胸先むなさき)” の例文
それまでは覚えていたが、そのうちに少し胸先むなさきが楽になったと思ったら、いつの間にかうとうとと寝入ってしまった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
このごろ老人もようやくわすれんとしつつありしをきょうは耳新しく、その狂婦きょうふもなくなったとげられ、苦痛くつう記憶きおくをことごとく胸先むなさきびおこして
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
邪慳じやけんに、胸先むなさきつて片手かたて引立ひつたてざまに、かれ棒立ぼうだちにぬつくりつ。可憐あはれ艶麗あでやかをんな姿すがたは、背筋せすぢ弓形ゆみなりもすそちうに、くびられたごとくぶらりとる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
においも深き紅梅の枝を折るとて、庭さき近く端居はしいして、あれこれとえらみ居しに、にわかに胸先むなさき苦しくかしらふらふらとして、くれないもや眼前めさきに渦まき、われ知らずあと叫びて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
昨日きのふ午後ごゝより谷中やなかかゝさんが急病きうびやう癪氣しやくけ御座ござんすさうな、つよく胸先むなさきへさしみまして、一はとても此世このよものではるまいとふたれど、お醫者いしやさまの皮下注射ひかちうしややらなにやらにて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
夜は針箱の底深くおさめてまくら近くおきながら幾度いくたびか又あけて見てようやねむる事、何の為とはわたくしも知らず、殊更其日叔父おじ非道ひどう勿体もったいなき悪口ばかり、是もわたくしゆえ思わぬ不快を耳に入れ玉うと一一いちいち胸先むなさきに痛く
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
猛狒ゴリラいかつて刀身たうしん双手もろてにぎると、水兵すいへいいらだつてその胸先むなさき蹴上けあげる、この大奮鬪だいふんとう最中さいちう沈着ちんちやくなる海軍士官かいぐんしくわんしづかにすゝつて、二連銃にれんじう筒先つゝさき猛狒ゴリラ心臟しんぞうねらふよとえしが、たちまきこゆる一發いつぱつ銃聲じうせい
宮は胸先むなさきやいばとほるやうにおぼゆるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
おもはず……をとこ驚駭おどろきみはつた。……とおびはさんで、胸先むなさきちゝをおさへた美女たをやめしべかとえる……下〆したじめのほのめくなかに、状袋じやうぶくろはしえた、手紙てがみが一つう
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「じゃって、病気をすっがわるかじゃなっか」と幾たびか陳弁いいわけすれど、なお妙に胸先むなさきに込みあげて来るものを、自己おのれは怒りと思いつつ、果てはまた大声あげて、お豊に当たり散らしぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
たか胸先むなさきくつろげんとする此時このときはやし間一髮かんいつぱつ、まちたまへとばかりうしろ藪垣やぶがきまろびでゝ利腕きゝうでしつかとをとこれぞはなしてなしてと脆弱かよわにも一心いつしん振切ふりきらんとするをいつかなはなさず
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
難関あるべしとはしながら思いしよりもはげしき抵抗に出会いし母は、例の癇癖かんぺきのむらむらと胸先むなさきにこみあげて、額のあたり筋立ち、こめかみうごき、煙管持つ手のわなわなと震わるるを
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)