塵塚ちりづか)” の例文
そうしてみがけば輝くべき天下の美玉が塵塚ちりづかに埋められるのである。これも人間的自然現象の一つでどうにもならないかもしれない。
時事雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あはれ果敢はかなき塵塚ちりづかうちに運命を持てりとも、きたなきよごれはかふむらじと思へる身の、なほ何所いづこにか悪魔のひそみて、あやなき物をも思はするよ。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
手足の動かぬを何にかせむ、歌妓うたひめにも売れざるを、塵塚ちりづかに棄つべきが、目ざましき大金おおがねになるぞとて、北叟笑ほくそえみしたりしのみ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
永禄二年公家藤原某作てふ『塵塚ちりづか物語』巻三に卜部兼倶うらべかねとも説として、大黒というはもと大国主おおくにぬしみことなり、大己貴おおなむちと連族にて昔天下を経営したもう神なり。
昔日は大いに酌量しゃくりょうすべき事情あるも、今日なおその方角に向かって、家屋はもちろん、便所を設け塵塚ちりづかを置くことを固く禁じているは、笑うべきの至りである。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
塵塚ちりづか物語」は、史書でもなければ風俗書でもない。もちろん嘘談は知れきっているが、しかしこのうちにも、いかに当時の女子が物品視されているかがうかがわれる。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とある書窓の奥にはまた、あわれ今後の半生をかけて、一大哲理の研究に身を投じ尽さんものと、世故の煩をって塵塚ちりづかのただ中へ投げ捨てたる人あり。その人は誰なるらん。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
自分の大く睜つた目は今、数秒の前千古の英傑の立ち止つたと思ふた其同じ処に、悄然として塵塚ちりづかの痩犬の如き一人物の立つて居るのを見つめて居るのだ。実に天下の奇蹟である。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
狭い庭の隅に、去年の落ち葉をあつめて小さな塵塚ちりづかができている。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
塵塚ちりづかに菜の花咲ける弥生やよいかな
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
科学者のに限らず、一般に随筆と称するものは従来文学の世界の片すみの塵塚ちりづかのかたわらにかすかな存在を認められていたようである。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いかに、あのていでは、蝶よりも蠅がたかろう……さしすてのおいらん草など塵塚ちりづかへ運ぶ途中に似た、いろいろな湯具蹴出けだし。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
をとこ塵塚ちりづかさがす黒斑くろぶちの、ありてようなきものともゆべし、此界隈このかいわいわかしゆばるゝ町並まちなみ息子むすこ生意氣なまいきざかりの十七八より五にんぐみにんぐみこししやく八の伊達だてはなけれど
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かかる妄説がシナより日本に伝わり、上下一般にその方位を忌み、かつ恐るるようになり、建築、移転のみならず、その方角に向かって便所を設け塵塚ちりづかを置くことまで固く禁ぜられておる。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
塵塚ちりづか物語』は、天文二十一年作という、その内にいわく
中でもひどいのは「塵塚ちりづか物語」という本である。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
向日葵ひまわりの苗を、試みにいろんな所に植えてみた。日当たりのいい塵塚ちりづかのそばに植えたのは、六尺以上に伸びて、みごとな盆大の花をたくさんに着けた。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
眞黒まつくろだつてやぶれてたつて、煤拂すゝはらひ大掃除おほさうぢにはかまふものか、これもみぐるしからぬもの、塵塚ちりづかちりである。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たけなるかみをうしろにむすびて、ふりたるきぬになえたるおびやつれたりとも美貌びばうとはにもゆるすべし、あはれ果敢はかなき塵塚ちりづかなか運命うんめいてりとも、きたなよごれはかうむらじとおもへる
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そうした田舎いなか塵塚ちりづかに朽ちかかっている祖先の遺物の中から新しい生命の種子を拾い出す事が、為政者や思想家の当面の仕事ではあるまいかという気もする。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
道の向うさがりに大きな塵塚ちりづかに対しつつ、口をへの字なりに結んで泰然として、胡坐あぐらで細工盤に向っていた。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あけくれのうはさにも御出世といふは女に限りて、男は塵塚ちりづかさがす黒斑くろぶちの尾の、ありて用なき物とも見ゆべし、この界隈かいわいに若いしゆと呼ばるる町並の息子、生意気ざかりの十七八より五人組七人組
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
簡単な言葉と理屈で手早くだれにもわかるように説明のできる事ばかりが、文明の陳列棚ちんれつだなの上に美々しく並べられた。そうでないものは塵塚ちりづかに捨てられ、存在をさえ否定された。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日暮れて式場なるは申すまでもなく、十万の家軒ごとに、おなじ生首提灯の、しかもたけ三尺ばかりなるを揃うて一斉いっせいひともし候へば、市内の隈々くまぐま塵塚ちりづかの片隅までも、真蒼まっさおき昼とあひなり候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
れもあま輕卒けいそつこと人形にんげうひなではし、ひと一人ひとり翫弄物もてあそびにするわけにはくまじ、出來できそこねたとて塵塚ちりづかすみてられぬ、いゑいしづゑもらふのなれば、いまをう聞定きゝさだめもし、取調とりしらべてもうへこと
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
首を出してみまわすと、がさともせぬ裏の塵塚ちりづか、そこへ潜ってげたのでもない。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
楽屋なる居室いまの小窓と、垣一重ひとえ隔てたる、広岡の庭の隅、塵塚ちりづかかたわらよこたわりて、たけ三尺余、周囲まわりおよそ二尺は有らむ、朽目くちめ赤く欠け欠けて、黒ずめる材木の、その本末もとすえには、小さき白きこけ
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ずたずたになれるむしろの上に、襤褸切ぼろきれ藁屑わらくずわん、皿、鉢、口無き土瓶、ふた無きなべ、足の無きぜん、手の無き十能、一切の道具什物じゅうもつは皆塵塚ちりづかの産物なるが、点々散乱してその怪異いうべからず。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)