無慙むざん)” の例文
真新しい紅白の鈴の緒で縛り上げられた中年者の男が、二た突き三突き、匕首あいくちで刺されて、見るも無慙むざんな死にようをしているのです。
外で揉み合っていた連中は一時に小屋の中へ雪崩なだれこんだ。お芳も逃げるに逃げられないで無慙むざん羞恥はじを大勢のうしろに隠していた。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほこりをかぶって、カサカサに枯死した姿を見るのは、子供心にも無慙むざんだった。その福寿草の野生の姿を俺は根室へ来て初めて見たのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
雰囲気の醸成を企図する事は、やはり自涜じとくであります。〈チエホフ的に〉などと少しでも意識したならば、かならず無慙むざんに失敗します。
芸術ぎらい (新字新仮名) / 太宰治(著)
震災の当日、その時びっくりして戸外に飛び出した私の目に、八階から上が折れてなくなった、浅草公園の十二階の無慙むざんな姿が映った。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
夥しい書籍が——数百枚の重い粘土板が、文字共のすさまじいのろいの声と共にこの讒謗者の上に落ちかかり、彼は無慙むざんにも圧死した。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
仏の心に反する行為にちがいない。そう思って、僕はただ堪えることを考えていた。無慙むざんな壊滅に堪えうるかどうか、それはわからない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
今まで着物の袖で隠れていた手首の根元の方は、ひじの所から無慙むざんに切落されて、切口には、赤黒い血のりが、ベットリとくっついていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
首をねた後の屍骸なきがらを、無慙むざんな木曽家の奴ばらは巴ヶ淵へ蹴込んだのだ。いまだに私の屍骸は、巴ヶ淵の底にある。そればかりではない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おそらく丈夫な葉が、スクスク延びているのを、そのままでは送りにくいので、無慙むざんにも押っぺしょってくるくると縛りつけたのであろう。
雪割草の花 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
それは貴方のせいで美しかったのでございます。それなのに貴方はとうとうわたくしを無慙むざんにもてておしまいなさいました。
可惜あたら、鼓のしらべの緒にでも干す事か、縄をもって一方から引窓の紐にかけ渡したのは無慙むざんであるが、親仁おやじが心は優しかった。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なんという無慙むざんな殺し方であろう、みんな頭蓋骨を一撃で粉砕されている。震える手で次々と調べて行くうち一人だけかすかに息のある者がいた。
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
道鏡の悲歎は無慙むざんであった。葛木山中の岩窟に苦業をむすんだ修錬のかげもあらばこそ。外道の如き慟哭どうこくだった。一生の希望が終ったようだった。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
友は蔦蘿つたかづらの底に埋れたる一たいの石を指ざして、キケロの墓を見よといへり。是れ無慙むざんなる刺客せきかくの劍の羅馬第一の辯士の舌をもだせしめし處なりき。
それは今現に無慙むざんな戦争がこの地上を息苦しくしている時に、かつての人類はどのような諦感ていかんで生きつづけたのか、そのことが知りたかったからだ。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「あっ、怪我をした!」チョコレート色の絹の靴下は、見るも無慙むざんに斜に斬れ、その下からあらわに出た白いすねから、すーっと鮮血せんけつが流れだした。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と云ううち今一人の武士さむらいは引抜いて切って掛る、無慙むざんに切られるような圖書でない。処へ眞葛周玄が駈けて来るという、一寸ちょっと一息してあとを申上げます。
いまだにそのまわりの伝法堂などは板がこいがされているが、このまえ来たとき無慙むざんにも解体されていた夢殿だけは、もうすっかり修理ができあがっていた。……
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あんなにも信頼していた数字、日附に、無慙むざんにも裏切られた鷲尾老人が、遂に卒倒してしまったのだ。
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
この十日程のなやみで、げっそりせた女の頬。男のあごもまた無慙むざんに尖ってしまったのを女は見た。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一郎も澤も、乙子と養子の無慙むざんな死に対し、又あんまり無雑作むぞうさに人間が圧倒された自然現象に対して、腹立たしい自棄やけの心持から、死んでもおしくないような気持だった。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
余の全心全力をなげうち余のいのちを捨てても彼を救わんとする誠心まごころをも省みず、無慙むざんにも無慈悲にも余の生命いのちより貴きものを余の手よりモギ取り去りし時始めて予察よさつするを得たり。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
みと子夫人は裁縫の名手だから高次郎氏の死後の生活の心配は先ず無くとも、見ていても出来事は少しこの家には早すぎて無慙むざんだった。加藤家はその後すぐ人手にわたった。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
其の自若として無慙むざん蜚説ひせつに意を留めざるは、恐らくは此の辺の観察もあるに依るなるべし。
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
