晩酌ばんしゃく)” の例文
最初はプリプリしていた鉄も、平次の心持が解ると次第に打ち解けて、晩酌ばんしゃくを付合いながら、なめらかに話すようになっていたのです。
「岡田君はいつもこうやって晩酌ばんしゃくをやるんですか」と自分はお兼さんに聞いた。お兼さんは微笑しながら、「どうも後引上戸あとひきじょうごで困ります」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「奴、晩酌ばんしゃくをたのしむくせがありますから、酒のの廻ったころを見計って襲うのも手でござりまするが、——もう少し容子ようすを見まするか」
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
義兄に当たる春田居士しゅんでんこじが夕涼みの縁台で晩酌ばんしゃくに親しみながらおおぜいの子供らを相手にいろいろの笑談をして聞かせるのを楽しみとしていた。
思い出草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
養子の辰雄も、貞之助も、いずれもいっぱしの晩酌ばんしゃく党であるところから、全然飲まない人と云うものも何となく物足りないような気がしていた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが、どうせ歩く道はひとつなので、その晩は須原の駅にとまりをとって、同じ部屋にくつろぐと、晩酌ばんしゃくの話にまた源内流の旅行要心談がでる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「君が帰ると晩酌ばんしゃくの口実がなくなっていけない。女や子供ばかりを相手にしないで、たまには僕にもつき合ってゆくさ。」
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
わずかな晩酌ばんしゃくに昼間の疲労を存分に発して、目をとろんこにした君の父上が、まず囲炉裏のそばに床をとらして横になる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
大島先生は一合の晩酌ばんしゃくに真赤になって、教育上の経験やら若い者のためになるような話やらを得意になってして聞かせた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その格好は達者な時の晩酌ばんしゃくにも時々やっていた、あの最初の一口と同じ念を入れた味わい方であり、よくクニ子や実枝が真似まねていたそれであった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
そのうち晩酌ばんしゃくを欠かした事のない酒好きではあったけれど、極めて律義者で、十何年というながの月日を、恐らく一日も欠勤せずに通した様な男であった。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
覚平は元来金持ちと役人はきらいであった、かれは朝から晩まで働いて、ただ楽しむところは晩酌ばんしゃくの一合であった。だがかれは一合だけですまなかった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
夜になって、銀子は風呂ふろに入り、土地の習慣なりに、家へ着替えに行くと、主人夫婦もちょうど奥で晩酌ばんしゃくを始めたところで、顔を直している銀子に声をかけた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして気がついてみると父も鯔は喰べないけれども、この鯔の臓器は好きで、しまに拵えさしたのを膳の上に並べ、これを酒の肴に晩酌ばんしゃくさかずきを傾けておりました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今日のいわゆる晩酌ばんしゃくの起原も、是と同じであったことは疑いがない。この酒を岐阜県などではオチフレ、また九州の東半分でヤツガイともエイキとも謂っている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
毎晩一合の晩酌ばんしゃくをやると大叔父は、私を自分のそばに座らせてくどくどと私に説ききかせるのだった。
父には晩酌ばんしゃく囲碁のお相手、私には其頃出来た鉄道馬車の絵なぞをかき、母には又、海老蔵えびぞう田之助たのすけの話をして、更渡ふけわたるまでの長尻ながしりに下女を泣かした父が役所の下役
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
で、父がいよいよ晩酌ばんしゃくをはじめた頃に、わざと足音を立てて庭をうろつき出していたのである。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
例の晩酌ばんしゃくの時と言うとはじまって、貴下あなたことほか弱らせられたね。あれを一つりやしょう。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まって晩酌ばんしゃくを取るというのでもなく、もとより謹直きんちょく倹約けんやくの主人であり、自分も夫に酒を飲まれるようなことはきらいなのではあるが、それでも少し飲むとにぎやかに機嫌好くなって
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし子供心に私の知っている父は、とても陽気な男で晩酌ばんしゃくの機嫌なぞで唄の一つもやる男でした。それが、私の何歳頃のことでしたか、多分九つか十歳位のときだったと思います。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
