がしら)” の例文
足軽三十名を預かるのは、部将の中では最下級の小隊がしらであった。けれど、うまやにいるより台所に勤めるより、遥かに彼はうれしかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田原屋には四人の女中がありまして、その女中がしらを勤めているのはおはまという女で、三十一二で、丸髷に結って鉄漿かねをつけていました。
出あいがしらに、まぶしそうに眼をほそめて、そこに立っているのは、代稽古主席だいげいこしゅせき、この剣術大名の家老職といわれる峰丹波みねたんばだった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あの、女中がしらつていふのかしら、部屋を案内したお婆さんね。なんだか、馴れ馴れしい口のき方をしてたぢやありませんか。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
非人がしらが、六人を刑場の入口にある与力詰所へ案内した。腑分の準備が整うまで、六人はそこで待たなければならぬのだった。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ずいと這入った出合いがしら——、不気味ににっこり笑って奥から姿を見せたのは、いつのまに帰って来たのか前夜のあの謎を秘めた若者です。
栓をするのを忘れたインキつぼからとびだした雲状のインキが出会いがしらに顔をインキだらけにするようなことは全くなくなった。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それはセーラー中での食いがしら三上でさえも、一つはとても食べられなかった。それにはごま塩以外何にもおかずはついていないのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
蒸す方を長くして煮る方を短くしないとお芋の形が崩れます。里芋ばかりでありません。八ツがしらでもとうの芋でも長く蒸してザット煮るのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
職人がしらの忠蔵は中で一番若輩の小六というのへ顎をしゃくったがいっかな小六が聞かばこそ泣きっ面をして首を縮めた。
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
元はと言えば門弟共のいがみ合いからであったが、互に若気の至り、引くに引かれぬ意地ずくになって、出逢いがしらに果し合いをしてしまったものだ。
禁断の死針 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
発頭人は従僕がしらでしたが、——とにかくみんなもうこのうえ一刻も、没義道な主人の乱行が我慢ならなくなったのです。
「思いがけなく誰か、寄り添ってきたというようなことでも? ……出合いがしらに、誰かブツカッタというようなことでも、ございませんでした?」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
仙太は、この町での飲みがしらであった。酒にかけてはかなうものがいない。この親爺が白面しらふで歩いているのを、町の人たちは見かけたことがないという。
凍雲 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
食事がすむと、時をうつさず、大僧正だいそうじょうは、ふたりをお城の礼拝堂れいはいどう案内あんないして、ご婚礼こんれいをすませました。女官がしらは、ふたりのためにとばりをひきました。
眠る森のお姫さま (新字新仮名) / シャルル・ペロー(著)
これはその服装の好みと、日に焼けた色合いが同地方から来る日本人に共通しているところから、ボーイがしらの折井という男が睨んでいたものだという。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
東京へ出て銀子の柳原の家に落ち着き、渋皮のむけた色白の、柄が悪くなかったので、下町の料亭りょうていなどに働き、女中がしらも勤めて貯金も出来たところで
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
気のせゐか、近所の人との出会ひがしらの挨拶などにも、さうとればとれなくもない言ひまはし方があると思はれた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
と思うと、出あいがしらにまた「上陸なさいますか」なのだ。何という軽跳な、無責任に晴れ渡った寄港者の感情——それはそのままポウト・サイドの空の色でもある。
そして以前朋輩ほうばいであった人間の内へ女中がしらのような相談相手のようにして住み込んでいるのであった。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
なんでも出合いがしらのものに、ちょっと見た顔に、ある名声に、時とすると単なる名前に、すぐ執着し、それをつかみ取ったあとには、もう手をゆるめようともせず
振り向いて見ると陰士の顔の影がちょうど壁の高さの三分の二の所に漠然ばくぜんと動いている。好男子も影だけ見ると、がしらもののごとくまことに妙な恰好かっこうである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
菊枝の父は上杉家の三十人がしら仲沢庄太夫なかざわしょうだゆうといい、すでに隠居して長男門十郎に跡目をゆずっていた。菊枝は登野村とのむら三郎兵衛から蜂屋をとおして望まれた縁であった。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ああ、その片輪の一人ですね。さっきひげの生えためくらが一人、泥だらけのがしらでまわしながら
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ウイリイはうまやがしらからおそわって、ていねいに王さまのお馬の世話をしました。じぶんの馬も大事にしました。そして、しばらくの間なにごともなく、暮していました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
始め私し并びに陸尺ろくしやく中間迄ちうげんまで必死ひつしになりて戰ひし故一時は太田樣の方引色ひきいろに相成候然るに太田樣の陸尺共ろくしやくども豫々かね/″\此多兵衞に遺恨ゐこんあり其故はかの七右衞門と申者元嘉川家の陸尺がしら