Uneユヌ persuasionペルシュアジョン puissanteピュイッサント etエエ chaleureuseシャリヨナリヨオズ である。そして己の目は無慙むざんに、抗抵なくこの話に引き入れられて、同じ詞を語る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのお粂の驚きは彼女がささげようとする身を無慙むざんにも踏みにじるようなものであり、ただ旦那が情にもろいとかなんとかの言葉で片づけてしまえないものであったという。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
誠に無慙むざんなる次第しだいなれども、おのずから経世けいせい一法いっぽうとしてしのんでこれを断行だんこうすることなるべし。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
結婚はすっかり政略結婚になって、夫婦の情愛とか、母子の愛情は無慙むざんに蹂みにじられた。
私たちの建設 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「餓鬼に訊いてみるがええでねえか。木偶でくの坊奴! よくもあつかましく訊けたもんだね!」と、云いざま、発作を起して子供の足を捉えて吊り下げると、無慙むざんにも背中を打ち叩いた。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
椴松の、丸太の、美女の胴体の、今のこの無慙むざんである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
無慙むざんくちびるみて、宮は抑へ難くも激せるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
無慙むざんにも刺し貫かれた、これが読めるか。
無慙むざん!」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
眞新しい紅白の鈴ので縛り上げられた中年者の男が、二た突き三突き、匕首あひくちされて、見るも無慙むざんな死にやうをして居るのです。
「疑いなく、昨年十月以来、まる一年、荒木村重のために、城中に監禁かんきんされて、無慙むざんな目においになっていたものと思われまする」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども、あれも亦、考えてみると、猫が老婆に化けたのでは無く老婆が狂って猫に化けてしまったのにちがいない。無慙むざんの姿である。
女人訓戒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それをば、無慙むざんにも鉄板の上に乗せて焼いているのは、何か丑三詣うしみつまいりに似た呪いの所業でも行なっているような気がし出したのだ。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
我心に従えと強迫すれど、聞入れざるを憤り、日に日に手暴てあら折檻せっかんに、無慙むざんや身内の皮は裂け、血にみて、紫色に腫れたるあとも多かりけり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
掻かれた雪はあらしあおられ濛々もうもうと空へ立ち昇る。その下から現われたのは無慙むざんな権九郎の死骸である。さっと狼は飛びかかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
主人は昨夜、寝室へ来てから、無慙むざんなほど、やつれはてておりましたのです。苛々いらいらと、寸時も居たたまらぬていで、脅えきっている様子でした。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
見るも無慙むざんな努力を続けて、とうとう気嚢の上によじ昇り、その平な中央に、ヨロヨロと立上って、図太くも、追手の船を迎える様に、身構えた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
妙に期待めいたものは寸毫すんごうもなく、狂おしくも無慙むざんな、苦しみを伴なった思い出なのではあるが……
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
さてその初戀の眞のあたひまれ、かくまれ、その君が心に充牣したるもの、今や無慙むざんにも引き放ちて棄てられ、その跡は空虚になりぬ。この空虚は何物もてうづむべきか。
無慙むざんな季節にあおられて、生徒達はひどく騒々しく殺伐になっていた。旗行列の準備で学校中が沸騰している時も、彼はひとり職員室に残りぼんやりと異端者の位置にいた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
其の方は去る十五日の、大伴蟠龍軒の屋敷へ踏込ふんごみ、家内の者四人、蟠龍軒舎弟しゃてい蟠作ばんさく殺害せつがいいたしたな、なんらの遺恨あって、何者を語らって左様な無慙むざんなる事を致したか
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
加奈江は時を二回分けて、彼の手、自分の手で夢中になってお互いをたたきあった堂島と、このまま別れてしまうのは少し無慙むざんな思いがあった。一度、会って打ち解けられたら……。
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
丘の中腹に大きな石で囲った深い横穴があり、無慙むざんにもこわされた入口(いまは金網がはってある……)からのぞいてみると、その奥の方に石棺らしいものが二つ並んで見えていました。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
組長さんの無慙むざんな宣告の下に弁慶はひとたまりもなくべそをかいてしまった。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
僕等は無慙むざんにもひろげられたみちを向う両国りやうごくへ引き返しながら、偶然「たいちやん」のうちの前を通りかかつた。「泰ちやん」は下駄屋げたや息子むすこである。僕は僕の小学時代にも作文は多少上手じやうずだつた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)