くちなわ)” の例文
「さてはその蝙蝠かわほりの翼、山羊の蹄、くちなわうろこを備えしものが、目にこそ見えね、わが耳のほとりにうずくまりて、みだらなる恋を囁くにや」
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
手の震えで滴々たらたら露散たまちるごとき酒のしずくくちなわの色ならずや、酌参るお珊の手を掛けてともしびの影ながら、青白きつやが映ったのである。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妾の髪の毛で男の咽喉首のどくびを、くちなわのように巻いてもやったし、重いふすまを幾枚も重ねて、その中で男をしてもやったよ。……ご覧よ、女王様が別の男を召した。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのまくらもとには三鞭酒シャンペンのびんが本式に氷の中につけてあって、飲みさしのコップや、華奢きゃしゃな紙入れや、かのオリーヴ色の包み物を、しごきの赤が火のくちなわのように取り巻いて
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
天竺てんじくの佛教比丘びくも、器物うつわもの髑髏どくろの如し、飯は虫の如し、衣はくちなわの皮の如しと説き、唐土の道宣どうせん律師も、うつわはこれ人の骨也、飯はこれ人の肉也と説いておられるのであるが
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
足もとから長さ三尺にも余りますくちなわがのたりを打ってずる/\/\。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
くちなわめが這いよって 目の玉を吸いだすよ
どろどろと鳴物なりもの聞えて、四辺あたり暗くなりし、青白きものあり、一条ひとすじ左のかたよりひらめきのぼりて、浅尾の頬をかすめて頭上に鎌首をもたげたるはくちなわなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われ、おおいに驚きて云いけるは、「如何ぞ、「るしへる」なる事あらん。見れば、容体ようだいも人に異らず。蝙蝠かわほりの翼、山羊のひずめくちなわうろこは如何にしたる」と。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
泥の深さ底が知れず、しかもくちなわや蛭の類が、取りつくすことの出来ないほどに、住んでいると云われている、荏原屋敷七不思議の、その一つに数えられている、その恐ろしい古沼であった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
見る見るあかくちなわは、その燃ゆる色に黄金のうろこの絞を立てて、菫の花を掻潜かいくぐった尾に、主税の手首を巻きながら、かしらに婦人のの下をくれない見せてんでいた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「その高志こし大蛇おろちと云うのは、一体どんな怪物なのです。」「人のうわさを聞きますと、かしらと尾とが八つある、八つの谷にもわたるるくらい、大きなくちなわだとか申す事でございます。」
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼が地面へ伏し沈み、やがて立って歩き出したその後へ、長い、巾の小広い、爬虫類を——くちなわを産み落としたのである。しかしそれは、黒繻子くろじゅすと、紫縮緬とを腹合わせにした、女帯であった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お孝の彼を抉った手は、ここにただ天地一つ、白きくちなわのごとく美しく、葛木の腕にまつわって、潸々さめざめと泣く。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただその心臓は音するばかり、波立つごとく顫動せんどうせるに、溢敷こぼれしきたる黒髪ゆらぎて、千条ちすじくちなわうごめきぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
啊呀あなやと見る時、別なるがまたうなじまといて左なるとからみ合いぬ。恐しき声をあげて浅尾のうめきしが、輪になり、さおになりて、同じほどのくちなわすじともなく釜の中よりうねり出でつ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むごたらしゅう殺したる、くちなわの鎌首ばかり、飛失せたらむ心地しつ立っても居ても落着かねば、いざうれ後を追懸けて、草を分けて探し出し、引摺ひきずって帰らんとお録に後を頼み置き
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たとえばお堀端ほりばた芝生しばふの一面に白くほの見ゆるに、幾条のくちなわえるがごとき人の踏みしだきたるあとを印せること、英国公使館の二階なるガラス窓の一面に赤黒き燈火の影のせること
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
居屈いかがみしに、はばかりさまやの、とてもすそを掲げたるを見れば、太脛ふくらはぎはなお雪のごときに、向うずね、ずいと伸びて、針を植えたるごとき毛むくじゃらとなって、太き筋、くちなわのごとくにうねる。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
打紐にまた脈を打って、紫の血が通うばかり、時に、かいなの色ながら、しろじろとうろこが光って、その友染にからんだなりに懐中ふところから一条ひとすじくちなわうねり出た、思いかけず、もののすさまじい形になった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それだけののぞみに応ずべしとこういう風に談ずるが第一手段いちのてに候なり、昔語むかしがたりにさることはべりき、ここに一条ひとすじくちなわありて、とある武士もののふの妻に懸想けそうなし、かたくなにしょうじ着きて離るべくもなかりしを
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とお丹の下知げじに、おおかみころもまとい、きつねくらい、たぬきは飲み、ふくろう謡えば、烏は躍り、百足むかでくちなわ、畳を這い、いたち鼯鼠むささび廊下を走り、縦横交馳こうち、乱暴狼藉ろうぜき、あわれ六六館の楼上は魑魅魍魎ちみもうりょう横奪おうだつされて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
袖にはくちなわ、膝には蜥蜴とかげあたり見る地獄のさまに、五体はたちまち氷となって、慄然ぞっとして身を退きましょう。が、もうその時は婦人おんなの一念、大鉄槌てっついで砕かれても、引寄せた手を離しましょうか。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝三チョウサンノ食秋風シュウフウクとは申せども、この椎の実とやがて栗は、その椎の木も、栗の木も、背戸の奥深く真暗まっくら大藪おおやぶの多数のくちなわと、南瓜畑の夥多おびただしい蝦蟇がまと、相戦うしょうに当る、地境の悪所にあって
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
声の下、鳴物の音を静めて、常山のくちなわまず鎌首を侵入せり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)