“伜(せがれ)” の例文
其處には主人の池田屋八郎兵衞を始め、伜(せがれ)の眞太郎、眞太郎の姉のお清、三輪の萬七まで顏を揃へて、御檢屍を待つて居るのでした。
「内の伜(せがれ)は年はまだ若うおすけどな、こんなことには私がよう仕込んでますよって、おためにならんようには取り計らいまへんやろ」
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼の父は洋筆(ペン)や万年筆でだらしなく綴(つづ)られた言文一致の手紙などを、自分の伜(せがれ)から受け取る事は平生(ひごろ)からあまり喜こんでいなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雄吾の父親、岡本吾亮(ごすけ)がしばらくぶりで自分の郷里に帰って来た。東京で一緒になったという若い綺麗な細君と幼い伜(せがれ)の雄吾を伴(つ)れて。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
かりそめの旅人に過ぎない王進母子(おやこ)へだが、ひとつ伜(せがれ)史進(ししん)のために、末長く師となって、村に永住してもらえまいかという相談なのだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海上の生活は甲州の山奥の百姓の伜(せがれ)には余りにも縁遠い生活であった。平和なお寺の生活からは余りにも勝手の違った辛い仕事であった。
枯れ木のような老人夫婦、まことの伜(せがれ)や孫に棄てられて、仏壇の前にふるえておる、これこれ、身どもらは賊でも何でもない——
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「おれの身代はもともと悪銭で出来たのだから、こうなるのが当りまえだ。」と、その伜(せがれ)が初めて昔の秘密を他人に明かした。
自来也の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この二人は浅草公園を徘徊(はいかい)する不良の徒(と)で、岩本は千束町に住んで活動写真の広告のビラを貼(は)るのが商売、山西は馬道(うまみち)の床屋(とこや)の伜(せがれ)であった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「あんなひねくれた意地わるじじいは初めてだ」喜兵衛は唇を片方へぐっと曲げた、「あんなじじいを親に持った伜(せがれ)の面(つら)が見たいくらいだ」
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ぐずぐずしているうち心がにぶろうも知れぬ。では、いつとは言わずに直ぐに今から、伜(せがれ)を連れに山科へ出かけるとしようかい
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
併し周三は、實に厄介(やくかい)極(きは)まる伜(せがれ)であツた。奈何なる威壓(ゐあつ)を加へても頑(ぐわん)として動かなかツた。威壓を加へれば加へるほど反抗(はんかう)の度を昂(たか)めて來た。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「源兵衛、面(おもて)をあげい。とくと見て返答いたせ。これに控(ひか)えおるはそのほうの伜(せがれ)源蔵と申す者に相違なかろう? どうじゃ」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
血のりをあらいさってしまえ!……おっつけ伜(せがれ)新之丞(しんのじょう)ももどりくるはず、新之丞のかえらぬうちに、さ、さ、早く早く、しまつをつけねばならぬ
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
前線の兵は貧乏人の伜(せがれ)ばかりだ。俺達は、ものこそ云えないが、命を賭けているんだ。孫伍長は、あの晩も、もう少しで郭(かく)を殴(なぐ)るところだった。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
負はなければならぬものなら、自分の伜(せがれ)の保証人になる者もあるまいて。保証書にあるやうな責任は負はない積りでこそ保証人にはなれるのだ。
実は、今日も伜(せがれ)の事で上つたのでございますが、あれもとうとう、いけませんでございました。在生中は、いろいろ先生に御厄介になりまして……
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「太郎兵衛の娘両人と伜(せがれ)とがまいりまして、年上の娘が願書(がんしょ)をさし上げたいと申しますので、これに預かっております。御覧になりましょうか。」
最後の一句 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あそこには十五人ばかりの弟子が働いているけれど、八人までは丸源の伜(せがれ)なんだぜ。そろいもそろって屈強な舟大工さ。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
駒形の家とは、おげんの亡くなった伜(せがれ)が娵(よめ)と一緒にしばらく住んだ家で、おげんに取っても思出の深いところであった。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その了簡(りょうけん)でございますから、中年から後家になりながら、手一つで、まず……伜(せがれ)どのを立派に育てて、これを東京で学士先生にまで仕立てました。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
せめては兼吉が生(うみ)の父にも増して頼(たより)にして居た先生様の、御身のまはりなりと御世話致したら、牢屋に居る伜(せがれ)も定めて喜ぶことと思ひましてネ——
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
円遊門下の人気男小円遊の「若旦那」、才賀(さいが)の伜(せがれ)伝枝の「アンパン」などはよくある手で、いわれる当人も平気な顔。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
私は元来土佐高岡郡佐川町の酒造家に生まれた一人ぽっちの伜(せがれ)であるが、まだ顔を覚えない幼い時分に両親に別れた。
由来造酒は尾張国、清洲在の郷士(ごうし)の伜(せがれ)で、放蕩無頼且つ酒豪、手に余ったところから、父が心配して江戸へ出し、伯父の屋敷へ預けたほどであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と云って居る後(うしろ)に立っていた伜(せがれ)の丹三郎は、折々朋友(ともだち)に誘われ、三田のあだ屋へ遊びに往った事がありますから、お梅も小平も予(かね)て知って居る事ゆえ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「電報はもう届いていますらね。」と叔母の母親も、田舎の伜(せがれ)夫婦の出て来るか来ぬかを気にしては、訊いていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それはあの古狸が、秀秋いまだ反(そむ)かざる前に伜(せがれ)めに計られて口惜(くや)しい口惜しいと憤って指を噛んだということだ。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わざわざ持って来ましたが、洋行に三味線でもあるまい言うて、慶応へ行っとる伜(せがれ)なんか大笑いしとりました。
「何んとか返事をしてくれてもいいじゃないか……、生ッ白い化粧品屋の伜(せがれ)に、また、逢いに行くのかい……」
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「ナニ、あの武夫がこの邸に監禁せられているって?……ああ、それは一体どういう訳だ。なぜ辻川は、俺の伜(せがれ)を監禁したのだ。さあ聞こう、その訳を……」
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
早くも五月蠅(うるさ)く付き纏う暗殺者の眼を逃れつつ、妻に危険を及ぼさぬように注意して二三度面会致しました結果、ウルスター・ゴンクールが伜(せがれ)を人質に取り
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うけてまいったものでござりますが——わたくしは、あのお方の、乳母の伜(せがれ)にあたるものでござりまして——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ただ一口妻をはげます言葉をかけてやるために、そして伜(せがれ)の頭髪(かみ)を別れのまえにも一度なでてやるために!
