おお)” の例文
「そんな筈はないお父さまの生涯をその為に潰してもきっと捜し当てて見せる。それでもお前はどこかに隠れおおせるだろうかね。」
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と次のページへしたためたが、これでは自分の感じを云いおおせない、もう少し工夫くふうのありそうなものだと、鉛筆の先を見詰めながら考えた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
常盤座ときわざの前へ来た時、突き当たりの写真屋の玄関の大鏡へ、ぞろぞろ雑沓する群集の中に交って、立派に女と化けおおせた私の姿が映って居た。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その男が巧みにも真の万吉郎そっくりに化けおおせているのではないかと、もう一歩鋭い観察に全身の精魂を使いはたさなければ気がすまなかった。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
しかしそれも遂行すいこうおおせたわけではない。今からでも花田を射殺する決心になれば、そして何食わぬ顔をして原隊に戻れば、誰も知るものはない。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
まだ午後三時の真昼間、場所は東京駅前の雑沓、掏摸はよぼよぼに近い老人、到底、逃げおおせることは不可能である。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ああ哀れ気の毒千万なる男よ! 母の為めいもとの為めにくないと思った下宿の件も遂には止めおおせなかったも当然。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうして今度は前よりもウンと彼奴の金を使ってやるんだ。事によると彼奴めが俺にあだを討ちおおせた時が身代限りをしている時かも知れぬから見ておれ
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
で、彼女はこの苦しい事実をなるべくかくおおそうとしていました。ですから先生は、セエラに何か問われて、ぼろを出してはならないと思ったのでした。
彼らは死者のけがれをいとうあまりに、この解説を仏者にゆだね去り、清い霊魂の問題に対してまで、時代に相応するだけの研究をしおおせなかったように思う。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私は自分の心を沙漠さばくの砂の中に眼だけを埋めて、猟人から己れの姿を隠しおおせたと信ずる駝鳥だちょうのようにも思う。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
二十五、六の青年が三十八歳のユアンの顔に……ユアンの声に、なんと巧みに化けおおせていたことであろうか。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかし老人が睨んでいるので、どうしたって戸口まで逃げられそうもない。駆けだしたら老人が声を立てるだろう。そうすると、どうせ逃げおおせるわけにゆかぬ。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
かれきわめてかたくなで、なによりも秩序ちつじょうことを大切たいせつおもっていて、自分じぶん職務しょくむおおせるには、なんでもその鉄拳てっけんもって、相手あいてかおだろうが、あたまだろうが、むねだろうが
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
床下を全部コンクリートにして湿気を避けおおせたりと安心していると、いずくんぞ知らん、湿気が全部上へあがって床板や畳がじくじくになってしまうのと、全くいつにする失敗である。
真日中まひなかに天下の往来を通る時も、人が来れば路を避ける。出会いであえばわきへ外れ、遣過やりすごして背後うしろを参る。が、しばしば見返る者あれば、煩わしさに隠れおおせぬ、見て驚くは其奴そやつの罪じゃ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生徒達は今日の遠泳会を一度も船へ上って休まず、コースを首尾好しゅびよく泳ぎおおせれば一級ずつ昇級するのである。彼は勇んで「ホイヨー」「ホイヨー」と、掛声を挙げながら、ついて来る。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
敗戦の痛手というものは、そう簡単に糊塗ことおおせるものではないらしい。
硝子を破る者 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ここに、こんな切な恋がある。これをどう云いあらわしたらば、云いおおせるかとの試問に応じて出来上った答案と見なければなりません。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
憎むに足る不可解な行動をした五郎ではあったが、金五郎は、やはり、彼が無事に逃げおおせることの方を願っていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
と、そうって、ナオミは私を欺しおおせた気になっている。私は自分を間抜け者にして、欺されたていよそおってやる。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
山の中に逃げ込むとしても、幅の薄い山なみで逃げおおせそうにもない。ことに、此処は水上特攻基地だから、震洋艇か回天が再びかえらぬ出発をした後は、もはや任務は無い筈であった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
都をのがれ出ましてから指折り数えると、もはや五月あまりにもなりましょうか。土に置く霜は白く、風に鋭い刃の冷たさを感ずる頃には、わたくしもどうやら一人前の女乞食に成りおおせました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
