匹夫ひっぷ)” の例文
ゆうすなわちとくとくすなわちゆうと考えられていた。かかる時代にはよしや動物性が混じ、匹夫ひっぷゆう以上にのぼらずとも、それがとうとかった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
学者一度ひとたび志を立てては、軒冕けんべんいざなう能わず、鼎鑊ていかくおびやかす能わざるものがなくてはならぬ。匹夫ひっぷもその志は奪うべからず、いわんや法律家をや。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
世間には諷語ふうごと云うがある。諷語は皆表裏ひょうり二面の意義を有している。先生を馬鹿の別号に用い、大将を匹夫ひっぷ渾名あだなに使うのは誰も心得ていよう。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれど、伊那丸も龍太郎も、けっして、匹夫ひっぷゆうにはやる者ではない。どんな場合にも、うろたえないだけの修養はある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は顛倒を辞せざるのみならず、かえって顛倒を一の快楽に加えたり。彼はみずから愛惜せず、彼は匹夫ひっぷの為すべき刺客を以て自から任ぜしことあり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
悪逆無道の人は君主でない。君主は民意を得なくてはならぬ。人心を失えば匹夫ひっぷである。匹夫紂王ちゅうおうを誅するを聞く、未だ君をしいするを聞かずというものである。
平和事業の将来 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
往昔韓愈かんゆ釈教の中華を侵すを慨嘆せしかど遂に能く止むる事能わざりき。幕府切士丹破天連の跡を絶たんとして亦よく断つ事能わざりき。匹夫ひっぷの志もと奪うべからず。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
匹夫ひっぷ、匹婦も強死きょうしすれば、その魂魄、なおよく人に馮依ひょういして、もって淫厲いんれいをなす、いわんや良霄りょうしょうをや
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
一刀ひとかたなとて怨むこともかなわぬとは、神仏にも見離されしか、かくの如き尾羽打ち枯した身の上になり、殊に盲目の哀しさには、口惜くちおしくも匹夫ひっぷ下郎の泥脛どろずねに木履を持って
其御言葉は一応御尤ごもっともには存ずるが、関白も中々世の常ならぬ人、匹夫ひっぷ下郎げろうより起って天下の旗頭となり、徳川殿の弓箭ゆみやけたるだに、これに従い居らるるというものは
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
よく、斉彬公を輔佐ほさし、久光公を援けて、この天下の難儀に赴かんといかん。一家の内に党を立て、一人の修行者風情を、お前ら多数で追っかけるような匹夫ひっぷの業は慎まんといかん
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
こういう大大名おおだいみょうのうしろだてを持っている彼らのかたき討よりも、無名の匹夫ひっぷ匹婦ひっぷのかたき討には幾層倍いくそうばい艱難辛苦かんなんしんくが伴っていることと察しられるが、舞台の小さいものは伝わらない。
かたき討雑感 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
哲人はいった、「三軍もその帥をうばうべし、匹夫ひっぷもそのこころざしをうばうべからず。」
それにまた身のほど知らぬ自惚うぬぼれもあり、人の制止も聞かばこそ、なに大丈夫、大丈夫だと匹夫ひっぷの勇、泳げもせぬのに深潭しんたんに飛び込み、たちまち、あっぷあっぷ、眼もあてられぬ有様であった。
困惑の弁 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それで乗馬の流行は、甚しく識者に軽蔑され、匹夫ひっぷ野人、下素げす下郎、淫売どものやることで、良識ある人士は街を乗馬で走らないことに相場がきまっていたが、お梨江は常識の友だちではない。
いにしえから、匹夫ひっぷも、こころざしは奪うべからず——とか、ほ、ほ、ほ、生意気なことと、お笑いなされましょうが、わたしが、役者が、やめられぬのは、あなたさまが、お武家がおやめになれぬのと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
九仭きゅうじんの功を一簣いっきく。なあ、そのままずらかりゃ怪我あねえのに、凝っては思案に何とやら、与惣公と化込ばけこんで一、二日日和見ひよりみすべえとしゃれたのが破滅の因、のう勘、匹夫ひっぷ浅智慧あさぢえ、はっはっは。
「なぜ参れないというのだ。匹夫ひっぷのくせに口が過ぎるぞ。」
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「だが、われわれは匹夫ひっぷの勇をいましめなければならない」
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けだし聖人せいじん君子くんし高僧こうそう等より見れば、普通にわれわれの賞賛する武勇は猛獣もうじゅうの勇気に類したもので、孟子もうしのいうところの匹夫ひっぷの勇に過ぎぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「逆臣をたすくる匹夫ひっぷ。なんぞ早く降伏を乞わざるか。われは、革新の先鋒たり。時勢はすでに刻々とあらたまるを、汝ら、頑愚がんぐの眼にはまだ見えぬか」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼曰く、「予年二十以後、すなわ匹夫ひっぷも一国につながること有るを知る。三十以後、乃ち天下に繋ること有るを知る。四十以後、乃ち五世界に繋ること有るを知る」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
匹夫ひっぷ下郎げろうという者はおのれの悪い事を余所よそにして、主人をうらみ、むごい分らんとを張ってみずから舌なぞを噛み切り、あるいは首をくゝって死ぬ者があるが、手前は武士のたねだという事だから
御用心なさらねばなりませぬ。匹夫ひっぷ匹婦ひっぷもその所を得ざれば、夏に霜を降らすこともあり、大いにひでりすることもござります。釈門しゃくもんの教えとしては、いっさいの善慈心をもって、いっさいの魔を
わが輩の信ずるところによれば、いわゆる世人の強いと称する匹夫ひっぷ的の勇と、霊的に強い沈勇とのあいだにはだいなる差違がある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
厳顔げんがん匹夫ひっぷ。わが旗を見て、何ぞ城を出てくだらざるや。もし遅きときは、城郭をふみ砕いて、満城を血にせん」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手前は匹夫ひっぷの勇をふるって命をくしても仕方がないが、跡はどうする
