのですが、この穴は十二年に一遍ずつしか開けられない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
夜中よなかごろ、汽車きしゃ山間やまあいにかかりました。やまにはゆきがつもっていました。きゅう寒気かんきがくわわって、わすれていた傷口きずぐちがずきずきといたしました。
村へ帰った傷兵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
とりかざる山間やまあいの物静かなるが中なれば、その声谿に応え雲に響きて岩にも侵み入らんばかりなりしが、この音の知らせにそれと心得てなるべし
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
西は西山、東は上野山、南は向山むこうやま、北は藤木山ふじきやまという山で囲まれている山間やまあいの村で、総名そうみょう本沢ほんざわと申して、藤木川、千歳川ちとせがわなどいう川が通っております。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
手に薙刀を持ちなされたまま……母御前かならず強く歎きなされな……獣に追われて殺されつろう、はぎのあたりを噛み切られて北の山間やまあいに斃れておじゃッた
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
火の手は、七条ななすじにも上がりまして、ぱちぱちぱんぱんと燃える音が手に取るように聞こえます。……あれは山間やまあいの滝か、いや、ぽんぷの水の走るのだと申すくらい。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
冷たい山間やまあいの空気と、その山を神秘的に黒くぼかす夜の色と、その夜の色の中に自分の存在をみ尽された津田とが一度に重なり合った時、彼は思わず恐れた。ぞっとした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その南北にわたっている長い光りの筋が、北の端で急に広がって見えるのは、凡河内おおしこうちむらのあたりであろう。其へ、山間やまあいを出たばかりの堅塩かたしお川—大和川—が落ちあって居るのだ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ついでにその山間やまあいから陶土はもちろん、その他顔料土の材料を探査し、ようやくにしてその陶土を発見して鎌倉の星岡窯に持ち帰った直後のこと、時々星岡窯に来話する翁が雇傭の瀬戸工人某なる者
山間やまあいの霧の小村に人と成る
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
そこまで行くと、水戸浪士の進んで来た清内路せいないじも近い。清内路の関所と言えば、飯田藩から番士を出張させてある山間やまあいの関門である。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「では、そちが召捕ってくる猶予として一ときほど待ってつかわそう。ウム、あの七刻ななつ下りの陽が、あなたの奥甲賀の山間やまあいに落ちるまでだぞ」
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどもその辺は余程広い山間やまあいの原野で二里半ばかり参りますと今度は平地を降ることになってずんずん半里ばかり降った。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
非常に大きな赤松の林、ここから見ると山間やまあいが海の如く、前岸の村々の燈火ともしびが夜霧にかすんで、夢のような趣でありました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わびしい山間やまあいの村で、弁当を使った時、雨をしのいで、の子の縁に立掛けた板戸に、(この家の裏で鳴いたり時鳥ほととぎす。……)と旅人の楽書らくがきがあるのを見て、つい矢立を取って
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この広い家に年のいかないもの二人きりであるが、そこは巡査おまわりさんも月に何度かしか回って来ないほどの山間やまあい片田舎かたいなかだけに長閑のんきなもので、二人は何の気も無く遊んでいるのである。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もうほどなく、馬車ばしゃるというので、待合室まちあいしつにいた人々ひとびとが、はこなかへはいりかけました。なかにはおおきな荷物にもつをかかえたおとこがいました。たぶん山間やまあい農家のうかへあきないにいくのでしょう。
しらかばの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と相撲取が一生懸命に呶鳴る声だから木霊こだま致してピーンと山間やまあいに響きました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
最も古い交通路として知られた木曾の御坂みさかは今では恵那山につづく深い山間やまあいの方にうずもれているが、それにちなんでこの神坂村の名がある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだ七刻ななつを過ぎたころ、黄昏たそがれには間のある時刻だが、剣山の高所、陽は遠く山間やまあいに蔭って、さかしまにす日光がいただきにのみカッとあかく、谷、かい
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵馬は十津川から追いかけて来る間、山中のそまに聞くとこんなことを言いました——ある夜、一人の武士が、この山間やまあいの水の流れでしきりに眼を洗っていた。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その雪の山辺やまべのテントのある横に大変低い山間やまあいがあってその山が西北の方に向って走って居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
不思議にも文治が命の助かります次第はのちのお話といたしまして、さて此方こなたは二居ヶ峰のふもと、こんもり樹茅きかやの茂れる山間やまあいには珍らしき立派な離家はなれやがあります。多分猟人かりゅうどうちの親方でございましょう。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
