嬰児えいじ)” の例文
旧字:嬰兒
それより悔改コンチリサンをなし、贖罪符しょくざいふをうけて僧院を去れるも、帰途船中黒奴ムールはゴアにて死し、嬰児えいじはすぐせと名付けて降矢木の家をおこしぬ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
大和国神戸かんべしょう小柳生城こやぎゅうじょうあるじ、柳生美作守家厳みまさかのかみいえとし嫡男ちゃくなんとして生れ、産れ落ちた嬰児えいじの時から、体はあまり丈夫なほうでなかった。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ラヴ・インポテンス。飼い馴らされた卑屈。まるで、白痴にちかかった。二十世紀のお化け。鬚のり跡の青い、奇怪の嬰児えいじであった。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
十九年前この屋敷の奥方が亡くなって嬰児えいじ浜路を草加へ里子に出したのも事実、その浜路が十九になって、婿選みという段になった時
梵天は此世の統治者で、二生の人たる嬰児えいじの将来は、其の前生の唱名不退の大功徳によって梵天の如くにあるべしという意からの事だ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いまの育児の知識がわれわれに示していてくれる一般嬰児えいじの発育の状態を有力な参考にして、赤ん坊を取り扱ってゆくべきです。
おさなごを発見せよ (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
彼と、今自分の体の中で次第に重く、何とも云えぬ可愛いさで重く重くと育って来る嬰児えいじとに向って、彼女の心臓は打っている。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼は高く手を延べてその枝を捉へた。そこには嬰児えいじの爪ほど色あざやかな石竹色の軟かいとげがあつて、軽く枝を捉へた彼の手を軽く刺した。
ふと産婦の握力がゆるんだのを感じて私は顔をげて見た。産婆の膝許ひざもとには血の気のない嬰児えいじが仰向けに横たえられていた。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まるで嬰児えいじに見られるような幸福そうな眼の輝きに対称して、ほとんどあり得べからざる不合理なもののように感ぜられた。
嬰児えいじを持てば、二人前のご飯を頂かないと、お乳が出ないものである。それに四、五歳の幼児でも、今は大人並みに食う。
食べもの (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ビクビクしながらも、まさかあの恐ろしい嬰児えいじ殺しの秘密がばれていようとは知るよしもなく、たかをくくって客間に通った。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あの、どこから響き出して来るとも知れない呟くような唄の声、それは老婆のようにしゃがれてもいれば、嬰児えいじのように未だ実が入らなくも聞える。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
妻は眼を閉じて嬰児えいじのように頭を左右に振っていた。暫くすると、さきほどから続いていた声の調子がふと変って来た。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼女が嬰児えいじの形の代りに幼児を空間に見たのは、彼女が未完成の母親だつたからだ。幼児は幾ヶ月かを地上にすごしたかのやうな皮膚をつてゐた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
旅宿が満員であったため、ヨセフ夫婦は驢馬小舎ろばごやに宿っており、生まれた嬰児えいじはこれを布に包んで馬槽うまぶねさせた。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
月を見あげている隼人の顔に、やがて悔恨のような表情がうかび、その眼にはいつものあの、親のない嬰児えいじを見るような、温かく深い色が湛えられた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その嬰児えいじの如き赤心を以て、その子弟を愛し、みずから彼らの仲間となり、彼らの中に住し、彼らの心の中に住するに到りては、二者軒輊けんちあらんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ビジテリアン諸氏はこれらのことは充分じゅうぶんご承知であろうがなおこれを以て多くの病弱者や老衰者ろうすいしゃならび嬰児えいじにまで及ぼそうとするのはどう云うものであろうか。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
訶和郎はつるぎを握ったまま長羅の顔から美女の顔へ眼を流した。すると、憤怒ふんぬに燃えていた彼の顔は、次第に火を見る嬰児えいじの顔のようにゆるんで来て口を解いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
◯そして八節—十一節は海を以て嬰児えいじたとえ、海の創造を嬰児の出産に譬えて美妙なる筆をふるったのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
これにそむけば自己の人格を否定した者である。至誠とは善行に欠くべからざる要件である。キリストも天真爛漫嬰児えいじの如き者のみ天国に入るを得るといわれた。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
思いつめれば他の一切を放棄して悔まず、所謂いわゆる矢もたてもたまらぬ気性を持っていたし、私への愛と信頼の強さ深さは殆ど嬰児えいじのそれのようであったといっていい。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
「あの硝子器の中の電極の間に挟まれているものを見給え。あれがベルガー夫人がこの間生んだ嬰児えいじだ」
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
消魂けたたまし嬰児えいじの泣き声が一軒の家から洩れて来た。と、立ち止まった優婆塞は静かに窓の戸を指で叩いた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
膝に載せて、星あかりに、じっとみつめると、この愛らしい、ふっくらと肥えた嬰児えいじのいずくに、親どもの、あの剛腹な、ふてぶてしいものが見出せるであろう!
