かわら)” の例文
暑いを吸うていたかわらすな鬼魅きみ悪くほかほかしていた。その時莚包むしろづつみ焼明たいまつを持って背の高い男が、を持った角顔の男のほうを見て
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
河が少し開けてかわらに下り立つと、水の流れた跡が箒で掃いたように残っている砂地には、鹿や羚羊かもしかの足跡が無数に印せられている。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
うしろの犀川さいかわは水の美しい、東京の隅田川ほどの幅のある川であった。私はよくかわらへ出て行って、鮎釣りなどをしたものであった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
かわらへ立つと、寒さに、骨が鳴った。石ころだの、水溜りだの、こおっている足袋たびの先が痛い。夜更よふけまで彼は荻江節おぎえぶしを流して歩いた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六時、朝食をすまし、右手のかわらにつき、最近の鞍部目的に登る、僅か十町つい目先きのようだ、が険しくて隙取ひまどれ、一時間ばかりかかった。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
千年の銀杏いちょうけやき、杉など欝々蒼々うつうつそうそうと茂った大国魂神社の横手から南に入って、青田の中の石ころ路を半里あまり行って、玉川たまがわかわらに出た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
まるで猿に退化した狂躁曲の乱戦乱舞を演じて、やっと瀑の上のかわらに下りた。ものの二三丁の距離に一時間余を費して一行はもう腹が減った。
登山は冒険なり (新字新仮名) / 河東碧梧桐(著)
被服廠ひふくしょうの惨状を見ることを免れた私は、思わぬ所でこの恐ろしい「死骸のかわら」を見なければならなかったのである。(大正十二年十二月、渋柿)
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
はすでに十一時に近づきぬ。かわら凄涼せいりょうとして一箇ひとり人影じんえいを見ず、天高く、露気ろきひややかに、月のみぞひとり澄めりける。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
カガヤン渓谷に連なる一支流であるらしく、かわらの中を白い水は泡立ちつつ流れ、果ては夕霧の中に消えていた。視野はことごとく黄昏たそがれのいろである。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
まんざら樹の根や石のかわらで出来て居る人間でないから幾分か心の動かぬ事もないが、そんな馬鹿な事をやった日には自分の本職に背く訳でも堕落であるし
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
木の葉どころか、木そのものさえ(宿営地の近傍きんぼうを除いては)、容易に見つからないほどの、ただ砂と岩とかわらと、水のない河床との荒涼たる風景であった。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「温泉の町のかわらに尽くる夜寒かな」——それから四、五年して、ある人のところで、「夜寒」という題を課せられたとき、わたしは、こうした句をつくった。
春深く (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
広いかわらは土手よりも一段低く、昔のように栃の大木の根元から、小径こみちを伝わって降りるようになっています。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
喬は丸太町の橋のたもとから加茂かわらへ下りて行った。磧に面した家々が、そこに午後の日蔭を作っていた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
冬の最中とはいえ真青に常緑樹の繁った山々、それからかわらの白い砂、ぬくぬくとした日ざし——帆村はすっかりいい気持になって、ブラブラと橋の上を歩いていった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
四條のかわらにまだ川床が殘つてゐて枝豆賣の赤い提灯が篝火の中を縫つて歩く八月の末であつた。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
路は荒川に沿えどかわらまでは、あるは二、三町、あるいは四、五町を隔てたれば水の面を見ず。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夏のかわらの容子にしても味があった。川幅がもっと広くて、浅い水がゆるゆると流れていた。
京のその頃 (新字新仮名) / 上村松園(著)
石川河のかわらに近く庵室あんしつをしつらえさせて、昔物語の姫君のように、下げ髪に几帳きちょうを立て、そこに冥想めいそうし、読書するという富家ふうかひとは、石の上露子とも石河の夕千鳥とも名乗って
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
吸殻を叩いて煙草入れを袂へ落すと、やっこらさと起ちあがり、まるでごんどう鯨でも扱うように襟を掴んでズルズルとかわらへ引きあげる。衿をおしあけて胸のほうへ手を差し入れ
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
小石のかわらとなって、高根黄菫たかねきすみれがところどころに咲いている、偃松がたった一株、峰から押し流されたように、手を突いて這っている、そのしわだらけの絶壁を這い上ろうとしたとき
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
自分一人がかわらへ居残つて、一時間ばかりも一服喫つた後、短い竿を操縦して静かに岸近いところを釣ると、日中は深いところに隠れてゐた大きな鮎が、どこからともなく集つて来て
水垢を凝視す (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
七条から一条まで横につらぬいて、けぶる柳の間から、ぬくき水打つ白きぬのを、高野川たかのがわかわらに数え尽くして、長々と北にうねるみちを、おおかたは二里余りも来たら、山はおのずから左右にせまって
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或時は一里も二里も水のない石許りのかわいたかわらを追っかけられる様に急ぎ、又時には強い色の芥子畑や、わたの様な花の咲く村を土人の子供に囃されつつ過ぎた事もあり、行っても行っても