橋の途中からも、向うへ渡ってからも、お通のすがたを、何度も不遠慮にかえって、すたすたと山間やまあいに隠れて行った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
警固の人数が引き退いたあとと見えて、兵糧雑具等が山間やまあいに打ち捨ててある。浪士らは木をり倒し、その上に蒲団ふとん衣類を敷き重ねて人馬を渡した。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「いいえ、騒がしいことは少しもございません、いつもの通り、ほんとに静かな山間やまあいでございます、静かになればなるほど、夜の景色が何とも言われません」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかも身に一矢一石をうけもせず、遂に、さしもの曠野をよぎり抜けて、まずはほっと、山間やまあいの小道までたどりついた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの英人の殺傷事件を想像しながら、木曾の尾垂おたるの沢深い山間やまあいを歩いて行くのは薄気味悪くもあるほど、まだそのうわさは半蔵らの記憶になまなましい。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これから少し西へ出るとゆずがいいな。この土地は、山間やまあいの石のある地味が、柚というものにかなっているらしい。これから二三里下ると、柿にいいところがある。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
信長は、森、佐々さっさ、前田などの旗本に、わずか三百の手勢をつれたのみで、道もない山間やまあい渓谷けいこくを伝い、熊川から朽木谷方面へ、夜どおし逃げた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間もなく半蔵らは街道を離れて、山間やまあいに深い林をつくる谷に分け入った。ひのきけやきにまじる雑木も芽吹きの時で、さわやかな緑が行く先によみがえっていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この村も御多分にれないが、何せ山間やまあいの、世間の波風とは全く隔絶せられた地境だけに、僅かのことにも動揺する、どうかあなた方も、素通りをなさる分にはよろしいが
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこはわびしい稲田と松並木の南にあった。扇ヶ谷おうぎがやつ泉ヶ谷いずみがやつなどと呼ぶ山間やまあいの湿地と同じだった。頼朝は甚だ自分の想像と違っていたらしい面持おももち
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わずかに美濃境みのざかい恵那山えなさんの方に、その高い山間やまあい谿谷けいこくに残った雪が矢の根の形に白く望まれるころである。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
旅の苦労をめて足が慣らされていますから、この多摩川沿いの山間やまあいや、沢伝いのかくし道を平気で歩いて、思いがけないところで出逢でっくわす人を驚かすこともあり、この辺は古来
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「これより西の山間やまあいには、まだ他に、はぐれた味方がおったであろうか。——長追いして、帰らぬ味方を見なかったか」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時には「尾州藩御用」とした戦地行きの荷物が駄馬だばの背に積まれて、深い山間やまあい谿たにに響き渡るような鈴音と共に、それが幾頭となく半蔵らの帰って行く道に続いた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
高原ともいいにくい山間やまあいの迫ったところに、おのずから小規模のハイランドを形づくっているだけに、そこではまた何ともいえない荒涼たる月の光を見ることがあるのであります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
両軍ともに、山間やまあいの広き場所に出でて、それぞれ陣を張り、黄忠と夏侯淵はみずから馬にまたがって出合い
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて組頭くみがしら庄助しょうすけをはじめ、五人組の重立ったものがそれぞれ手分けをして、来たる十三日のことを触れるために近い谷の方へも、山間やまあいに部落のある方へも飛んで行った。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山間やまあいへ来て、枯木を集め、松明の火をうつして焚火をはじめ
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そち達は、山間やまあいに潜み、敵来らば防ぎ、逃げつづいて来る味方を容れ、その後、頃を測って引揚げよ」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木から落ちる山蛭やまびるに、往来ゆききの人に取りつくぶよに、つよい風に鳴る熊笹くまざさに、旅するものの行き悩むのもあの山間やまあいであるが、音に聞こえた高山路はそれ以上の険しさと知られている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山間やまあい小径こみちを伝うて下ります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
道は山間やまあいへ。また、低い峠を越えて、いよいよ国境線へ近づくと共に、地形は複雑になって来た。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道路の位置も幾たびか改まったもので、古道はいつのまにか深い山間やまあいうずもれた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
奥甲賀の山間やまあいに陽がおちるまでと約束した、与力中西弥惣兵衛やそべえと、その手の捕方とりかたの影であった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)