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
蒟蒻こんにゃく蒲鉾かまぼこ、八ツがしら、おでん屋のなべの中、混雑ごたごたと込合って、食物店たべものみせは、お馴染なじみのぶっ切飴きりあめ、今川焼、江戸前取り立ての魚焼うおやき、と名告なのりを上げると、目の下八寸の鯛焼たいやきと銘を打つ。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御影像と引換えの首は、誰か一人、若衆から出さずは済むまいと聴いたときから、若者がしらの此のわたし、心で覚悟はしておりました。それに今朝方思いがけないおくみとの盃。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と、内から雨戸がいて女房がしら周防すおうと云うのに紙燭しそくらして政子の顔があらわれた。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
はてなと思って、聞き耳を立てると、その儘案内もなく、すっと障子を開けて上って来る。変だと思うので、立って行って、唐紙を開くと、であいがしらに、荻原がぬっと立っている。
北国の人 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
殆ど出あいがしらに、奥の座敷へ通じる廊下から、ヒョッコリと人の姿が現れました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もう一つは佐伯君が受けた飛沫とばしりだった。或日、谷君が教室で赤羽君と出会いがしら
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
七ぐらいのお嬢さんと二人づれで外に乳母うばか女中がしらといったような老女が一人と若い女中が二人つき添っておりましてその三人がお遊さんのうしろから代る代る扇子せんすであおいでおりました。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
勤仕いまだ一年に満たぬのに、天保二年の元日には中臈がしらに進められた。中臈頭はただ一人しか置かれぬ役で、通例二十四、五歳の女が勤める。それを五百は十六歳で勤めることになった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
駅逓馬車が午前中に無事にドーヴァーへ著くと、ロイアル・ジョージ旅館ホテルの給仕がしらは、いつもきまってするように、馬車のドアけた。彼はそれを幾分儀式張ってぎょう々しくやったのであった。
わずか半年たらずで夫のうちを飛び出して実家へも帰らずに、ある旅館の女中がしらのようなことをしていたのであるが、二ヶ月ばかり前に、新聞の広告を見て柴田のところへ来たということであった。
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
もう灯火あかりのつき初める頃だった。彼は出会いがしらの男に、「ポンメルシーさんの家」を尋ねた。なぜなら、彼は内心復古政府と同意見を持っていて、やはり父を男爵とも大佐とも認めてはいなかった。
やがてやって来たボーイがしら
三斜晶系 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「とんでもない。それよりあなたこそ、遠来のお客だ。いったい、隣県の刑事がしらが、いかなる御用で、これへご出張なされましたか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれが、変調眼鏡を手にとって、もとの艇司令室のほうへ引返そうとする出合いがしらに、れいの担架が入口をはいってきた。
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
出合いがしらに突然誰かとオブツカリになったようなことは、ありませんでしたか? と聞いてみたのに対して、未亡人はことごとく、ノーと答えている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
出あいがしらに会った若い植木屋を、一眼見るより与の公、イヤおどろいたのなんのって、あたまの素ッてんぺんから、汽笛みたいな音をあげましたね。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いまさらのがれるわけにもいきませんでしたから、しぶしぶながらもおなわをちょうだいいたしまして、町内三十七人の者残らずが、お組がしらを筆頭に
それが打ち身のようになって、暑さ寒さにたたられては困るというので、支配がしらの許可を得て、箱根の温泉で一ヵ月ばかり療養することになったのである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
銭形平次ががしらで、手下の組子が十人、わざと真昼を選んで、八方から一挙に岩根半蔵の浪宅を囲んだのは、それから一刻(二時間)ばかり後のことです。
「ねえ、お父さん、ほら、蓮沼はすぬまさん……たうとう次官におなりになつたぢやないの。出世がしらね。尤も、学者の方面ぢや、いくらも名前の出た人がゐるけど……」
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
野次馬に覗かれないように表の板戸をおろしかけていた博奕打ばくちうちの藤六という宿屋の親仁おやじがヒョコリと頭を下げて通してくれた。こっちも頭を下げながら出会いがしらに問うた。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その側を乱暴に通りぬけながら、いきなり店へ行こうとすると、出合いがしらに向うからも、小走りに美津みつが走って来た。二人はまともにぶつかる所を、やっと両方へ身をかわした。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ボーイがしらが来て、ただいま総裁からの電話で、今夜舞踏会へおいでになるかうかがえと云う事でございますがと云うから、行かないと返事をしてくれと頼んで、本当に寝てしまった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
嬉しがったは八左衛門、ひざがしらを片手でたたきながら、愉快そうに冷語れいごを飛び出させた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)