干潟ひがた)” の例文
私は単に後見役だったが、直ぐ前に海の干潟ひがたの見える広い座敷で、ごろ/\しながら編輯に口を出したことが、二度や三度は確かにあった。
芝、麻布 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
二人は南の海端うみばたへ来ていて、すぐ向うの、一里も潮がひいたかと思える広い干潟ひがたに、貝を拾う人の姿があちらこちらに見えた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
浜手へ向った右翼、大館宗氏の一隊が、この朝の引潮どきを狙ッて、稲村ヶ崎の干潟ひがたつたい、敵中突入への“抜け駈け”に出たのであった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜になると下流の発電所への水の供給が増すせいであろう、池の水位が目に立つほど減って、浅瀬が露出した干潟ひがたになる。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
和歌わかうらしほがさしてると、遠淺とほあさうみ干潟ひがたがなくなるために、ずっと海岸かいがんちかくにあしえてゐるところをめがけて、つるいてわたつてる。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
大分日焼けのした顔色で、帽子をかむらず、手拭てぬぐいを畳んで頭にせ、半開きの白扇を額にかざした……一方雑樹交りに干潟ひがたのような広々としたはたがある。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
干潟ひがたの泥土の中に、まるでいかりを組みあはせたやうな紅樹林の景観が、どつと思ひ出の中から色あざやかに浮んで来る。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「浜には沢山人がいた。干潟ひがたに貝が散っていた。そこで逢った一人の女! その時見た女の眼!」源之丞はうずくまった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
玩具箱! 彼は実際神のように海と云う世界を玩具にした。かに寄生貝やどかりまばゆい干潟ひがた右往左往うおうざおうに歩いている。浪は今彼の前へ一ふさの海草を運んで来た。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「若の浦」は今は和歌の浦と書くが、弱浜わかはまとも書いた(続紀)。また聖武天皇のこの行幸の時、明光の浦と命名せられた記事がある。「潟」は干潟ひがたの意である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
跣足はだしになって岸まで歩く。約一マイル干潟ひがたの徒渉。上からはかんかん照付けるし、下は泥でぬるぬる滑る。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
また湖水を埋め立てて、何千けい干潟ひがたを作ると何万石の増収がある、そういうことばかり聞かせられた日には、人間の存在は株式会社の社員以上の何ものでもありません。
或朝新太郎君は干潟ひがたを歩いていると、岩の上でもう釣魚つりを始めていた老人が振り向いたから
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
背後うしろは高足の土手、上手に土橋、その横には水門、土手の下は腐った枯蘆かれあし干潟ひがたの体である。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「なあに海はえらく引いてるそうです。二里も三里も干潟ひがたになったって云ってます。」
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
近い干潟ひがたの仄白い砂の上に、黒豆をこぼしたようなのは、烏の群が下りているのであろうか。女の人の教える方を見れば、青松葉をしたたか背負った頬冠りの男が、とことこと畦道あぜみちを通る。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
おきははや暗うなれり。江の島の影も見わけがたくなりぬ。干潟ひがたを鳴きつれて飛ぶ千鳥の声のみ聞こえてかなたこなた、ものさびしく、その姿見えずとみれば、夕闇に白きものはそれなり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それに頓着せずに、二人は真っ直ぐに進んでゆくと、一方の海は遠い干潟ひがたになっていて、汐干狩にはおあつらえ向きであるらしく眺められた。そこには白い鳥の群れがたくさんに降りていた。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
干潟ひがたで獲物の奪い合いも気がきくまいというところから、わざと遅れた四月の五日に、日本橋十軒店の人形店の若い連中が、書入時の、五月市さつきいちの前祝いにと、仕入れ先のあちこちへも誘いをかけて
磯草にこほろぎ啼くや夕月の干潟ひがたあゆみぬ人五六人
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
春の干潟ひがたたしかに汐干狩の女によって彩られる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
窓の明りで干潟ひがたすなのように光るのを見た。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
俯伏うつぶせ干潟ひがたをわぶる貝の葉の空虚うつろの我も
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
干潟ひがたの伝馬は火の粉にぬりこめられ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
干潟ひがたに深く書きて見る。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