晩酌ばんしゃくの膳についてからも、牧野はまだ忌々いまいましそうに、じろじろ犬を眺めていた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お金が残らずきもを冷やしてその日暮し、晩酌ばんしゃくも二合を越えず、女房にょうぼうと連添うて十九年、ほかの女にお酌をさせた経験も無く、道楽といえば、たまに下職したしょくを相手に将棋をさすくらいのもので
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
アハハ、それも銃猟じゅうりょうに行って兎一羽を撃つ費用から比べたら何でもありますまい。随分今の銃猟紳士は兎猟に行って旅店やどやへ泊って晩酌ばんしゃくにビールや葡萄酒ぶどうしゅの一本位傾ける事も毎度ありましょう。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
うち晩酌ばんしゃくに飲み、村の集会で飲み、有権者だけに衆議院議員の選挙せんきょ振舞ぶるまいで飲み、どうやらすると昼日中ひるひなかおかずばあさんの小店こみせで一人で飲んで真赤まっか上機嫌じょうきげんになって、笑って無暗むやみにお辞義をしたり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼はいつも和服——特に浴衣ゆかたを好んだ——を着、たたみの上に正坐せいざし、日本の煙管きせる刻煙草きざみたばこめて吸ってた。食事も米の飯に味噌汁みそしる、野菜の漬物つけもの煮魚にざかなを食い、夜は二三合の日本酒を晩酌ばんしゃくにたしなんだ。
まあ、晩酌ばんしゃくに五勺ばかりやって見たところでまるで、すずめが水を
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大盃を引きつけて、造酒、晩酌ばんしゃくが今までつづいているのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「あなた、この頃、ちと晩酌ばんしゃくが過ぎますよ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
晩酌ばんしゃくを一本つけさせ、いい機嫌で御飯を済ました人が、格子があるにしても、窓を開けたままで、自害する人があるでしょうか」
どうかして、晩酌ばんしゃくへやに、子や孫たちを集めて、微酔びすいのことばでたわむれなどする折、戯れのうちにも、石舟斎はおしえていた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郷里の家の長屋に重兵衛じゅうべえさんという老人がいて、毎晩晩酌ばんしゃくさかなに近所の子供らをぜんの向かいにすわらせて
化け物の進化 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やがて、さけの焼いたので貧しい膳立ぜんだてをした父親が、それ丈けが楽しみの晩酌ばんしゃくにと取りかかるのである。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
好み分けてもたいの造りが好物で当時の婦人としてはおどろくべき美食家であり酒も少々はたしなんで晩酌ばんしゃくに一合は欠かさなかったと云うからそんなことが関係していたかも知れない〔盲人が物を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
晩酌ばんしゃくぜんに向った父は六兵衛ろくべえさかずきを手にしたまま、何かの拍子にこう云った。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鰐口は晩酌ばんしゃくの最中で、うるさいと思ったが、いやにしつこくいどんで来るので着物を脱いで庭先に飛び降り、突きかかって来る才兵衛の巨躯きょくを右に泳がせ左に泳がせ、自由自在にあやつれば
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あるじの茶わん屋捨次郎は、美しいお内儀かみと、息子の於福おふくをそばにおいて、火鉢と晩酌ばんしゃくの膳をそばに、よいごきげんでみんなに話をして聞かせている。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「俺はもう帰って一杯やって寝るよ。浪人者の高利貸が首をくくったところで、晩酌ばんしゃくを休むわけには行かない」
九時十分主人帰宅。九時二十分頃より十時少し過ぎまで、主人の晩酌ばんしゃくの相手をして雑談した。その時君は主人に勧められて、グラスに半分ばかり葡萄酒ぶどうしゅを喫した。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おおかた十五も年上の老い女房にょうぼうをわずかの持参金を目当てにもらい、その金もすぐ使い果し、ぶよぶよ太って白髪頭しらがあたまの女房が横ずわりに坐って鼻の頭に汗をきながら晩酌ばんしゃくの相手もすさまじく
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
青年は老いた父の眼に、晩酌ばんしゃくよいを感じていた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
八五郎は晩酌ばんしゃくにつき合いながら、平次の解説をせがみます。