田端たばた)” の例文
田端たばたへ着くともういよいよ日が入りかけた。夕日に染められた構内は朝見た時とはまるでちがったさらにさらに美しい別の絵になっていた。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「試験がすんだなら、すぐ殿様の所へ、お礼に行くんだぞ。」と、言はれてゐたので、田端たばたの丘の上にある、山野やまの子爵家に、たづねて行きました。
硯箱と時計 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
田端たばただの、道灌山どうかんやまだの、染井そめいの墓地だの、巣鴨すがもの監獄だの、護国寺ごこくじだの、——三四郎は新井あらい薬師やくしまでも行った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
田端たばた停車ていしやしたときその立上たちあがつて、夕靄ゆうもやにぽつとつゝまれた、あめなかなるまちはうむかつて、一寸ちよつと会釈ゑしやくした。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あの節お招きを頂きながら田端たばたのアトリエへうかがわなかったのを、いまでも大層残念に思っております。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
わが裏庭の垣のほとりに一株の臘梅らふばいあり。ことしもまた筑波つくばおろしの寒きに琥珀こはくに似たる数朶すうだの花をつづりぬ。こは本所ほんじよなるわがにありしを田端たばたに移し植ゑつるなり。
臘梅 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
北京から帰朝したのは三十六年の七月で、帰ると間もなく脳貧血症にかかって田端たばたに閑居静養した。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
堤の南は尾久おぐから田端たばたにつづく陋巷ろうこうであるが、北岸の堤に沿うては隴畝ろうほと水田が残っていて、茅葺かやぶきの農家や、生垣いけがきのうつくしい古寺が、竹藪や雑木林ぞうきばやしの間に散在している。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あすこは先輩の山上さんの奥にある借家ですから、何かにつけ窮屈なんでしょうか、今度田端たばたの方へ家を見つけて、そこへ引き移るそうですから、金がいるんでしょう。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
田端たばた日暮里にっぽりのあたりのすすけたような風景や、みんなの住んでいた灰色の小さな部屋々々や、毎夜のようにみんなと出かけていった悲しげな女達の一ぱいいたバアや、それから
省線田端たばた駅を下りて西側に入り、すぐ右手の丘をのぼり切るとそこに目賀野邸があった。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
レコードが鳴っている。私は田端たばたの自笑軒の前を通って、石材屋の前のおどけたたぬきのおきものを眺めたり、お諏訪すわ様の横のレンガ坂をあてもなく登ってみたりした。小学生が沢山降りて来る。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
二三日過ぎてから、急に私は寺を引き払って田端たばたの方へ移転した。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
田端たばた大龍寺。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
田端たばた辺りでも好い。広々した畑地に霜解けを踏んで、冬枯れの木立の上に高い蒼空を流れる雲でも見ながら、あてもなく歩いていたいと思う。
枯菊の影 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さうして、ふわ/\して諸方ほう/″\あるいてゐる。田端たばただの、道灌山だの、染井の墓地だの、巣鴨の監獄だの、護国寺だの、——三四郎は新井あらゐ薬師やくし迄も行つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
この日、避難民の田端たばた飛鳥山あすかやまむかふもの、陸続りくぞくとして絶えず。田端もまた延焼せんことをおそれ、妻は児等こらをバスケツトに収め、僕は漱石そうせき先生の書一軸を風呂敷ふろしきに包む。
三十六年、支那から帰朝すると間もなく脳貧血症を憂いて暫らく田端たばたに静養していた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
が、興行こうぎやうをり桟敷さじきまた従兄弟いとこ住居すまゐで、かほはせれば、ものをはす、時々とき/″\ふほどでもないが、ともに田端たばたいへおとづれたこともあつて、人目ひとめくよりはしたしかつた……
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
父方の、四つ木や立石たていし親戚しんせきの人々もきた。私の小さい時からうちの弟子でしだったもの、下職だったものたちも入れかわり立ちかわり来た。それから母方の、田端たばたのおばさんたちも来た。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
松川と田端たばた世帯しょたいをもっている時分は、それはひどい困り方だったのよ、松川は職を捜して、毎日出歩いてばかりいるし、私は私で原稿は物にならないし、映画女優にでもなろうかと思って
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
神田から田端たばたまでのみちのりを思うと、私はがっかりして坐ってしまいたい程悲しかった。街の燈はまるで狐火のように一つ一つ消えてゆく。仕方なく歩き出した私の目にも段々心細くうつって来る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
子規の葬式の日、田端たばたの寺の門前に立って会葬者を見送っていた人々の中に、ひどく憔悴しょうすいしたような虚子の顔を見出したことも、思い出すことの一つである。
高浜さんと私 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
田端たばたの小川のふちにすわったこともあった。その時も一人ではなかった。迷羊ストレイ・シープ迷羊ストレイ・シープ。雲が羊の形をしている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし東京の大火の煙は田端たばたの空さへにごらせてゐる。野口君もけふは元禄袖げんろくそでしやの羽織などは着用してゐない。なんだか火事頭巾づきんの如きものに雲龍うんりゆうさしと云ふ出立いでたちである。
田端たばた世帯しょたいをもつことになった葉子の話で、だんだん明瞭めいりょうになったわけだったが、そっちこっちの人の手をめぐって、とにかくそれがある程度の訂正を経て、世のなかへ送り出されることになったのは
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
勿論もちろん田端たばたからかへりがけに、ぐにそのいへ立寄たちよつたのであるが。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
停車場まで来ると汽車はいま出たばかりで、次の田端たばた止まりまでは一時間も待たなければならなかった。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この度は田端たばたの人々を書かん。こは必ずしも交友ならず。むしろ僕の師友なりと言ふべし。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かつて美禰子と一所に秋のそらを見た事もあつた。所は広田先生の二階であつた。田端たばたの小川のふちすはつた事もあつた。其時も一人ひとりではなかつた。迷羊ストレイシープ迷羊ストレイシープくもひつじかたちをしてゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
省線で田端たばたまで行く間にも、田端で大宮行きの汽車を待っている間にも、目に触れるすべてのものがきょうに限って異常な美しい色彩で輝いているのに驚かされた。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
殊に田端たばたのポプラア倶楽部クラブ芝生しばふに難を避けてゐた人人などは、背景にポプラアのそよいでゐるせゐか、ピクニツクに集まつたのかと思ふ位、如何いかにも楽しさうに打ちけてゐた。
それから三人はもとの大通りへ出て、動坂から田端たばたたにりたが、りた時分には三人ともただあるいてゐる。貸家かしやの事はみんな忘れて仕舞つた。ひとり与次郎が時々とき/″\石の門の事を云ふ。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
谷中の台地から田端たばたの谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲わんきょくした小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。
中村彝氏の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それから三人はもとの大通りへ出て、動坂どうざかから田端たばたの谷へ降りたが、降りた時分には三人ともただ歩いている。貸家の事はみんな忘れてしまった。ひとり与次郎が時々石の門のことを言う。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉が落ち散つたあとの木の間がほがらかにあかるくなつてゐる。それに此処ここらは百舌鳥もずがくる。ひよどりがくる。たまに鶺鴒せきれいがくることもある。田端たばた音無川おとなしがはのあたりには冬になると何時いつ鶺鴒せきれいが来てゐる。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
田端たばたの停車場から出て、線路を横ぎる陸橋のほうへと下りて行く坂道がある。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)