好事家こうずか)” の例文
右は事実か、あるいは好事家こうずかの作りたる奇話か、これを知るべからずといえども、林家に文権の帰したる事情は、推察するに足るべし。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
たまに、万に一の地図の誤りを指摘して小言をいう好事家こうずかがあるにしても陸地測量部地形図の信用は小ゆるぎもしないであろう。
地図をながめて (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「瓦っかけと言ってしまえばそれまでだが、あれで好事家こうずかの手にわたると、相当珍重ちんちょうの品なのだ、それにあの箱が珍しいと思いましたよ」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
当時の丹絵漆絵紅絵を蒐集しゅうしゅうしこれら古代俳優の舞台姿をば衣裳いしょう紋所もんどころによりて考証穿鑿せんさくするはわれ好事家こうずかに取りて今なほ無上の娯楽たり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
試にある好事家こうずかの望に因りて、両座の楼門をくらべ評せんに、大薩摩やら大道具やら衣裳やら、勿論もちろん銭目かねめだけの事はありて、明治座を勝とす。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
まことに世をすねた好事家こうずかが、ひそかに暇潰ひまつぶしにこしらえたとも呼びたい、それはなんの意義をも持たぬかに見える全くの袋小路であった。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
俗間の好事家こうずかは、それを居間などに置いて唯ポコポコと打って喜んだり、あるいは人を呼ぶ時の呼鈴よびりんの代りにしたりしておる。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
これらの引札類は今も好事家こうずか筐底きょうていに蔵されているが、当時も、藍泉、得知、篁村及び左文の諸老などは珍品を集めていた。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
その美貌びぼうとかの方へかれがちなため、彼女の魂の美しさを物語る遺文がともすれば、好事家こうずか賞玩しょうがんにのみゆだねられてゐることではあるまいか。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
自分の友人に一人の好事家こうずかがあって、こういう記念になるような紙切れを蒐集しゅうしゅうして、張り交ぜの小屏風こびょうぶを作ろうとして。
「百唇の譜」はその後好事家こうずかの手に転々して、いろいろの物語を生みましたが、安政年間の根岸に起ったこの物語が一番確かな筋から出たものです。
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「昔しさる好事家こうずかがヴィーナスの銅像を掘り出して、が庭のながめにと橄欖かんらんの濃く吹くあたりにえたそうです」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのがらんとした図書室を横切って、突当りの明りが差している扉を開くと、そこは、好事家こうずか垂涎すいぜんの思いをさせている、降矢木の書庫になっていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
みょうが屋の商牌は今でも残っていて好事家こうずか間に珍重されてるから、享保頃には相応に流行はやっていたものであろう。
なお個人作家としては仁清にんせい乾山けんざん木米もくべい等もっとも崇敬の的となり、好事家こうずか識者の間に重きをなしております。
近作鉢の会に一言 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
重い財布をひっぱり出して、拳闘の試合や、競馬や、闘鶏に金をふんだんにまきちらし、「好事家こうずか連中」のなかで威張りかえっているのが好きなのである。
「専斎殿の鑑定めききによれは、捨て売りにしても五十両。好事家こうずかなどに譲るとすれば百両の値打ちはあるそうだ」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし、ほしいとおもったものは、無理むりをしてもにいれなければ、のすまないのが、こうした好事家こうずかつねであります。おとこは、それをもとめて、うちかえりました。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
少禄しょうろくの者ではまず手中しがたい! しがたいとするなら、いうまでもなく高禄の者が、それもよほどの数寄者すきしゃ好事家こうずかが、買うか、たせたかに相違ないのです。
その時分、好事家こうずかの間から、ようやく一般的に流行しかけて来た、東流あずまりゅう二絃琴にげんきんのお師匠さんだったからだ。
日本酒を好むやうな好事家こうずかもいくらかは出来ぬ事はあるまいが、日本の清酒が何百万円といふほど輸出せられて、それがために酒の値と米の値とが非常に騰貴して
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
またその蒐集しゅうしゅう穿鑿せんさくは近頃ぼつぼつ古いガラス絵や阿蘭陀オランダ伝来のビードロ絵を集める事もようやく流行して来たようでありますからその道の好事家こうずかにお願して置く事として
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
數「いや其様そんなに、大層に云わんでもい、土地の外聞なんて、亭主は余程好事家こうずかのようだな」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
泰造の蒐集のなかでは、参考品としての価値以上に好事家こうずかの間に評価されていた品々だった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
生花いけばな師匠の素人弟子、紹介者は、凡て誠しやかな甘言を以て、世の好事家こうずかを誘い込むのであるが、上べはどんなにとりすましても、多くはあばずれの職業婦人に過ぎないのだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、どうして持ち出されたのか、その碁盤だけは無事に残っていて、それからそれへと好事家こうずかの手に渡ったのちに、深川六間堀の柘榴伊勢屋という質屋のくらに納まっていました。