梟啼く (新字新仮名) / 杉田久女(著)
地形図の上で黙示するすばらしい岩壁フルー、連続する瀑布、三角州デルタのような広いかわら、塗りつぶしたような奥深い原始林などによってわれわれをあやしくひきつけてからどのくらい日がたったことであろう。
二つの松川 (新字新仮名) / 細井吉造(著)
その道この道に去り来る馬子らも、行き逢う旅人らも、暫時たたずみてはるかにゆく一行をながめやりぬ、早や一里余も来ぬると思うころ、大仏と言う川の堤に出て、また一町余にして広々たるかわらに下り
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
二町ほど離れた目黒川の河原で、別所家の留守宅にいた浪人たちが、たくましい裸をさらして水浴びをしたり、かわらへ寝転がったりまた相撲を取ったりしているのが見え、遠慮もなく喚きちらす声が聞えた。
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一人は、刀を押えて、かわらの方へ小走りに歩み出した。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
おなか かわらへ下りて、川の水を飲みましょう。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
私はそんなとき、手桶をもって、すぐかわらへ出てゆくのであった。庭から瀬へ出られる石段があって、そこから川へ出られた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それを聞くと莚包むしろづつみ焼明たいまつを持った背の高い男は、首をすくめるようにして口をつぐんでしまった。そして、一行は無言になってかわらすそへ往った。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かわらと人の手のあとの道路や家屋を示すちとの灰色とをもてえがかれた大きな鳥瞰画ちょうかんがは、手に取る様に二人が眼下にひろげられた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それへ、ほかほかとこうらを干した、の葉に交って青銭の散ったさまして、大小の亀はウ二十、かわらの石の数々居た。中には軽石のごときが交って。——
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……ははは、平家の亡ぶ日が、眼に見えるようだっ。おぬしの入道首がかわらの烏についばまれる日が、眼に見ゆるわ!
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はっと両腕で胸を抱き、くびを内側に曲げたまま瞬間花田は佇立ちょりつしたが、そのまま棒を倒すように前にのめりかわらにたおれた。額が土にぶっつかる音が鈍く響いた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ひょろひょろころげかけるところを無手むずと私のえりをひっつかまえて、まるでさいかわらの子供が鬼にふんづかまえられて行くような具合に、柵外へつかみ出されてしまった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そうした床几の彼方此方には、魚釣りがあったり馬駆け場があったり、影絵、手妻師があったり、甘酒や善哉ぜんざいの店が出されていたり、兎に角かわら一杯そうしたもので埋まってしまっていた。
京のその頃 (新字新仮名) / 上村松園(著)
かわら錫杖しゃくじょう立てて歌よむ行脚あんぎゃなど廻り燈籠のように眼前に浮ぶ心地せらる。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おまえも知っているとおり、彼らはそこで美しい結婚をするのだ。しばらく歩いていると、俺は変なものに出喰でくわした。それは溪の水が乾いたかわらへ、小さい水溜を残している、その水のなかだった。
桜の樹の下には (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「飯島の家はともかく、恵那にある土地ってのは、付知川べりのひどい荒地で、水のれたかわらのつづきに、河原撫子なでしこが咲いている写真を見たことがあったわ。あんなもの、財産なんていうのかしら」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
手をこまぬいてかわらに座すのみである。
水垢を凝視す (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
二人が淡竹はちくの間のみちかわらの方におりて土橋にかかったところで、与右衛門は不意に累の荷物に手をかけて突き飛ばした。
累物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
且つちり乱るる、山裾の草にほのめいた時は、向瀬むこうせの流れも、低いかわら撫子なでしこを越して、駒下駄に寄ったろう。……
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秋になるとすぐに解るのは、上流のかわらの草むらが茜に焦げ出して、北方の白山山脈がすぐに白くなって見えた。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
悪寒おかんが背を絶えず走り、力無い眼を見開いて宇治は引きずられるように歩いた。海軍の兵隊がかわらで何人も、何の為にするのか石を運搬しているのが遠く視野をかすめた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その辺はやはりかわらで沼の原になって居る。行くこと一里半ばかりにして白い砂原に着いた。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
村の人になったとし、玉川のかわらからぬいて来た一本の月見草が、今はぬいて捨てる程にえた。此頃は十数株、すくなくも七八十輪宵毎よいごとに咲いて、黄昏たそがれの庭に月が落ちたかと疑われる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今日は主人が何かつよい決心を眉宇びうにもって、にわかに参内するらしい途中でもあるので、箭四郎はいそげといわれながら、道を迂回うかいして、三条のかわらから仮橋を越えて、十禅師じゅうぜんじの坂へかかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本流からわかれた一条ひとすじの流れがななめに来てかわらすそで岸の竹藪たけやぶに迫っていたが、そこには二三そうの小舟がとびとびにつないであった。四人はその小舟の方へ往った。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)