誰人たれびと)” の例文
天地と云い山川さんせんと云い日月じつげつと云い星辰せいしんと云うも皆自己の異名いみょうに過ぎぬ。自己をいて他に研究すべき事項は誰人たれびとにも見出みいだし得ぬ訳だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この幸福感こそ、念仏行者が、ひとたび、絶対の摂取せっしゅにあずかるの時に、誰人たれびとでも、うけることのできる大悲の甘露なのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こういう日暮に誰人たれびとの跫音であろうと、筒井ははじめて注意を向けた。跫音は裏戸のあたりでとまったらしく、何となくその方に眼をとどめた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
併し昨夜見たと同じい広い蒼い顔には、昨日の平静以外に、何かを誰人たれびとかに訴へてゐるあるものが明かに現はれてゐた。それは恰もかう云つてゐる。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
即ち是れ会の義にして、新嘗の会を言ふとあるのは、いつの世誰人たれびとの説かは知らぬが、会の義なりとする誤りは、いかにも本居氏の説の通りであろう。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
特に国家なきアラビヤ人中よりその主人公を選びて、誰人たれびとといえども、いやしくも人である以上は、神を知り神の真理を探り得ることを示したのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
しかし誰人たれびとが不正の名利めいりかかえて、心のうちに満足を覚ゆるか。世人せじんに向かっては大きな顔もしようなれ、自己にかえりみてはなはだ不安の念を抱くや疑いない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかし、なお一方に残された三分の聡明性は、よく、裏と表とを塗りかくして、いまだ誰人たれびとにも、そのボロを見せないだけの横着と、細心とを保っているのです。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その頃は、晩方ばんがた、森に来て啼く鳥の声を聞き、青い空を見、月の光りを見ると、海を見たいと思ったこともあった。また或時は誰人たれびとかに待たれるような心地がした。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
「唯今は宇治の左大臣殿御参詣でござる。誰人たれびとにもあれ、山門の内へまかり通ること暫く御遠慮めされ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これはチベット語で和訳しますと、早くお越しなさいということで、一体この今の言葉は誰人たれびとが誰に話しかけたのかと、怪しんであたりを見回しますと誰も居らない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
見顯みあらはすは然のみ大功とは稱するに足ねどしんの天一坊をにせとしてよく天下の爲に是をめつせしは智術ちじゆつ萬人に越え才學さいがく四海に並ぶ者なき忠相ぬしに有らざれば誰人たれびとか能く此機變このきへんを行なひ君を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
梅屋敷うめやしきは文化九年の春より菊塢きくうが開きしなり、百花園くわゑん菊塢のでん清風廬主人せいふうろしゆじん、さきに国民之友こくみんのともくはしくいだされたれば、誰人たれびとも知りたらんが、近頃ちかごろ一新聞あるしんぶん菊塢きくう無学むがくなりしゆゑ
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
予また幕末ばくまつ編年史へんねんしを作り、これを三十年史となづ刊行かんこうして世にわんとせし時、誰人たれびとかに序文じょぶんわんと思いしが、駿しゅんかたわらりて福沢先生の高文こうぶんを得ばもっとも光栄こうえいなるべしという。
今世こんせ主君きみにも未來みらい主君きみにも、忠節ちうせつのほどあらはしたし、かはあれど氣遣きづかはしきは言葉ことばたくみにまことくなきがいまつねく、誰人たれびと至信ししん誠實せいじつに、愛敬けいあいする主君きみ半身はんしんとなりて
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼の白皙な額とその澄み切った目とは、青木を見る誰人たれびとにも天才的な感銘を与えずにはいなかった。彼の態度は、極度に高慢であった。が、クラスの何人なんびともが、意識的に彼の高慢を許していた。
青木の出京 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一味のうち誰人たれびとかが、御役宅へ召呼ばれるような事の起った節には、われ等、如何ようの態度に出るべきものでござろうか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「しかしよくお尋ねなされました。お心のほどは誰人たれびとも銘じて忘れることはござりますまい。難波のことは難波のこと、お身様みさまは永くお仕合わせあるように。」
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
シナ太古の聖人が世をおさむる時代には朝廷ちょうてい諫鼓かんこという太鼓のような物をそなえおいて、誰人たれびとにても当局に忠告せんとする者はこれを打つと、役人が出て諫言かんげんを聴いたと伝えるが
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
さることなれど御病氣ごびやうきにでも萬一もしならばとりかへしのなるべきならずぬし誰人たれびとえぞらねど此戀このこひなんとしてもかなまゐらせたしぢやうさまほどの御身おんみならば世界せかいもなくうれひもなく御心安おこゝろやすくあるべきはず
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
殺した人は別に有とは誰人たれびとにや其許樣そこもとさまが御存知ぞんじならば何卒なにとぞをしへて下されと言ば忠兵衞莞爾につこわら然樣さういはるゝならば教へもせんが然れども其處そこ肝要かんじんかな魚心うをごころ有ば水心とあじことばにお光はほゝ強面つれなくなさばかくさんときつと思案しあん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
誰人たれびとも知るかのキップリング氏の「東は東、西は西、両者永遠に相逢あいあうことなし」
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
老先生は、すぐ、その誰人たれびとであるかを、声で知って
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みずからかえりみてなおからば千万人といえども、吾れかんとの独立自重じちょうの心は誰人たれびとにもなくてはならぬけれども、いわばどちらでも好いことに角立かどだてて世俗に反抗するほどの要なきものが多い。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)