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただ経史子集は世の重要視する所であるから、『経籍訪古志』は一の徐承祖じょしょうそを得て公刊せられ、「古武鑑」や古江戸図は、わたくしどもの如き微力な好事家こうずかたまたま一顧するに過ぎないから
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さて、右の「安積源太夫聞書」と云う一書こそ此の物語の根幹を成すのであるが、正直のところ、私は此の書が果して信ずるに足るものであるか、或は後世好事家こうずかの偽作であるかをつまびらかにしない。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一臂いっぴの力を添えられんことを求めしかば、くだんの滑稽翁かねたり好事家こうずか、手足を舞わして奇絶妙と称し、両膚りょうはだ脱ぎて向う鉢巻、用意はきぞやらかせと、ひとしく人形室の前に至れば、美婦人正に刑柱にあり
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これも従来はほとんど骨董的こっとうてき題目だいもくとして閑却され、たまたまこれを研究する好事家こうずかは多くの学者の嘲笑ちょうしょうを買ったくらいである。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
歌麿伝は千八百九十一年(明治二十四年)にづ。当時英仏の好事家こうずか中浮世絵を愛玩するものようやく多く、これに関する著述の出版またすくなからざりき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この時の記録は幕府の直轄地内のものだけが、代官某の報告によって、江戸の市中の好事家こうずかの間にまで流伝るでんして、幾つもの随筆類に掲げられている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうして好事家こうずかの間にはこれを是非劇化したい、俳優は誰れがいい、吉右衛門でなければいけぬとか、菊五郎がいいとかいうような噂が絶えず聞かれていた、併し
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)
椿岳の画を愛好する少数好事家こうずかですらが丁度朝顔や万年青おもとの変り種を珍らしがると同じ心持で芸術のハイブリッドとしての椿岳の奇の半面を鑑賞したに過ぎなかったのだ。
しかしもちろん多くの画家やまた好事家こうずかの間では、慾の深い伝説は別として信輔筆の六歌仙は名作として評判され、手を尽くして探されもしたがついに所在は解らなかった。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、それは敬太郎には興味もなければ、解りもしない好事家こうずかうれしがる知識に過ぎなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほんの好事家こうずかたちの、通な蒐集の目的たるに過ぎなかったものである。
ところがね、日本の内地ではただそれを不思議がるのみのことで、いっこう突込んだ調査をした者がなかったのだが、偶然四人の出生地から身分まで調べ上げた好事家こうずかを、僕は合衆国で発見したのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
とにかくこの辺無双の奇勝として好事家こうずかの杖をく者少からず。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そういうわけであるから現代の読者にはあまりに平凡な尋常茶飯事じんじょうさはんじでも、半世紀後の好事家こうずかには意外な掘り出し物の種を蔵しているかもしれない。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
されど小説にかきつづりて世に伝へんとする好事家こうずかもなかりしかば化けて出る噂もほどなく消えてしまひけり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
是を放恣ほうし自由な交際の公認せられたる機会であったかのごとく、一部の好事家こうずかは推断しようとしているが、そんな形ではこのふうは永く続くことができない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
右等の碑文が、さほど好事家こうずかの間に珍重がられているという理由は知らないが、いずれ俳諧師かなんぞの風流人が、石摺いしずりを取っているのだろうと見当をつけました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二月の初旬に偶然うま伝手つてができて、老人はこのふくを去る好事家こうずかに売った。老人はただち谷中やなかへ行って、亡妻のために立派な石碑をあつらえた。そうしてその余りを郵便貯金にした。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少くも貧乏な好事家こうずか珍重ちんちょうされるだけで、精々せいぜい黄表紙きびょうし並に扱われる位なもんだろう。
天草あまくさで習ったオランダ風のかざりを応用して、精巧な鈴を作ることを工夫し、芳村道斎どうさいと名乗って江戸中の好事家こうずかの人気を集めましたが、名人業であまりお宝にはならず、年中貧乏を看板に、女房一人
好事家こうずかで名高いお前のことだ。探し出したらはなすまいよ」
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
俳諧師には其角堂永機、小説家には饗庭篁村あえばこうそん、幸田露伴、好事家こうずかには淡島寒月あわしまかんげつがある。皆一時の名士である。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
主人が好事家こうずかで、っての上のもてなしだろうとも感じましたが、それにしても、凝り方が少し厳しいとまでは思いましたけれども、伊太夫としては、それにうなされたり
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今のうちにこれらの滅び行く物売りの声を音譜にとるなり蓄音機のレコードにとるなりなんらかの方法で記録し保存しておいて百年後の民俗学者や好事家こうずかに聞かせてやるのは
物売りの声 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)