とばり)” の例文
久しぶりにこの主従が対面したのはその一劃のとばりの中だった。特に、半兵衛にも松寿丸にも床几しょうぎが与えられ、秀吉も床几にっていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出外れると加藤大蔵おおくら、それから先は畦のような一本路が観音かんのん浄正じょうしょうの二山へ走って、三川島村の空遠く道灌山の杉が夜のとばりにこんもりと——。
眼前の母は、何者か過ぎ往いたものの形骸に過ぎぬことを。……私はむしろ、見えぬとばりの向ふ側に去来するものの、ひそやかな衣ずれに耳を澄ましてゐた。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
次第にそのとばりは、こちらへとなにものかの手によって運ばれた。やがてその灰色の幕は森の頭を撫でて、後方うしろから前へと持って来られた。やがて森も隠れた。
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それもあかつきの南京路の光景から、あけをうけた繁華はんかな時間の光景から、やがて陽は西にかたむき夜のとばりが降りて、いよいよ夜の全世界とした光景、さては夜もけて酔漢すいかん
見えざる敵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
舞殿のとばりは匂ふ夏がすみ後水尾のみかどくだしたまへる
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
をぐらきとばりはおちぬ、いかにかせむ。
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
若し夜のとばりの落ちむ迄も
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
夜の闇頒ちてとばりくだる。
感謝 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
と対馬がそこのとばりを上げたのとあいがしらに、やあと、いう者があった。清水谷に陣している佐久間勝政の部下今井角次かくじなのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
外へ出てみますと其の日の惨劇を忘れたような静かなとばりはふかぶかと降りていました。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
黒きとばりはたぐられぬ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
一陣の風が、とばりのすそを高く吹きあげた。ポツ! ポツ! と、雨さえ交じって来たのである。雷鳴がとぎれとぎれに耳を打った。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜のとばりゆららに落つる
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
「さきにあなたが盗まれた名馬烏騅うすいは、盗んだ桃花山の周通しゅうつうを納得させて、そこのとばりの外につないである。あらためてお返し申す」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのせいか今、中軍のとばりのうちには、彼のいつにない激越な声が営外へまで聞えていた。さながら敵の中で叱咤するような声で
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旗本の山田新右衛門、近習の島田左京、沢田長門ながとなど、四、五名は義元の身を、八方だてのように囲んで、とばりから次の幕へと、急を避けた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とばりのうちには、大きな木鉢の飯がくつがえって、雨水の中に飯つぶが白くふやけているのと、四、五本の燃えさしのまきがいぶっているだけだった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、尊氏の前へ出たのは夜明けがたであり、尊氏も夜来やらい、物ノ具を解かず、大庭にとばりを張らせ、たてのうえで、ほんの仮寝をとっただけだった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「孔明と玄徳は、ついこの先の山上に、むしろをのべ、とばりをめぐらし、酒を飲んで、さながら遊山でもしているように、楽しみ興じている態です」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫のとばりが、信長と蘭丸だけのいる一囲ひとかこいを、めぐっていた。近習の多くはみなともの方に陽の直射を浴びている。川舟なので屋形やかたは小さかった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とばりの裾から倉皇そうこうと退がって行った取次の武士は、陣外にたたずんで案内を待っている上総介へ、主君のことばを、そのまま、伝えるしかなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この際は、出ないことを賢明としているように、東のとばりでも、西のたまりでも、固唾かたずをのんで、ただ法師に物をいわせていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とばりの外から弥九郎の声がする。さかいことばの軽快な語尾と商人あきゅうどらしい気ばたらきが、みじかいことばの中にも鮮明に働いている。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高氏は、道誉の列が、闇と一つになるまで見送ってから、いちどは元の床几場のとばりへ向って歩き出していた。が急にまた、道の真ん中へもどって
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このたび討呉の一戦は、義兄あに関羽のとむらい合戦だ。兵船のとばりから武具、旗、甲、戦袍ひたたれの類まで、すべて白となし、白旗白袍はっきはくほうの軍装で出向こうと思う。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とばりの外に立っている歩哨ほしょうの兵が、それを見て笑った。——が、急に、厳粛な顔へ戻って、内から聞える声に耳をてた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