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
十八に家出(いえで)をしたまま、いまだに行方(ゆくえ)も知(し)れない伜(せがれ)千吉(きち)の不甲斐(ふがい)なさは、思(おも)いだす度毎(たびごと)にお岸(きし)が涙(なみだ)の種(たね)ではあったが、踏(ふ)まれた草(くさ)にも花咲(はなさ)くたとえの文字通(もじどお)り
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「そんな訳なもんですから、伜(せがれ)が亡くなりますと、こちらでは別にどうといふこともなかつたんですけれど、まあ、自分から身を引いたやうな訳でしてね……」
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
薬屋の息子だの野武士だの桶屋(おけや)の伜(せがれ)から身を起して国持ちの大名になったが、なんとかこのへんで天下泰平、寝首を掻かれる心配なしに、親から子へ身代を渡し
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
(他の有力者たちの伜(せがれ)たちは、たすかったじゃないか。だからおれにさえ相談して呉れれば城介も——)
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
こんな奇麗な前庭を持っている、そのうえ堂々とした筧(かけひ)の水溜りさえある立派な家の伜(せがれ)が、何故また新聞の配達夫というようなひどい労働へはいって行ったのだろう。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
なんて運のいい奴(やつ)だ! たかが寺男の伜(せがれ)がさ、官費で勉強させてもらって、まんまと博士号だの教授の椅子だのにありついてさ、やがて親任官に成りあがった挙句(あげく)に
男。京橋花園小路、糸屋六兵衛伜(せがれ)、源七。女。新吉原京町三ツ扇屋抱え遊女、誰袖(たがそで)。十両は死体を
国男も伜(せがれ)の顔を一日に一度見ないと気がすまないと云って、そわそわしていますし、スエ子もうれしそうだし、私は皆がそうやってよろこんでいるのが又大変愉快です。
三時頃嘉門次の伜(せがれ)嘉与吉が来たからこの案内を頼む、彼は都合上島々(しましま)に行って来ると言って、十五日を登山日と定める、二日間滞在中穂高行の同志が四名増して一行五名。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
久しぶりに可愛い伜(せがれ)を見た嬉しさに、今日は朝から気狂ひみたいになつて騒いでる祖母だつた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
「石山の伜(せがれ)だそうだ。この間見習が一人いるように言っていたが、使ってやったらどうだ」
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
そこで同志の心を安んずるために、まず伜(せがれ)の主税(ちから)に老巧間瀬久太夫を介添(かいぞ)えとして、大石瀬左衛門、茅野(かやの)和助、小野寺幸右衛門なぞとともに、自分に先立って下向させることにした。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
利子で食へるんだつたら、勿論罪悪だし、家賃はいらないから、百二十円の月給で、これ/\と、女房と二人で、おつかなびつくり世渡りして行くやうな伜(せがれ)なら、何うなつたつていゝ。
植木屋は雑司(ぞうし)ヶ谷(や)から来る五兵衛(ごへえ)という腰のまがった爺(じじい)であったが、竜子が丁度高等女学校へ進もうという前の年松の霜よけをしに来た時、徴兵から戻って来た亀蔵(かめぞう)という伜(せがれ)を連れて来て
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まっすぐに述べてしまうとまっすぐにひっこんでゆく——見物は気の毒そうな顔をする。お父さんが働きてで、人気ものだけに、若い伜(せがれ)の人気のないのが、一層はかなげに思われたのだった。
見れば俺も老(ふ)けたがお前ももうあまり若いといえんな、そうかもう三十七かと、さすが落語家(はなしか)らしい口調で言って、そして秋山さんの方を向いて、伜(せがれ)の命を助けてくだすったのはあなたでしたかと
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)