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「国賊! 匹夫ひっぷ! おまえ達の滅亡も、決して長い先ではありませぬぞ。——ああ兄の何進かしんが愚かなため、こんな獣どもを都へ呼び入れてしまったのだ」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどもそれは小競合こぜりあいの競争であって小兵こものの戦争であって、匹夫ひっぷあらそいというものである。
今世風の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あわれや山路殿には、武勇にかけては、伊勢随一の聞えもあるが、惜しいかな、匹夫ひっぷゆうとみゆる。——死ぬばかりが勇者なりと心得ておらるるとみゆる」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
匹夫ひっぷ玉殿ぎょくでんに耐えずとか、生来少し無事でいると、身に病が生じていけません。百姓はくわと別れると弱くなるそうですが、こなたにも無事安閑は、身の毒ですから」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもお眼は怒脈どみゃくをひそめ、匹夫ひっぷのごとき怒りと、婦人のような涙とを、一眼のうちにたたえておられる。——夜、手足の爪までこごえるような冷えをお覚えなさらぬか。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あれは沛郡はいぐん匹夫ひっぷに生れ、若くしてくつを売り、むしろを織り、たまたま、乱に乗じては無頼者あぶれものをあつめて無名の旗をかざし、うわべは君子の如く装って内に悪逆をたくら不逞ふていな人物。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身は緑林りょくりんにおき、才は匹夫ひっぷ、押して申しかねますなれど、きょうの日は、てまえにとって、実に、千ざいの一ぐうといいましょうか、盲亀もうき浮木ふぼくというべきか、逸しがたい機会です。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「だまれっ。汝のうしろには、遠く蜀の軍勢が見えるではないか。あざむいて、門を開かせ、蜀軍をひき入れん心であろう。——匹夫ひっぷめ、裏切者め、なんの顔容かんばせあって、これへ来たか」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おだまりっ。玄徳さまは大漢の皇叔、そして今はわが夫です。ふたりは母公のおゆるしを賜い、天下の前で婚礼したのです。おまえ方匹夫ひっぷずれが、指でもさしたら承知しませぬぞ」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
匹夫ひっぷぜいに飽いたかの如き、勿体ない申し分でござるが、以後は、一汁一菜か、二菜、それも、ちさ汁、糠味噌漬ぬかみそづけなどの類にて、仰せつけ下さるよう、お膳番へ、お頼み申しあげまする
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は元来、匹夫ひっぷより成り上がった織田家の一家臣。わが殿は由来、信長公とも同座の御方。同位置にある盟国の大将。——彼より来って礼を取るなら知らぬこと。何ぞ、われより礼使を
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
匹夫ひっぷの勇にはやるなどは、各〻の任ではあるまい」と、ほろ苦い顔して圧えた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一藩の城代たる身でありながら、世々の御恩顧もうち忘れ、匹夫ひっぷ同様、夜陰に乗じて立退たちのこうなどとは見下げ果てた根性。それでも武士かっ、城内で申したなんじのことばには何とあったか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「だまれ。国々の諸侯が、義兵をあげて、この艱苦を共にしているのは、漢の天下を扶けて、社稷しゃしょくをやすんぜんがためだ。玉璽は、朝廷に返上すべきもので、匹夫ひっぷわたくしすべきものではない」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寒うしています。どうか匹夫ひっぷの勇は抑えて、王覇おうはの大計にお心を用いて下さい
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それと、少し軽率だった。たとえ、あやまちにせよ、匹夫ひっぷ呂布ごとき者の計におちたのは、われながら面目ない。しかしおれもまた彼に向って計をもって酬いてくれる所存だ。まあ見ておれ」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生命を波濤はとうなげうてるか。由来、この国の民というものは、故なくして生命は捨てん。いかなる匹夫ひっぷでも生命の価値を知っておる。大明、高麗の各地に上陸あがり、珍器重宝をどんどん持って来た。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むかし清洲のお濠浚ほりざらいや馬糞掃除をしていた御小人あがりの匹夫ひっぷが、今日、衣冠いかんして得々たるかの如き前に、何で柴田修理勝家ともあろう者が下風に置かれていようぞ——そう思うのであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いったん魏の印綬いんじゅをうけ、たとえ一百の寡兵かへいなりと、この身を信じて預け賜ったからには、その信に答うる義のなかるべきや。われは武門、汝は匹夫ひっぷ。いま一矢を汝に与えぬのも、武士のなさけだ。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ともあれ信雄は満悦まんえつして清洲へ帰った。匹夫ひっぷがほくほくした時のようなていであった。が、小心な彼はその姿にまで、終始うしろめたいようなかげを持っていた。秀吉の眼を極度にはばかっていたものらしい。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「わが大国を恐れず、度々境をおかす山野の匹夫ひっぷ。そこを動くな」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つい数年前まで、くつを編みむしろを売っていた匹夫ひっぷではないか。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
匹夫ひっぷ。何しに来たか」と、大音で罵った。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)