両方共手落なく見張りおおせる手際てぎわを要求するのは、どれほど自分の敏腕を高く見積りたい今の敬太郎にも絶対の不可能であった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うまく逃げおおせたのか、流されたのか、砂の下にでも埋まっているのか、屋上には一人の人影もなかった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
実は無知な余をいつわりおおせた死は、いつの間にか余の血管にもぐり込んで、ともしい血を追い廻しつつ流れていたのだそうである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして生活の時間をただその方面にばかり使ったものだから、完全な人間をますます遠ざかって、実に突飛なものになりおおせてしまいました。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さらにその若い女が自分の探す人を、自分よりも倍以上の自信と忍耐をもって、待ちおおせたのを幸運の一つに数えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
千四百四十九年にバーガンデの私生子と称する豪のものがラ・ベル・ジャルダンと云える路を首尾よく三十日間守りおおせたるは今に人の口碑に存する逸話である。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どうかして隠そうとつとめたが、何しろ第一の少女の方で少しもやめてくれないで、むやみに伸びて見せたり、縮んで見せたりするもんだから、隠しおおせる段じゃない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は兄さんのこの態度で辟易へきえきするほどに臆病ではありませんでした。また思う事を云いおおせずに引込むほどうと間柄あいだがらでもありませんでした。私は一歩前へ進みました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女はまた充分それをやりおおせるだけの活きた眼力がんりきを自分に具えているものとして継子に対した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なんでもかでも彼を物質上の犠牲者にしおおせた上で、あとからざまを見ろ、とうとう降参したじゃないかという態度に出られるのは、彼にとって忍ぶべからざる侮辱であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は生きているうちに、何かしおおせる、またしおおせなければならないと考える男であった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その不思議のうちには、自分の周囲と能く闘いおおせたものだという誇りも大分だいぶまじっていた。そうしてまだ出来上らないものを、既に出来上ったように見る得意も無論含まれていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただこれらの広告が判然はっきりと自分の頭に映って、そうしてそれを一々読みおおせた時間のあった事と、それをことごとく理解し得たと云う心の余裕よゆうが、宗助には少なからぬ満足を与えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は今日こんにちまで何一つ自分の力で、先へ突き抜けたという自覚をっていなかった。勉強だろうが、運動だろうが、その他何事に限らず本気にやりかけて、つらぬきおおせたためしがなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
浮世の日がはげし過ぎて困る自分には——東京にも田舎いなかにもおりおおせない自分には——煩悶はんもん解熱剤げねつざい頓服とんぷくしなければならない自分には——神経繊維のはじの端まで寄って来た過度の刺激を
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
首尾よく講義をききおおせて、もう大丈夫と云うところでもって、いよいよ産婆を開業した。ところが、奥さん流行はやりましたね。あちらでもおぎゃあと生れるこちらでもおぎゃあと生れる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先生は規律をただすため、秩序ちつじょを保つために与えられた権利を十分に使うでしょう。その代りその権利と引き離す事のできない義務もつくさなければ、教師の職を勤めおおせる訳に行きますまい。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人をだまおおせて知らん顔をしているのはくない事だから、ここで全く懺悔ざんげしてしまうが、実を云うと、その時は胃がしくしく痛んで、言葉に抑揚をつけようにも、声に張りを見せようにも
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ一種の曲解せられたる意味をもって坂の上から坂の下まで辛うじて乗りおおせる男なり、遠乗の二字を承って心安からず思いしが、掛直かけねを云うことが第二の天性とまで進化せる二十世紀の今日
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うまく媾和こうわの役目をやりおおせて帰るよりもはるかに重大な用向ようむきであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夢ならぬを夢と思いて、思いおおせぬ時は、無理ながら事実とあきらめる事もある。去れどその事実を事実と証する程の出来事が驀地ばくちに現前せぬうちは、夢と思うてその日を過すが人の世の習いである。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)