否応いやおう)” の例文
旧字:否應
否応いやおういわさずに彼を寺中へ引き入れて、西廊の薄暗い一室へ連れ込むと、そこには麗卿が待ち受けていて、これも男の無情を責めた。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
彼はその渇望に、幼年時代からすでにさいなまれていて、他人にもそれを求め、否応いやおうなしにそれを他人へも押しつけようとしていた。
口をそろえて、長屋の者、遠い旅立ちのかどでも見送るように、涙にくれるお綱をうながして、手を取らんばかり、否応いやおうなく外へ出る……。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
続きに続いた親しいものの死から散々におびやかされた彼はたしてもその光景によって否応いやおうなしに見せつけられたと思うものがあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
恐らく二人に手を引いてもらいたいと直接に否応いやおうなしに承諾させるつもりであろうと、かれらは、不気味な憂慮を感じ入っていた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「ハハハ遠慮か。まあ来たまえ」と青年は否応いやおうなしに高柳君を公園の真中の西洋料理屋へ引っ張り込んで、眺望ちょうぼうのいい二階へ陣を取る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
容姿といい才能といい、これ程の女性ならば主上のお悩みも晴れるであろうと相談した結果、小督は否応いやおうなしに内裏に上ることになった。
否応いやおういわさずに彼を寺中へ引き入れて、西廊の薄暗い一室へ連れ込むと、そこには麗卿が待ち受けていて、これも男の無情を責めました。
あっても私が否応いやおうなしに引っ張り出しますから、その人の方は大丈夫ですが、蒔岡さんの方はあなたが引きけて下さいますね
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女は否応いやおうなしに私を連れだして汽車に乗せてしまい、その汽車が一時間も走って麦畑のほかに何も見えないようなところへさしかかってから
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
岡は不意に人が現われたので非常に驚いたふうで、顔をそむけてその場を立ち去ろうとするのを、葉子は否応いやおうなしに手を握って引き留めた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
売女ばいた根性の——江戸一番の性悪娘を、この錦太郎に押し付け、否応いやおう言わせぬ祝言をさせようというのは、みんなそのためだ。
そして、何といつても此処が籍元だからといふ理由で、否応いやおうなしになすりつけて行つてしまつた。無論三軒ばかり見せて歩いた結果であつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
憧憬どうけいと歓喜を与えつつ否応いやおうなしに我々をひきよせるのだ。その下に伽藍がらんがあり、諸々もろもろのみ仏がいます。朝夕多くの善男善女が祈願をささげている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
こんな次第わけで河原老人は特別関係だったが、ほかの同僚とも追々懇意になった。殊に英語の同僚は交渉が多いから、否応いやおうない。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だから、私いやだったのに、圭子姉さんたら、否応いやおうなしに私に押しつけるんだもの。ご免なさいね。でも、二階へ上げて、話した方がいいわ。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
屹度きっと殺したろう、殺したといやア黙ってるが云わなけりゃア仏様を本堂へ持って行って詮議方あらいかたするというから、驚いて否応いやおうなしに種をあかした
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ことに亜米利加アメリカ人なんか「手作りハンド・メイド」とさえ聞けば、どんなにけたはずれな高値をも即座に肯定して、随喜の涙とともに否応いやおうなしに買い取って行く。
そうしてお前が、第八回目の手紙を書くようになったときには、お前は否応いやおうなしに、ピポスコラ族に出会であった話を書かなければならないだろう。
「しかし、これからは、否応いやおうなしに、おまえがたは、おれたちのいくところへついてこなければならない。」といいました。
河水の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
袴広太郎とかいう小童こわっぱに、かすめ取られたお前ではないか、もしその筋へ突き出されてみろ。島原の残党キリシタンとして、否応いやおうなしに火あぶりだ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その小犬を取返して、断髪令嬢の破れかけたハートを修繕しなければならぬ責任を、否応いやおうなしに負わされてしまった。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
けれども女の方でも後には、そんな考えでのみこちらの扶助を甘んじて受けていなかったことは、長い間の経緯いきさつ否応いやおうなしに承知しているはずであった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その場から連れて戻って、否応いやおうなしに、だん説付ときつけて、たちまち大店おおだなの手代分。大道稼ぎの猿廻しを、しまもの揃いにきちんと取立てたなんぞはいかがで。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
哀れなる千代さんよ! 千代さんは見知らぬ男に否応いやおうなしにおしつけられた。千代さんは自分で選んだ愛人があった。その愛人のもとに救いを求めに来た。
