山谷さんや)” の例文
おつねは長屋の人にたのんで、山谷さんやあたりにいる女衒ぜげんに話して貰って、よし原の女郎屋へ年季一杯五十両に売られることになりました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雷門に向って右が吾妻橋あずまばし、橋と門との間が花川戸、花川戸を通り抜けるとやま宿しゅくで、それから山谷さんや、例の山谷堀のある所です。
帝国ホテルも、山谷さんやあたりのドヤ街の木賃宿も、上野公園のベンチでさえも、お茶の水渓谷けいこく洞窟どうくつでさえも、差別なくかれの住まいとなりえた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おなかの家は浅草山谷さんやにあり、毎月いちど、暇が出て父のみまいにいく、その日にうち合せをして逢い、田圃道を山谷の近くまで送るのであった。
其附近の開懇土地に入り込んで居た山谷さんや部屋の土工だった三十位の男に頼んだので、放ける三、四日前に頼みました。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
湯川うじが硫黄にこりだして、山谷さんやを宿とし、幾年か帰らなくなってから、老妻おばあさんはハタと生活にさしせまった。
「左様でございます。山谷さんやの正伝寺に父親の墓があります。かたきを討った弟は、そこへ行ったに相違ございません」
第三に見える浅草はつつましい下町したまちの一部である。花川戸はなかはど山谷さんや駒形こまかた蔵前くらまへ——そのほか何処どこでも差支さしつかへない。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
学校の帰り道には毎日のように待乳山まつちやま境内けいだいで待合せて、人の知らない山谷さんやの裏町から吉原田圃よしわらたんぼを歩いた……。ああ、お糸は何故なぜ芸者なんぞになるんだろう。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
思えば久しく渡しぶねというものに乗ったことはなかったが子供の時分におぼえのある山谷さんや、竹屋、二子ふたこ
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それで大森山谷さんやの製造元まで行つて、十数種の鬘(張りボテに棕梠の皮を染めて、髪と見せたもの)
硯友社と文士劇 (新字旧仮名) / 江見水蔭(著)
村会議員の石山さんも、一銭ちがうと謂うて甲州街道の馬車にも烏山から乗らずに山谷さんやから乗る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
駕籠かごは大変に費用がかかるので、今の汐留しおどめ停車場のそばにその頃並んで居た船宿で、屋根船を雇って霊岸島れいがんじまへ出て、それから墨田川を山谷さんや堀までさかのぼって、猿若に達したのである。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
山谷さんや立場たてばで休んで犬目いぬめへ向けて歩ませた時分に、傍道わきみちから不意に姿を現わした旅人がありました。お松は早くもその旅人ががんりきの百蔵であることに気がついて、ヒヤリとしました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その馬鹿イジオットなところを、ちょいとお目にかけようと思って、こうしてここに突っ立っているのさ。……いやはや、急々如律令きゅうきゅうにょりつれい……山谷さんやを漕ぎだすと、いきなり、ドッと横ッ吹きの大土砂降おおどしゃぶり。
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
瓢亭ひょうていだの、西石垣さいせきのちもとだのと、このひとが案内をしてくれたのに対しても、山谷さんや浜町はまちょう、しかるべき料理屋へ、晩のご飯という懐中ふところはその時分なし、今もなし、は、は、は、笑ったって
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実際彼らは、為政者から普通民の七分の一しか価値がないと認められた時代もあったのである。安政六年に江戸山谷さんや真崎まっさき稲荷の初午の折に、山谷の若者とエタと衝突して、エタが一人殺された。
エタに対する圧迫の沿革 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
炭売すみうりのおのが妻こそ黒からめと。吟ぜし秀句ならなくに。黒き小袖に鉢巻や。其の助六がせりふに云う。遠くは八王寺の炭焼。売炭ばいたん歯欠爺はっかけじゝい。近くは山谷さんや梅干婆うめぼしばゝに至る迄。いぬる天保の頃までは。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
竜泉寺りゆうせんじ山谷さんや今戸いまどのわたし
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
山谷さんやの堀はかなり前に渡った。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
由兵衛は浅草の山谷さんやに住んでいて、ことし五十の独り者。友蔵は卅一、幸吉は廿六で、本所の番場町、多田の薬師の近所の裏長屋に住んでいる。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そうして麹町の家を出、本所の業平なりひらというところから、浅草の山谷さんや新鳥越しんとりごえ、また本所へ戻って清水町と移りあるいた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
学校の帰り道には毎日のやうに待乳山まつちやま境内けいだい待合まちあはせて、人の知らない山谷さんや裏町うらまちから吉原田圃よしはらたんぼを歩いた………。あゝ、おいと何故なぜ芸者なんぞになるんだらう。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
已むを得ず旧地もとぢの新橋駅から、汽車で大森に行き、そこから二人乗の俥を傭つて、山谷さんやまで出掛け、鬘製造元を訪ねた処が『何か、入れ物を持つて来ましたか』といふ。
硯友社と文士劇 (新字旧仮名) / 江見水蔭(著)
この男は今からすぐ、小林青年として、山谷さんや旭屋あさひやという簡易旅館へ帰るのです。今は十二時ですから、自動車をとばしていけば、だいじょうぶ旅館はまだ起きています。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、平日いつも口重くちおもな、横浜生れではあるが、お母さんは山谷さんや八百善やおぜんの娘であるところの、ことの名手である友達は、小さな体に目立めだたない渋いつくりでつつましく、クックッと笑った。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
