まだ)” の例文
すると向うの窓硝子はまだらに外気に曇った上に小さい風景を現していた。それは黄ばんだ松林の向うに海のある風景に違いなかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
黒白まだらの、仔馬ほどもあるのが、地べたへなげだした二本の前脚に大きな頭をのっつけ、ながい舌をだしたまま眠っている。——
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
ふだんのまだら禿とは違う。だが前にも言ったとおり阿Qは見識がある。彼はすぐに規則違犯を感づいて、もうその先きは言わない。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
その黒いだちのなかに、ところどころ白いまだらが落ちて、その一つ一つがよく見ると、まるで姉さまの姿のやうに思はれました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
まだらな雪、枯枝をゆさぶる風、手水鉢ちょうずばちざす氷、いずれも例年の面影おもかげを規則正しく自分の眼に映した後、消えては去り消えては去った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下生したばえ羊歯しだなどの上まで、日の光が数知れず枝をさしかわしている低い灌木かんぼくの隙間をようやくのことで潜り抜けながら、まだらに落ちていて
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
道理で、乞食のくせに、ここらの住民のどれよりも小ざっぱりした服装をして、顔には白粉のようなものをまだらに叩いていた。
春は、いつの間にか紫ぐんだ優しい色でつつまれ、まだら牛のように、残雪をところどころに染め、そしていつまでも静かにそびえているのです。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
雨の日、探しあてて、やっとどうやら借りえた家は、崖やぶまだらな中段に細長く建て並んでいる掘井戸のそばの一軒だった。
だが私の眼にはいって来るのは、茶いろに輝いている山肌が、そのところどころに黒い色をまだらにまじえて、高く低くうねっているだけである。
烏帽子岳の頂上 (新字新仮名) / 窪田空穂(著)
しかし歩いてゆくうちに、それは昼間の日のほとぼりがまだまだらに道に残っているためであるらしいことがわかって来た。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
きわめて薄手な色白の皮膚がまだらに紅くなった。斑らに紅くなるのはある女性においては、きわめてみにくくそしてみだらだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
うちこぼし投げ払いし籠の底に残りたる、ただ一ツありし初茸はつたけの、手の触れしあとのさびつきてまだらに緑晶ろくしょうの色染みしさえあじきなく、手に取りて見つつわれ俯向うつむきぬ。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は廊下にみなぎる輝かしい光線の為めに、眼球の表面を刺激された挙句あげく、網膜にまだらが出来たような不快な感じを抱いて、再びラオチャンドの室へと這入って行った。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
そして崖上の暗い藪におつかぶされてゐるこの家では、もう、いやに目まぐるしい手足を動かして襲つて来るまだらの黒い大きな藪蚊が、朝夕にふえて行くのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
また色まだらなる石の光、高き橋、春の渓谷、その水晶なす泉のほとりには金髪のニンフの群れる——また人の唯夢にのみ見るを得るもの、またわれわれを取囲むめた現実
俄か天気の三月末の暖気は急にのぼって、若い踊り子たちの顔を美しく塗った白粉は、滲み出る汗のしずくでまだらになった。その後見こうけんを勤める師匠の額にも玉の汗がころげていた。
などと、娘番附の大關は、まだらな顏を天道てんたう樣に照らされて、見得もたしなみもありません。
肌は咲き初めた紫陽花あじさいのように、濃い紺青や赤紫やまたは瑠璃るり色やまたはかばや、地味地層のちがうに連れて所まだらに色も変わり諸所に峨々ががたる巌も聳え曲がりくねった山骨さえ露骨あらわ
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
万豊が地団太じだんだを踏みながら引き返してゆく後姿が栗林の中でまだらな光を浴びていた。線路の堤に、青鬼、赤鬼、天狗、狐、ひょっとこ、将軍などの矮人こびと連が並んで勝鬨かちどきを挙げていた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
ちょうど元の順帝の至元丁丑しげんていちゅうの年のことで、恐ろしい兵乱があった後の郊外は、見るから荒涼を極めて、耕耘こううんする者のない田圃はもとの野となって、黄沙と雑草がまだら縞を織っていた。
太虚司法伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
喬木はしんしんと両岸に立ちふさがって、空を狭くしているが、木の幹がまだらに明るくなるので、晴れてるのだとおもう、どうかすると梢の頭から、水がこぼれたように、ちらりと光って
