湿)” の例文
旧字:
きょうもまた無数の小猫の毛を吹いたような細かい雨が、磯部いそべの若葉を音もなしに湿らしている。家々の湯の烟りも低く迷っている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一条ひとすぢ山径やまみち草深くして、昨夕ゆうべの露なほ葉上はのうへにのこり、かゝぐるもすそ湿れがちに、峡々はざま/\を越えて行けば、昔遊むかしあそびの跡歴々として尋ぬべし。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
私は体の休まるとともに、万感胸に迫って、涙は意気地なく頬を湿らした。そういう中にも、私の胸を突いたのは今夜の旅籠代はたごだいである。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
うつむけた顔は、一めんに、湿れて、熱いものが、あとからあとから、きちんと並べて坐った膝の上に、ぼとりぼとりと落ちつづけた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
短い破れたはかまには、雪がかかって湿れている。——足には足袋たび穿かずに、指は赤く海老のように凍えていた。翁は、おごそかに
(新字新仮名) / 小川未明(著)
湿れた糸は自由に電気を通す。フランクリンは危険を忘れてその指で盛んな火花を出して、雷の秘密をぬすんだ歓びに夢中になつてゐました。
まあ、おはやくいらつしやい、草履ざうりうござんすけれど、とげがさゝりますと不可いけません、それにじく/\湿れててお気味きみわるうございませうから
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それが今雨に湿れてゐるのでひどく古びて重さうに見えるが、兎に角可なり其昔の立派さが偲ばれると同時に今の甲斐無さが明らかに現はれてゐるのであつた。
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
独照は女を庫裏くりに連れ込み、湿とほつたその着物を脱がせて鼠色の自分の着物をせてやつた。
ようやくベールエックの宿の前へ出ると先に着いた担架は、岩のむこうをなそいに下りて、雨の中をしょぼしょぼ湿れてゆく様子、私はふとパルシファルの舞台をおもい起して
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
見る見るうち満月が木立を離れるに従い河岸かわぎしの夜露をあびたかわら屋根や、水に湿れた棒杭ぼうぐい、満潮に流れ寄る石垣下の藻草もぐさのちぎれ、船の横腹、竹竿たけざおなぞが、逸早いちはやく月の光を受けてあおく輝き出した。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「そのとき堂の中は湿れていたと言いましたね」
今日もまた無数の小猫の毛を吹いたような細かい雨が、磯部の若葉を音もなしに湿らしている。家々の湯のけむりも低く迷っている。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お春は我家に近いあたりを送りの駕籠かごでゆられていたが、ふと泣き湿れた顔を拭いて、垂師たれをはねて駕籠かきに言いました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
昨夜は淵明が食を乞ふの詩を読みて、其清節の高きに服し、今夜は惨憺さんたんたる実聞をものして、思はず袖を湿らしけり。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
私は毛布を頭から被って耳朶みみたぶの熱するのを我慢して早く風をなおそうと思って枕や、寝衣ねまきがびっしょり湿れる程汗を取った。これで明日は癒りそうだ。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
此の六本の雄蕋も取つて了ふ。こんど残つたのは、底が脹れて、上の方が小さくなつて、頭の上は粘々したもので湿れてゐる。これは雌蕋しずいと云つて、底の脹れたところを
身体は汗に湿れてぐったりしたのを、すっかり拭いてナイトシャツに着かえさせてくれた。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
右手に鐘楼しょうろうがあって、小高い基礎いしずえの周囲には風が吹寄せた木の葉が黄色くまたはあか湿いろを見せており、中ぐらいなおおきさの鐘が、ようやせまる暮色の中に、裾は緑青ろくしょうの吹いた明るさと
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
見る/\うち満月が木立こだちを離れるに従ひ河岸かはぎし夜露よつゆをあびた瓦屋根かはらやねや、水に湿れた棒杭ぼうぐひ満潮まんてうに流れ寄る石垣下いしがきした藻草もぐさのちぎれ、船の横腹よこはら竹竿たけざをなぞが、逸早いちはやく月の光を受けてあをく輝き出した。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
(何にしても貴僧あなたには叔母おばさんくらいな年紀としですよ。まあ、お早くいらっしゃい、草履もようござんすけれど、とげがささりますといけません、それにじくじく湿れていてお気味が悪うございましょうから。)と向うむきでいいながら衣服きもの片褄かたつま
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨に湿れ朽ちてはいたが、確かにそれと認められたので、紇はいよいよ悲しみ怒って、そのゆくえ捜索の決心をますます固めた。
すると、くろいしが、夜露よつゆにしっとりと湿れて、広場ひろばなかで、つきひかりらされてかがやいているゆめました。
山へ帰りゆく父 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、言いかけて、哀しみの涙か、くやし泣きか、ハラハラと、青白い頬を、湿らすのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
かわらに草が生えている、それが今雨に湿れているのでひどく古びて重そうに見えるが、とにかくかなりその昔の立派さがしのばれると同時に今の甲斐かいなさが明らかに現われているのであった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
