山毛欅ぶな)” の例文
青々と葉を繁らせている山毛欅ぶなの大木の幹にもたれて蒼空を眺めながら、何考えるともなく取り留めもない物思いにふけっていたのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ここは和田と大門峠の境で、山毛欅ぶなが多いままぶな谷と呼ばれている。沢を登りつめた所に、一叢ひとむらの山毛欅につつまれた家があった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは昨日見た悪沢わるさわ岳だ。更に上り上って、終に一里あまりも来て、大きな山毛欅ぶなを前景に、三、四時間ばかり一生懸命に写生をした。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
その周囲には春楡はるにれ山毛欅ぶななどの巨大な樹木が自然のままにり残されていて、ひと棟の白壁の建物が樹木の間に見え隠れていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼は陸のほうへ向かって、草原道の淋しいなかを通って行ったが、まもなく、その一帯に小高く突き出ている山毛欅ぶなの森が彼を迎えた。
時々山毛欅ぶなの杜が行く手を脅かすくらいなもので、あの清冽な谷川も、ここではすぐ目の下に、あたりまへの川の低さになつてしまつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
そして沢を隔てて、こんもり茂った山毛欅ぶなの大樹が、深かぶかと生い埋める餓鬼山の眺めは、この道の最も豊かに清らかな景物であろう。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
わが研究室に於ける本日の実験においては、出力エネルギーをもって、構内こうないの一隅にある巨大なる山毛欅ぶなを倒そうと計画している。
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
胡桃くるみ澤胡桃さはくるみなどゝいふは、山毛欅ぶななぞとおなじやうに、ふかはやしなかにはえないで、村里むらさとつたはうえてです。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼の不安は、山毛欅ぶなへ、かしわへ、マロニエへと移って行き、やがて、庭じゅうの樹という樹が、互いに、手まね身ぶりでささやき合う。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
從つてその持つた森林帶には、扁柏、つが山毛欅ぶななどが一面に密生して、深山でなければ見ることの出來ない原始的のカラアに富んでゐる。
日光 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
屋敷の左手に大きな山毛欅ぶなの木が幾株かある。四時頃になると、もの淋しい鴉の群はそこへ来てとまり、かしましく啼きたてる。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
これは楢でこれが山毛欅ぶなだと平常から見知っている筈の樹木を指されても到底信ずる事の出来ぬほど、形の変った巨大な老木ばかりであった。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
お杉は宙を歩むように、かたえの小高い岩角へするすると登った。天をしの山毛欅ぶなの梢のひまから、わずかに洩るる空の色を仰いで
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
褐色の池のぴたぴたとを立てる処、蔦の葉の山毛欅ぶなの幹にまとわる処、その空寂の裡に彼は能く神々をらつきたった。
まあ、なんと云ふ声でせう。いかにも打ち明けたやうな、子供らしい、無邪気な、まあ、五月頃の山毛欅ぶなの木の緑の中で、鳥が歌ふやうな声なのですね。
(新字旧仮名) / グスターフ・ウィード(著)
それは今ではすっかり朽ちはてて、ほとんど山毛欅ぶなやうっそうとしたもみの木のなかに埋もれてしまっている。
十一時十分にヒルバを出発して山毛欅ぶなの大闊葉樹林の中に通じている、岩魚釣りの通路を辿たどって行くことになる、県の事業として椎茸しいたけを培養している所がある
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
石も多いがしかしそれに生え越して瑞々みずみずと茂った、赤松、もみ山毛欅ぶなの林間を抜けて峯と峯との間の鞍部に出られた。そこはのびのびとしていて展望も利いた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その夏、路易はずつと年上の或る詩人に連れられて、黒々とした山毛欅ぶなに縁どられた或る湖畔へ行つた。
(旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
対岸には大きな山毛欅ぶなもみが、うす暗く森々しんしんと聳えてゐた。稀に熊笹がまばらになると、雁皮がんぴらしい花が赤く咲いた、湿気の多い草の間に、放牧の牛馬の足跡が見えた。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こんな風に二人は、この山毛欅ぶなに囲まれた片田舎で、これまでにない、面白い一春を過した。春というものの華やかさと楽しさとは、二人に迎合して遊ばせてくれた。
其森の奧に、太い、太い、一本の山毛欅ぶなの木があつて、其周匝まはりには粗末な木柵が𢌞らしてあつた。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
一昨夜の暴風雨あらしで吹き倒されたらしい山毛欅ぶなの幹へ、腰をおろしているものは、南条つとむであります。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかも、この津軽半島の脊梁をなす梵珠山脈は、扁柏ばかりでなく、杉、山毛欅ぶな、楢、桂、橡、カラ松などの木材も産し、また、山菜の豊富を以て知られてゐるのである。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
某日ぼうじつ、太陽が湖心の眞上を過ぎてから西岸の山毛欅ぶなの大樹の梢にかかる迄の間に、三度以上雷鳴が轟いたなら、シャクは、翌日、祖先傳來のしきたりに從つて處分されるであらう。
狐憑 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
「向うに山毛欅ぶなの樹が見えましょう。あの樹の下の天幕がキストル老人の一家族じゃ」
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白樺や山毛欅ぶな唐松からまつの梢吹く凉しい風に松蘿さるをがせの搖ぐ下に立つことが出來るかと思ふと、昭和の御世みよが齎らしてゐる文明が今のわれ等を祝福してゐてくれると誰も感ぜずには居られまい。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「いゝなあ、この山毛欅ぶなぽんが、こゝでみづうみさゝへるはしらだ。」そこへ画架ぐわかてた——そのとき、このたふげみちびいて、羽織袴はおりはかまで、さかかると股立もゝだちつた観湖楼くわんころう和井内わゐないホテルの御主人ごしゆじん
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さうして其の木理のは他の木、樫でも、山毛欅ぶなでも、栗でもみんな同じですか?
