紙屑かみくず)” の例文
ぐ脱ぎ捨てて、紙屑かみくずのように足でしわくちゃに蹴飛けとばして、又次の奴を引っかけて見ます。が、あの着物もいや、この着物もいやで
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「一体これは何というざまだ!」とイワン・ドミートリッチはそろそろだだをねはじめた、「一歩あるけば、きっと紙屑かみくずを踏んづけるんだ。 ...
富籤 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
だが、お綱のものは、くし一枚も残っていなかった。ただ抜け毛を丸めた紙屑かみくずが、お十夜の眼に、さびしくうつったばかりである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
他人には何の趣もない紙屑かみくずや小切れでも、皆それぞれに思い出があるものですから、それらを手に取上げて見詰めたりします。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
紙屑かみくず南京豆なんきんまめ甘栗あまぐりの殻に、果物の皮や竹の皮、巻煙草まきたばこの吸殻は、その日当番の踊子の一人や二人が絶えず掃いても掃いても尽きない様子で
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
台所の方へも行ってみた。暗い入口のすみには、空いた炭俵の中へ紙屑かみくずめるようにしてあった。三吉は裏口の柿の樹の下へその炭俵をあけた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑かみくずのようになり、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるふるえ、声もなく泣きました。
注文の多い料理店 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「たいてい破損して、紙屑かみくずになりかかっていたものが多いからね、むろん保存がよかったら、手は届かなかったろうね」
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さて家に帰ってやって見るに一向竹にもならず、いたずらに紙屑かみくずを製造する。退屈はとうとう私に絵というものは思ったより憂鬱なものだと感じさせた。
健三の心は紙屑かみくずを丸めたようにくしゃくしゃした。時によると肝癪かんしゃくの電流を何かの機会に応じてほからさなければ苦しくって居堪いたたまれなくなった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、きょうはどうしたのか両腕を胸へ組んだまま、苦い顔をしてすわっていました。のみならずそのまた足もとには紙屑かみくずが一面に散らばっていました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
往来筋の掃除は、まだ人の出ん早朝のうちにいたしたがよろしかろう。あ、これ! それから、あそこに散らばっておる紙屑かみくず古下駄のたぐい、新しき年を
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
電線にひっかかっている紙屑かみくずのようなもの、——そういうものが彼になにかしら不吉な思い出を強請するのだ。
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
エプロンも、木の葉も、紙屑かみくずもまたダンスをしていたけれど、幸太郎の帽子はもうダンスをしませんでした。
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
もちろん警察飛行隊はすぐ出動して、嵐にまう紙屑かみくずのように、天空に吸いあげられていく町の人々や、木や、家や、牛や、馬や、犬などのあとをおいかけた。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
源吉の鼻をあかさなきゃア、この稼業かぎょうは今日限りしだ。足を洗って紙屑かみくず拾いでも何でもやりますよ
からだじゅうに脂汗を流し、もみくたになった紙屑かみくずのように動かなかった。だが、やっとして、彼の肩が波うちはじめた。虫の音ほどのすすり泣きが聞こえはじめた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ジャンパーのポケットに手をつっ込むと、おびただしい紙屑かみくずが指先に当る。何だろう。はっと気がつく。金だ。ほのぼのと救われる。よし、遊ぼう。鶴は若い男である。
犯人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ハイ……その外には、周囲まわりに詰めてありましたらしい古綿のほか、紙屑かみくず一つ見当りませぬ……こちらへお出で下さい。御本尊をお眼にかけましょうから。=後段備考参照=
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「お前は、俺があの汚い二階の紙屑かみくずの中に坐っている頃、毎夜こっそり来てくれたろう。」
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼らは二派に別れていた。俗衆的象徴主義者と僧侶的象徴主義者とだった。紙屑かみくず屋の哲学者、売笑女工の社会学者、パン屋の予言者、漁夫の使徒、などを彼らは歌わしていた。
うなりをあげて、鋪道ほどう紙屑かみくずやボロきれをさらって行き、直角に突き出された横文字の看板が、二十日鼠はつかねずみのようなキーキーした音をたてている——夕方からは、それに、雨もまじって
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そのやまいの伝染して顔もまだこの通りのさまながら紙屑かみくず拾いにでたるに、病後の身の遠くへはも行かれず、かごの物もえざれば、これでは線香どころか、一度の食事さえ覚束おぼつかなしと
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
孝子は新体詩を好んだので、美妙が、美しい詩ばかりでなく、「貧」というのでは、紙屑かみくず買いをうたっているといえば、錦子は、坑夫の詩もあるし、車夫の小説もあると負けずに言う。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
狭い室内だから塵はたちまち室内に飛び廻って久しく下へ落付きません。ボーイは大きな紙屑かみくず土瓶どびんこわれや弁当とすし明箱あきばこなんぞを室外へ掃き出しますが塵と細菌はそのまま置土産おきみやげにします。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「まあこんなに紙屑かみくずをお出しになって、ぼつちゃんはいけませんね。」
祖母 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