大学へ行く頃はもう、うまい物横町の中華とか、山谷さんや八百善やおぜんとか、新橋の花月とか、百尺、一直、湖月、亀清、柳光亭といった一流二流の割烹屋に押し上り、やがて麻布の興津庵おきつあん
手々に手廻てまわりのものや、ランプを持って、新宿まで電車、それから初めて調布行きの馬車に乗って、甲州街道を一時間余ガタくり、馭者ぎょしゃに教えてもらって、上高井戸かみたかいど山谷さんやで下りた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それを露柴はずっと前から、家業はほとんど人任せにしたなり、自分は山谷さんや露路ろじの奥に、句と書と篆刻てんこくとを楽しんでいた。だから露柴には我々にない、どこかいなせな風格があった。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山谷さんやや袋町の行詰りとは違い、四通八達の小田原城下を、小路小路まで案内知った常壇場じょうだんばのようなものだから、がんりきとしては、子供相手に鬼ごっこして楽しむようなものかも知れないが
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昔の永代えいたい橋の右岸のたもとから、左の方の河岸かしはどんな工合になって居たか、どうもく判らなかった。その外八丁堀、越前堀、三味線堀しゃみせんぼり山谷さんや堀の界隈かいわいには、まだまだ知らない所が沢山あるらしかった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
来年の二月はきっと癒るから心配しずに山谷さんやの別荘に往ってゆっくり養生をするがい、若浪や(番新の名)詰らないものを食い合わして、身体に障るような事ではならないよ、べ物に気を附けて遣んな
彼は浅草の山谷さんやへ行って、近所で磯野小左衛門のうわさを聞いたが、別にこれぞという手がかりも探り出せなかった。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そは甲寅きのえとらの年も早や秋立ちめし八月末の日なりけり。目出度き相談まとまりて金子翁を八重が仮の親元に市川左団次いちかわさだんじ夫妻を仲人なこうどにたのみ山谷さんや八百屋やおやにてかたばかりの盃事さかずきごといたしけり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
山谷さんやのお寿と、馬道のお政は、その中でも有名で、どららも若く、どちらも美しく、芸妓げいしゃ素人しろうとの隔てなく、男弟子も、女弟子も取って、多勢の狼連おおかみれんと、少数の有力な旦那衆パトロンに取巻かれ
しかし、それに着手するまえに、ひとつご相談があるのですが、まずこの男を早く山谷さんやの簡易旅館へやらなければいけません。きみ、それでは、すぐに出発してくれたまえ。ぬかりなくやるんだよ。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これが小塚原を繰出すと、ゆくゆく箕輪みのわ山谷さんや金杉かなすぎあたりから聞き伝えた物好き連が、面白半分にうしおの如く集まって来て踊りました。その唄と踊りの千差万別なることは名状すべくもありません。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに、山谷さんや八百善やおぜんは妹のうちですから——
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
嫁の名はお節といい、浅草の山谷さんやの露路の奥に十人ばかりの子供をあつめて、細々ながら手習い師匠として世を送っている磯野小左衛門という浪人の娘であった。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
隅田川は云ふに及ばず神田のお茶の水本所ほんじよ竪川たてかはを始め市中しちゆうの水流は、最早もはや現代の吾々には昔の人が船宿の桟橋から猪牙船ちよきぶねに乗つて山谷さんやに通ひ柳島やなぎしまに遊び深川ふかがはに戯れたやうな風流を許さず
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
平次と八五郎は、山谷さんやの駄菓子屋に、菱屋の娘のお茂を訪ねました。
そうして、連れ込んだ先は山谷さんやの勝次郎という奴の家です。勝次郎はよし原の妓夫ぎゅうで、夜は家にいない。六十幾つになる半聾のおふくろ一人が留守番をしている。
半七捕物帳:56 河豚太鼓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それ故大正改元のころには、山谷さんや八百善やおぜん、吉原の兼子、下谷したやの伊予紋、ほしおか茶寮さりょうなどいう会席茶屋では食後に果物を出すようなことはなかったが、いつともなく古式を棄てるようになった。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから三日目、山谷さんやの春徳寺に、思わぬ事件が起りました。
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そのむかしは御用木として日本堤にほんづつみに多くえられて、山谷さんやがよいの若い男をいやがらせたといううるしの木のにおいがここにも微かに残って、そこらには漆のまばらな森があった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
隅田川はいうに及ばず神田のお茶の水本所ほんじょ竪川たてかわを始め市中しちゅうの水流は、最早もはや現代のわれわれには昔の人が船宿ふなやど桟橋さんばしから猪牙船ちょきぶねに乗って山谷さんやに通い柳島やなぎしまに遊び深川ふかがわたわむれたような風流を許さず
山谷さんやの駄菓子屋で、後家のお妻の家と訊けば判りますよ」
小左衛門も山谷さんやを逃げ出して来て、暫く一緒に忍んでいるうちに、お節の容貌きりょうが眼について豪家の嫁に貰われることになって、まず当分は都合よく暮らしていたんですが
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
平次はそこを切り上げて、山谷さんやの方へ向いました。
彼はすぐに向きを変えて、寺の多い町から山谷さんやへぬけて、まっすぐに廓へ急いで行った。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)