そして今し、義貞の本軍が、みさき廻りの奇襲に出たとみるやいな、彼らのみよしも一せいに、突端の干潟ひがたへさしていそいでいた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しおが大きく退く満月の前後には、浦粕の海は磯から一里近い遠くまで干潟ひがたになる。水のあるところでも、足のくるぶしの上三寸か五寸くらいしかない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
茶屋の手すりに眺めていた海はどこか見知らぬ顔のように、珍らしいと同時に無気味ぶきみだった。——しかし干潟ひがたに立って見る海は大きい玩具箱おもちゃばこと同じことである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのいきおいにすっかりおびえて、子供達は干潟ひがた寄居虫やどかりのようにあわてて逃出した。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
さもあろうと云った顔付で、とっくに知っていた事を聞くように、満足げな微笑を湛えながら鷹揚おうよううなずく。其の顔は、誠に、干潟ひがたの泥の中に満腹して眠る海鰻カシボクーの如く、至上の幸福に輝いている。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
池の周囲まわりはおどろおどろと蘆の葉が大童おおわらわで、真中所まんなかどころ河童かっぱの皿にぴちゃぴちゃと水をめて、其処を、干潟ひがたに取り残された小魚こうおの泳ぐのが不断ふだんであるから、村の小児こどもそでって水悪戯みずいたずらまわす。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その声におどろかされて、ある人々はかれの指さす方に眼をやったが、広い干潟ひがたに潮のよせてくるような景色はみえなかった。きょうの夕潮までにはまだ半刻はんときあまりの間があることは誰も知っていた。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
光の干潟ひがた、——月もまた
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
干潟ひがたにくぼむあまが子の
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
やがて深夜もすぎ、うしノ刻(午前二時)ごろにもなると、七里ヶ浜のなぎさも、稲村ヶ崎のみさきの磯も、目立って、干潟ひがたの砂を、刻々にあらわしてきた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しおが大きく退く満月の前後には、浦粕うらかすの海はいそから一里近い遠くまで干潟ひがたになる。水のあるところでも、足のくるぶしの上三寸か五寸くらいしかない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
干潟ひがたに拾ふうつせがひ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
干潟ひがたに落つる貝の葉に
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
庭先の下の干潟ひがたへ、細川藩の早舟が一そうぎ寄せていた。その早舟の上に突っ立っている侍が呼んだのだ。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大汐のときには水際から四五キロも沖まで水が退き、ところどころ汐のたまりを残すほかは、見渡す限りの干潟ひがたになるため、汐干狩の客の多いことは云うまでもない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大汐のときには水際みずぎわから四五キロも沖まで水が退き、ところどころ汐のたまりを残すほかは、見渡す限りの干潟ひがたになるため、汐干狩の客の多いことはうまでもない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
犀川、千曲川の二つの縦横な奔流に囲まれて、善光寺平の一部に三角形のひろい干潟ひがたができた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どれもこれも、干潟ひがたにのた打つ死魚の恰好だ。一人として、満足なざまはない。「ああ! ああ!」と、ときどき、おしのような奇声と奇異な身うごきが四辺あたりを埋めているきりだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
九月も下旬になり、よく晴れた日が続いて、干潟ひがたへおりると、富士の山がきれいに見えることもあった。万吉はその眺めに千両二分という値をつけた。二分とはなんのことだ、と側にいた男がきいた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いったん生活の干潟ひがたにほし上がって永い遊びがつづき出すと、彼自身は寝て暮らす根気があっても、旺盛おうせいな胃液がやたらに溶かすものを求めて、遂には、仕事がしたい仕事がしたいと
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
干潟ひがたを陽の目にあらわし、こうお腹が減ったんでは、見すべからざる神秘の肌だって、人目にさらさねばなりません、とちまたに抗議している西独や日本の夜の女なみに、この大自然嬢も
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがては、いま安土に醗酵はっこうしつつある生気溌剌はつらつたる新文化が、東国をも陸奥みちのくの果てをも、また北陸や中国九州までも、満潮みちしお干潟ひがたひたしてゆくように、余すところなくみなぎってゆくであろう。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浜座敷の下の干潟ひがたへも、見ているうちに、ひたひたと潮は上げて来る。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「高松城の周囲一時に干潟ひがたと変りました。その代りに低地はすべて河と化し泥田となり、もはや毛利勢がお味方へ追い討ちかけんといたしても、ここ両三日中は急に踏みわたることも相成りますまいか」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)