下宿の箱火鉢に紙屑かみくずを燃やして根気よく唐もろこしを焼く。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
書画、古着、手道具、骨董こっとう、武具、紙屑かみくずに至るまで、それぞれを専門とする上方訛かみがたなまりの商人の声が、屋敷町の裏をうるさく訪れて廻っている。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紙屑かみくずのように黄色く汚らしくなったのを、気にして一つ一つ取って捨て、あとに雄蘂おしべひげのように残ったのをも、丹念にむしって行くのであった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
商店は残らず戸を閉め、宵のうちにぎやかな露店も今は道端にあくた紙屑かみくずを散らして立去った後、ふけ渡った阪道には屋台の飲食店がところどころに残っているばかり。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
パンの破片かけら紙屑かみくずうしほねなど、そうしてさむさふるえながら、猶太語エヴレイごで、早言はやことうたうようにしゃべす、大方おおかた開店かいてんでもした気取きどりなにかを吹聴ふいちょうしているのであろう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
お奉行さまが要れば牢番ろうばんも要る、米屋も桶屋おけやも、棒手振ぼてふり紙屑かみくず買いも、みんなそれぞれに必要な職だ。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかもそこには、紙屑かみくずだとかミカンや南京豆の皮などが、一杯にちらばっていて、うっかり歩いていると、気味の悪いものが、べったり足の裏にくっつく、ひどい有様だ。
百面相役者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「こんな書籍ほんを並べて置いたって、売ると成れば紙屑かみくず値段ねだんだ」——こう言うほど商人気質しょうにんかたぎの父ではあったが、しかし三吉はこの老人の豪健な気象を認めずにはいられなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こんなものは紙屑かみくず同然だとおっしゃる、ばちが当りますよ、どんなお札にだって菊の御紋が付いているんですよ、でもまあ、そうしてお金だけで事をすましてくれるお百姓さんはまだいいほうで
やんぬる哉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
冬の日の当ったアスファルトの上には紙屑かみくずが幾つもころがっていた。それらの紙屑は光の加減か、いずれも薔薇ばらの花にそっくりだった。僕は何ものかの好意を感じ、その本屋の店へはいって行った。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこにも風があって、白い紙屑かみくずが生き物のように街上まちを走っていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
街に落ちていた煙草たばこの吸殻も、紙屑かみくずも空に舞上まいあがって踊るのでした。
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
通行人の顔、ビラ、落書、紙屑かみくずのようなもの、それらは死が彼のために記して行った暗号ではないのか。どこへ行ってもこの町にこびりついている死のしるし。——それは彼には同時に九鬼の影であった。
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しきりにちりの中より紙屑かみくずを拾い出し、これをばかごに入れ居たり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
然し、握っていた藩札が、みな紙屑かみくずになってしまうかと恐れた町人たちも、後では彼等自身すこし気恥かしくなったように落着き込んだ顔にかえった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その真暗な茫々ぼうぼうたる平地は一面の古沼であって、其処そこに沢山のはすが植わっていたのである。蓮はもう半分枯れかかって、葉は紙屑かみくずか何ぞのように乾涸ひからびている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その途中に家並がとぎれて空地つづきになったところがある、右も左も荒れた草原で、いかにも場末らしくやたらに紙屑かみくずだの空罐あきかんだのの塵芥じんかいが汚ならしく捨ててあるんだ。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
六篇もいつとはなく紙屑かみくずにしてしまったが、その中で、自叙伝めいた一篇だけは、さすがに捨てがたい心持がしたと見えて、今もって大切に押入の中の古革包ふるかばんにしまってある。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
振向けば、巨大なる舟型を為した谿谷が、真黒な口を開き、その憂鬱な断崖の底には、今彼等を運んで呉れた二羽の白鳥が、真白な紙屑かみくずの様に浮んでいるのが、心細く眺められます。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そうして、さっさと私は歩く。子供のおやつ、子供のおもちゃ、子供の着物、子供の靴、いろいろ買わなければならぬお金を、一夜のうちに紙屑かみくずの如く浪費すべき場所に向って、さっさと歩く。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
ひょいと見ると、目のまえには、じぶんのいたご馳走ちそうやら、馬のふんやら紙屑かみくずやらで、きれいな物は一つもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だからいま治助の話を聞き、おそらくおはちとしめし合せての駆落ちだろう、と推察したとたん、自分の信頼が紙屑かみくずのように無視され、裏切られたことを悟って絶望した。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何かといえば、その部屋の腰壁こしかべと垣の間に落ちていた丸い紙屑かみくずだ——雨に打たれた様子もなく、フワリと草の上に浮いているのは、捨てたばかりの手拭紙てふきがみに相違ない。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょっとでも手があけば、家の内外の掃除をし、隣り近所の分まで紙屑かみくずを掃いたり草を抜いたりするし、誰もいやがって手をつけないどぶ掃除も、月に一度はすすんでやった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)