いへる時山毛欅ぶなのうつろに、潛み居し小兔いはく、誇らひて汝はあれども、蛸とるとありける時、鱶の來て臀くひければ、室の樹の枝に縋りて、七日まで泣きてありしゆ、汝が族臀は赤く
長塚節歌集:2 中 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一たび淨土を去りたるものゝ不幸は、嘗て淨土を見ざりしものゝ不幸より甚し。我故郷なる璉馬デンマルクは美ならざるに非ず。山毛欅ぶなの林の鬱として空を限るあり。東海の水のひろくして天につらなるあり。
この附近の林中に戸隠升麻とがくししょうまを産する、淡紫色の花はさして綺麗というでもないが、産地が少ないので珍重されている。中山沢を渡り、巨大な山毛欅ぶな林の中を登って行くと、路傍に猿倉の小屋がある。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
筑波嶺つくばねのいただきさやにうちひびく山毛欅ぶなの林の青がへるのこゑ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
山毛欅ぶなのかげ 枯草に彼は臥てゐる 雲を見てゐる
閒花集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
こなた英武のヘクトール、*西大門と山毛欅ぶなの木に
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
ならひのき山毛欅ぶなかしけやきの類
青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
山毛欅ぶな瑞枝みづえ下蔭したかげ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
もし、二十一日の間に、風雨ふううにあって、山毛欅ぶなの枝がおれたらどうだろう。かれのからだをささえているなわがすり切れたらどうなるだろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは楢でこれが山毛欅ぶなだと平常から見知つてゐる筈の樹木を指されても到底信ずることの出來ぬほど、形の變つた巨大な老木ばかりであつた。
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
へりに、ごつごつした中老の山毛欅ぶなの樹が立並んでいる国道のほうは、半分だけ鋪石が敷いてあって、半分は敷いてない。
橄欖寺の裏手から墓地を抜けると、杉並木の嶮しい間道がものの四五丁もして、やがて鬱蒼と山毛欅ぶなの林に囲まれた金比羅大明神へ続くのであつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
庭の彼方の糸杉と山毛欅ぶな桃金花てんにんかとの森の彼方に隠れて、あたりには夕暗が縹渺ひょうびょうと垂れ込めて、壁に設けられた燭台の上には灯が煙々と輝きめていたが
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
先に立ったる一人が松明をかざして驚き叫ぶと、の人々も慌てて駈け寄った。見ると、山毛欅ぶなの大樹の根を枕にして、一人の男が赤裸で雨の中に倒れていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
麓の方はかしの林であり、中腹へかかるとそれがもみの林に代る。頂に近いところは山毛欅ぶなとなった。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
黒々とした山毛欅ぶなに取圍まれたホテルで、路易は再び實業家の夫人とそのお孃さんに會つた。
(旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
中の茶屋から見た谷は頗る好い、やがて不動坂を上り盡すと、大平のさびしい林が來る。山毛欅ぶなはんや白樺の幹の林立してゐるさまも見事である。つゞいて華嚴の休茶屋が來る。
日光 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
かもは列をつくって空高く飛びはじめ、栗鼠りすの鳴く声が山毛欅ぶな胡桃くるみの林から聞えてくるし、うずらの笛を吹くようなさびしい声もときおり近くの麦の刈株の残った畑から聞えてきた。
「あれは山毛欅ぶなじゃないかな? 山毛欅かにれでしょう。楓ならもっとあかくなるから」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
某日ぼうじつ、太陽が湖心の真上を過ぎてから西岸の山毛欅ぶなの大樹のこずえにかかるまでの間に、三度以上雷鳴が轟いたなら、シャクは、翌日、祖先伝来のしきたりに従って処分されるであろう。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)