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
森はひょろひょろと蹌踉よろめきながら後ずさりし、膿盆のうぼんのような海は時々ねたまし気な視線をギラリとなげかける。やがて、けちくさいまだらなあくたと化した地球は、だんだんに遠ざかって行く——。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
おまけに窓から向うに六甲ろっこうの山がみえる、まるで真空のように空気が澄んでいるからなんだろう、山の白茶けた岩肌やところまだらな松林なんぞが、眼に痛いくらい鮮明にみえるには弱った。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それでも安お召などを引張った芸者や、古着か何かの友禅縮緬ゆうぜんちりめん衣裳いしょうを来て、まだらに白粉おしろいをぬった半玉はんぎょくなどが、引断ひっきりなしに、部屋を出たり入ったりした。鼓や太鼓の音がのべつ陽気に聞えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
醜悪な妻が有りもしない衣裳を何処からか引き出して来、まだらな髪を真点まんまるな丸髷に結い亭主の留守を見済ませて、密夫と逢曳を遂げるなどと云う事は、或いは不可能な又は奇蹟かも知れません。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
その歌は、「この路に錦まだらの虫あらば、山立姫にひて取らせん」。
作者は細かに見て居ないのではなく、女の顔の涙の後の色のまだらな薄紅の美を聯想したことで其れを現して居るのである。野の蓼の弱弱しい、かも若さの溢れたやうな姿は作者の好んだ所である。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
まだら雪山には凍れりし杉はなまなまと積みてみな棚にせり
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まだら模様の肩掛をした、年の頃三十前後の婦人であった。
すると向うの窓硝子はまだらに外気に曇つた上に小さい風景を現してゐた。それは黄ばんだ松林の向うに海のある風景に違ひなかつた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
梧桐あおぎりの緑をつづる間から西に傾く日がまだらにれて、幹にはつくつく法師ぼうしが懸命にないている。晩はことによると一雨かかるかも知れない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まだえのしたかたくなな雑草の見える場所を除いては、紫色に黒ずんで一面に地膚をさらけていた。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
雪は中垂るみの形で、岩壁をグイと刳ぐり、涸谷からたにに向いて、扇面のように裾をひろげている、その末はミヤマナナカマドの緑木が、まだらに黒い岩の上に乗しかかって、夕暮の谷の空気に
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「お法師さま」六条のお牛場うしばのあたりを、二人は、見まわしていると、かつて、その辺の空地に寝ころんでいたまだうしや、牛のふんに群れていた青蠅あおばえのすがたは一変して、どこもかしこも
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは業病ごふびやう徴候しるしだよ、そのまだらなところは、突いても切つても痛くはない筈だ、——それから、その人の鼻の穴の中を見なかつたかな、——たゞれがあるかも知れない、氣の毒なことぢや
その視線を反射的にたどつて、少年は奇妙なものを発見した。浅い盥の向うに、美代の前面がぴんと張りひろげられ、そこに小鳥が一羽、点々と白いまだらのある黒い羽なみを立ててゐるのだつた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
せて、眼がおちくぼんで、唇の色も白く、尖った肩を前跼まえかがみにして、いかにもうち砕かれたような姿である。明るく晴れた空から、木洩れ日が彼の顔にまだらの光紋を投げ、また消えては投げする。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
風烈しき高畑越えて耳やわまだらの仔牛道はかどらず
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
盃の底に残れる赤き酒の、まだらに床を染めて飽きたらず、くだけたる觥片こうへんと共にルーファスの胸のあたりまで跳ね上る。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
現に僕の左隣りにはまだらに頭の禿げた老人が一人やはり半月形はんげつがたの窓越しに息子むすこらしい男にこう言っていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
血は皮膚の脂肪にはじかれてまだらに残つた。これで落着くかと彼女は思つた。明子にはづこの血に満ちたコップをどう処置するかが非常に重要なことに考へられて、ぢつとそれを握りしめてゐた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
「身體がまだらになつてますね、親分」
身体からだまだらになってますね、親分」