お祖母さんがさっき言ったそんな言葉が、そのうちに、彼の記憶を否応いやおうなしに遠い過去にねじ向けて行った。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それには渡左衛門尉わたるさえもんのじょうを、——袈裟けさがその愛をてらっていた夫を殺そうと云うくらい、そうしてそれをあの女に否応いやおうなく承諾させるくらい、目的にかなった事はない。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
否応いやおうなく疑いが外の人へ掛ッて行きます、論より証拠には貴方さえも無理に疑いを外の人へ持て行こうとなさッて居るでは有ませんか、く考えて御覧なさい
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
いったんこうと言い出しなすった事は否応いやおうなしにやり遂げるお方だから、とうとうあの通りになったンで。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
一家を挙げて秋の三月みつきを九州から南満洲、朝鮮、山陰、京畿けいきとぶらついた旅行は、近づく運命をかわそうとてののたうち廻りでした。然しさかずき否応いやおうなしに飲まされます。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
途法とほうにくれた蘿月はお豊の帰って来るまで、否応いやおうなく留守番にとうちの中に取り残されてしまった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
というにしき御旗みはたが、握りしめていた手からすっぽりと引っこ抜かれ、がっちり両手で握っていたものの正体がじつは透明な空白だったことに否応いやおうなく気づかされたぼくは
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
……ところで、何かの動機はずみでそのからざが切れると、否応いやおうなしに地面の上に隕ちて来る。お前も覚えがあるだろう、えらい勢いで鉢合せをすると、眼から火が出たという。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
矢張り否応いやおうなしに苦しい痛恨こんちりさんを頼りに踏んで来たものにちがひない。たとひそれは皺くちやな、何の反古ほごか知れない程の紙であらうと、あの人はとに角それに堪へたのだ。
最終しまいには取捉とッつかまえて否応いやおうなしに格子戸の内へ入れて置いては出るようにしていたが、然うすると前足で格子を引掻いて、悲しい悲しい血を吐きそうな啼声なきごえを立ててあとを慕い
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
しかしどこにのがれても人々はその忌まわしい制度をもって追いかけて引っつかみ、もしできるならばその者をかれらの乱暴な結社の仲間に否応いやおういわせず加わらせてしまう。
そうしてるうちに、一時脱れていた重い責任が、否応いやおうなしにふたたび私の肩にかかってきた。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
この堂の前に立ってまず否応いやおうなしに感ずるのは、やはり天平建築らしい確かさだと思う。あの簡素な構造をもってして、これほど偉大さを印象する建築は他の時代には見られない。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
で、否応いやおうなしにつかまえられて、岩氏はこの長柄川の人柱にされてしまったのです。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は、かつて長篇の枠どりに幻滅したときから既に、純粋に虚無の人ではなかったであろうか。主義の上のことを言うのではない。彼の内なる否応いやおうない生命の営みのことを指すのである。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
そして帰京すると、ほどなく山崎氏は道具箱をしょって出掛けて来られ、是非弟子にしてもらいたいというので、もはや否応いやおうをいう処でもないからそのまま弟子ということになったのです。
「あなたは、否応いやおうなく、当分の間は、そのなりでいなければなりませんよ。」
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
これを聞くと父親は物凄い顔をして、もしその家に貸金でもある場合は早速、その家の当主を呼び付け家の若ものゝ監督がよくないかどで即刻返金を命じた。命令に対して相手に否応いやおうは言わせなかった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
もう否応いやおうなしに決ったかたちで、ミネは見おくることになった。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
それが私たちに旅行を中止することを否応いやおうなく決心させた。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「よし。否応いやおうなしに返事をさせてやろう」
否応いやおうは言わせません、一つ弾いてごらん
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たいていの事が否応いやおうなしに進行します。万事が腹の底で済んでしまいます。それで上部うわべだけはどこまでも理想通りの人物を標榜ひょうぼう致します。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
意外な親切者に、爺さんはむしろ狼狽ろうばいしていた。強右衛門は否応いやおうを待たず、彼の背から軽桟を取って、自分の逞しい肩にかけた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日常しょっちゅうそれを返さなけりゃ成らない、と責められて、否応いやおうなしに成さるようなことは有りませんか——私はね、それで苦しくってたまりません。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)