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
この修業をおこたるものは一時の器用と才気から何か目新しいものを作る事が出来るとしても、それは本当に成長すべき運命を持たないであろう。月不足の嬰児えいじの如く。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
番犬のような吠えつく心、刑事のような探る心、掏摸すりのような狡い心を棄ててしまって、嬰児えいじのような無邪気で快活な心に還ることが私たちには絶対に必要である。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
生れたての嬰児えいじや隠居した老人などとも同じ単位によって登録されていた。この程度で納得したが身のためであろうと人も云い、自分もそれはそうだと感じてはいた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
人体の美しさ、慈悲の心の貴さ、——それを嬰児えいじのごとく新鮮な感動によって迎えた過渡期の人々は、人の姿における超人的存在の表現をようやく理解し得るに至った。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それは地球がまだその襁褓むつき時期にあり、その嬰児えいじの指をあらゆる方向にさし出していることをわたしに信ぜしめる。新しい捲き毛は恐れを知らない大胆なひたいから生えだす。
団茶はこれをあぶって嬰児えいじひじのごとく柔らかにし、紙袋を用いてこれをたくわう。初沸にはすなわち、水量に合わせてこれをととのうるに塩味をもってし、第二沸に茶を入れる。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
すなわち当法廷に参列しているレミヤ所生の男児は、まだ東西を弁ぜざる嬰児えいじである。
霊感! (新字新仮名) / 夢野久作(著)
妾は嬰児えいじ哺育ほいくするのほか、なお二児の教育のゆるがせになしがたきさえありて、苦悶くもん懊悩おうのううちに日を送るうち、神経衰弱にかかりて、臥褥がじょくの日多く、医師より心を転ぜよ、しからざれば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
私たちはなぜ宗祖たちが、あの嬰児えいじたたえたかの心を味わわねばならぬ。それは無心の世界へ出でよという謂である。無知に帰れとの声ではない。無念と無知とを混同してはならぬ。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かど小さく、山ありて、軒の寂しきあたりには、到る処として聞かざるなき事、あたかも幽霊があめを買いて墓の中に嬰児えいじはぐくみたる物語の、音羽にも四ツ谷にも芝にも深川にもあるがごとし。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
屯食とんじき五十具、碁手ごての銭、椀飯おうばんなどという定まったものはその例に従い、産婦の夫人へ料理の重ね箱三十、嬰児えいじの服を五枚重ねにしたもの、襁褓むつきなどに目だたぬ華奢かしゃの尽くされてあるのも
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
裏の山の林で、嬰児えいじ殺しがあったといううわさが温泉場に知れ渡った。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
警察医はその小さな遺骨を、嬰児えいじの骨格と鑑定した。
或る嬰児殺しの動機 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
十八歳未満が、窃盗二人、嬰児えいじ殺し一人。
嬰児えいじと共の 妻のほほえみ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
ところが、意外のことに、人魚は一夜のうちに何処いずこかへ消え失せ、余は二人の日本青年と、これも嬰児えいじを二人拾い上げたにすぎなかった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
夜は、乳離ちばなれの三歳になる男の子が、病的な(恐らく嬰児えいじのヒステリイであろうか)力のない声で、一晩中泣き続ける。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
口を小さくあけて、嬰児えいじのようなべそをいて、私をちらと振りむいた。すっと落ちた。足をしたにしてまっすぐに落ちた。ぱっとすそがひろがった。
断崖の錯覚 (新字新仮名) / 太宰治黒木舜平(著)
彼は足を洗いながらある女流作家の書いた、『ほぞのお』という作の中で、嬰児えいじの臍から血が出て死んでゆく所のあったのを想い出すとまた不安になって来た。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
だが、その時、彼の耳をつよくったものがある。生れて間のない嬰児えいじの声だ。十八公麿まつまろが泣くのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はなかなか泣きやまない嬰児えいじを抱きあげ、馴れぬ子守唄を歌いながら、仄暗ほのぐらい行燈の光の下にうつらうつらまどろんでいる病床の妻のやつれはてた寝顔を見ては
日本婦道記:二十三年 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
君の要求する四十五億人に足らざること十億人、彼の要求する百八十億人に足らざること実に百四十五億人——しかもこれは嬰児えいじまで動員すると仮定しての勘定かんじょうである。
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
グリゴリイは洗礼盤のそばで一心に祈りを捧げたけれど、嬰児えいじに対する自分の意見は変えなかった。
師匠が関破りの詮議に出て行ったあとで、弟子は師の妻と語りつつ煙草をきざむ、——その場に政右衛門の妻が、嬰児えいじを抱きつつ雪の夜道に悩んで宿を求めて来るのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)