定連じょうれんのやうに毎晩寄つてくれる近所の若い人たちも、今夜は湯帰りの湿手拭てぬぐいをぶら下げながら黙つて店の前を通り過ぎてしまふんです。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
ただ湿れたブリキ屋根に青い光が落ちて、東、西の黒い森にも青みをんだ光りは流れていた。
抜髪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
夜毎に小袖の袖袂を、湿らさずにはいられない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そこらの井戸の水か何かで髪をぬらしたり着物を湿らしたりして、草履屋の店へたずねてゆくと、丁度に亭主は留守で女房ひとりのところ。
半七捕物帳:44 むらさき鯉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大かた子供たちの仕事であろうが、青々と湿れた菖蒲の幾束が小桶に挿してあったのも、なんとなく田舎めいて面白かった。
風呂を買うまで (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかしその衣服はびしょ湿れになっていて、からだには悪寒さむけがするので、彼は早々にそこを立ち去って、近所の村びとの家に一夜を明かした。
しかも着物の裾をも引き揚げないで、湿れるがままにびちゃびちゃと歩いていた。誰かと喧嘩けんかして、台所からでも飛び出して来たのかも知れない。
御堀端三題 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
色は少し黒いが容貌きりょうは決してみにくい方ではなかった。娘は湿れた番傘を小脇に抱えたままで、堂の前に久しくひざまずいていた。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
滝は折々に風にしぶいて、夏の明るい日光の前に小さい虹を作った。湿れた苔は青く輝いた。あるものは金色こんじきに光った。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「はは、眉毛を湿らすほどの事はありません。それは狐でも何でもない、本当のお糸なんですよ」と、老人は又笑った。
半七捕物帳:52 妖狐伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
気味の悪いあぶら汗が襟もとにねばり付いて、絶えずそれを拭いているハンカチーフが絞るように湿れてしまいました。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかも着物のすそをも引き揚げないで、湿れるがままにびちゃびちゃと歩いていた。誰かと喧嘩して、台所からでも飛び出して来たのかも知れない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
頂上の方からむせび落ちて来る水が岩や樹の根にかれて、狭い山路を横ぎって乱れて飛ぶので、草鞋わらじ湿らさずに過ぎる訳には行きませんでした。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
このごろの日和ひよりくせで、冷たい潮風が吹いて来ると、つづいて雨の来るのが習い。湿れぬうちに戻りましょうか。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
手足の泥を洗って、湿れた着物を着かえて、藤吉はさも疲れ果てたように長火鉢の前にぐったりと坐った。
半七捕物帳:44 むらさき鯉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
路ばたには名も知れないいろいろの草花が一面に咲きみだれて、それが冷たい朝霧にしっとりと湿れている風情は、なんともいえないほどに美しいものでした。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蓑笠みのかさの人が桑をになって忙がしそうに通る、馬が桑を重そうに積んでゆく。その桑はむしろにつつんであるが、柔かそうな青い葉はゆでられたようにぐったりと湿れている。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やがて雲も収まり、空も明るくなったので、かの軒の下にあつまって瞰あげると、土龍は元の通りに帰っていたが、そのうろこつのもみな一面に湿れているのを発見した。
三、四人の味方には途中ではぐれてしまって、彼ひとりが雨のなかを湿れて走った。しかも方角をどう取違えたか、彼は千住に出た。千住の大橋は官軍が固めている。
夢のお七 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
半七はお葉の死骸の左手をとって、その小指をよく視ると、小さい膏薬が湿れたままで付いていた。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かれは更に薄暗い行灯のかげで女の姿をよく視ると、女の髪は水を出て来たように湿れていた。
半七捕物帳:44 むらさき鯉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
康煕こうき年間のある秋に霖雨ながあめが降りつづいて、公の祠の家根やねからおびただしい雨漏りがしたので、そこら一面に湿れてしまったが、不思議に公の像はちっとも湿れていない。
折りからの時雨に湿れながらまず六条の柳町をたずねると、そこには兄の姿が見付からなかった。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
湿れて来たせいか寒くなった。もう少し炉をくべてくれ」と、外記は肩をすくめて言った。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
オイオイお前は何処どこへ行くと脊後うしろから声をかけたが、小僧は見向きもせず返事もせず、矢はり俯向きしまま湿れて行く、此方こなたれて、オイオイ小僧、何処へ往くのか知らぬが
河童小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)