龍王山の陣々は、旗もとばりも濡れびたっている。秀吉は陣小屋にかくれて、鬱陶うっとうしい五月雨雲さみだれぐもひさしの外にみながら、だいぶ晴々しくない顔をしていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とばりの裾に遠くひかえていた老近侍と若ざむらいが、共に顔をあげた。主君の唇がむすばれ、琴がやんだからである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いぶかしげに、外へ出て見ると千葉介常胤も、上総介かずさのすけ広常も、北条父子おやこも、みなとばりを払って、闇の中に佇んでいた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして施無畏寺せむいじの庭に陣した千人の軍兵ぐんぴょうも、くらものまくらにしてつかのまの眠りにつき、馬もいななかず、かがりもきえ、陣のとばりにしめっぽい夜がふける。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝露にれた陣のとばりは、雨にさらされたように重たげに垂れていた。——広常のことばをそのまま伝えて、武士は、頼朝のすがたの見えるとばりもとひざまずいていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その於ゆうをつれて、ようやく、炎天の旅から帰って来た久作は、営中へかかると、兄上は? と、居所を兵にたずねて、兄半兵衛の休息しているとばりの外から
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とばりを覗くと、そこには丹羽にわ、柴田、佐久間、その他の重臣がみな詰め合っていた。じろりと冷ややかな眼が、一斉に、新しく抜擢ばってきされた一将校の彼にそそがれた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いちめんな青芒あおすすきに蔽われている低地へ、さらに、たてを囲い、一部に、とばりめぐらしなどして、ぐるりと、守り堅めている武者も、雑兵とはちがい、見るからに皆
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
語りながら、なお船楼のとばりのうちで、酒を酌み、またいかりを移し、彼方此方あなたこなた、夜明けまではと、探っていた。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
師直は言い終ると、ただちに、船屋形の外からどういっぱいに、兵の手でむしろを敷かせた。上には、帆柱から支えばしらを渡し、とまとばり雨除あまよけの屋根をいた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここに人目はないにせよ、すぐとばりの外に近習きんじゅたちがいるので、家来の耳を気がねするふうなのてある。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大将伊那丸いなまるとばりをはらってそれへきたが、閣上かくじょうの呂宋兵衛は、いちはやく屋根の上へとびうつり、九りんもとに身をかがめてしまったので、遠矢とおやかけるすべもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
問われたことには答えず、虎之助は、具足を着け終ると、こういって、とばりの裾をふり向いた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旗本たちの詰めているとばりのうちへ向って、信玄の声がしたのは、それから間もなくであった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのとき床几わきに控えていた前田又四郎が湯浅甚助に呼ばれてついととばりの外へ出て行った。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
堂外の坪にとばりをめぐらした営中というだけのもの。すでに直義ただよしはそこへ来ていた。こう師業もろなり、師久をうしろにおき、尊氏の姿をみると、片手づかえに、こころもち頭をさげた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何はともあれ、御挨拶に出たがよかろう。——殿のお座所は、すぐ後ろのとばり——」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あちらの客衆とは——おおあのとばりの中で先刻さっきから博戯ばくちをしておった町人どもか」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先に立って、船の内へ導いて行ったが、見れば、とも寄りの一かくとばりをめぐらし、緋毛氈ひもうせんをしき、桃山蒔絵まきえの銚子だの、料理のお重だの、水の上とも思われない、豪奢ごうしゃな小座敷がこしらえてある。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのとばりを挟んで、少し先の土坡どばの向う側には、長岡佐渡の床几場しょうぎばがあった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家康は、いまし方、とばりのうちで、信雄とはなしこんでいたが、信雄が自陣へ帰ったあと、きょうもバチバチ遠くでする銃声を、そら耳に聞きながら、よろいびつの上の、論語ろんごをとって、黙読していた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、とばりの日陰へ床几しょうぎを置かせ、九曜の紋を後ろにして腰かけた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
憤然と、張飛は、彼のかくれたとばりの奥へ、躍り入ろうとした。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)