刺繍ぬい)” の例文
高島田に奴元結やっこもとゆい掛けて、脂粉こまやかに桃花のびをよそおい、朱鷺とき縮緬ちりめん単衣ひとえに、銀糸のなみ刺繍ぬいある水色𧘕𧘔かみしもを着けたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
破談になった数日後にその刺繍ぬいが出来たので、贈らないのも却って変であると考え、井谷を通じて先方へ届けるようにしてもらった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
袖口だけに刺繍ぬいのある裾短すそみじかなぬい洒落者しゃれものとみえて、黒紗くろしゃ卍頭巾まんじずきんには、紅紐べにひもッたまげが紅花みたいに透いてみえる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薔薇ばらの花を刺繍ぬいにした籃入かごいりのピンクッションもそのままであった。二人しておついに三越から買って来た唐草からくさ模様の染付そめつけ一輪挿いちりんざしもそのままであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金糸で大きいえび刺繍ぬいにした縹色繻子はないろじゅすの厚い裲襠しかけは、痩せてすらりとした彼女の身体からだにうつりがよかった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
綱手と、深雪とが、七瀬が、旅着と、その着更のほか、白無垢まで持ち出してしまったので、新調の振袖も、総刺繍ぬいの打掛も、京染の帯も、惜しんでおれなかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
あでやかな色の大振り袖、燃え立つばかりの緋の扱帯しごき刺繍ぬいをちりばめた錦の帯、姿は妖嬌たる娘ではあるが頭を見れば銀の白髪、顔を見れば縦横のしわ、百歳過ぎた古老婆が
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あの方は御自分で実に上手にいろんな絽刺ろざしをされるんですからねえ! お手製の財布を見せて貰いましたがね、あんなに巧く刺繍ぬいの出来る人は、御婦人がたにも滅多にありませんよ。
そろそろ女の洋服がはやって来て、女学校通いの娘たちがくつだ帽子だと新規な風俗をめずらしがるころには、末子も紺地の上着うわぎえりのところだけ紫の刺繍ぬいのしてある質素な服をつくった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御前へ女二にょにみやのほうから粉熟ふずくが奉られた。じんの木の折敷おしきが四つ、紫檀したん高坏たかつき、藤色の村濃むらご打敷うちしきには同じ花の折り枝が刺繍ぬいで出してあった。銀の陽器ようき瑠璃るりさかずき瓶子へいし紺瑠璃こんるりであった。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
かわいらしい首が、銀の刺繍ぬいのある固い襟のうてなから生えている、あのきれいさはどうだ。落ち着いてしなやかに足を運びながら、向きを換えながら、二人はわずかな場所だけで動いている。
餓えた人々 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
石秀がそれを持って、奥の法要の間へ急ぎかけると、二階の階段から、花兎はなうさぎ刺繍ぬいくつに、淡紫のもすそを曳いた足もとが、音もなく降りて来て。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薔薇ばらの造り花がセゼッション式の一輪瓶いちりんざししてあった。白い大きな百合ゆり刺繍ぬいにした壁飾りが横手にかけてあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奈良朝時代の雅楽衣裳、同じく太鼓、同じく笛、大飛出おおとびで、小飛出、般若はんにゃ俊寛しゅんかん、少将、釈迦などの能の面、黄龍を刺繍ぬいした清国の国旗、牧溪ぼくけい筆らしい放馬の軸、応挙筆らしい大瀑布の屏風
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かれは刺繍ぬいのある美しい衣服を着て、玉を飾りにした帽をかぶっていたが、ただその穿き物だけが卑しい皮履かわぐつであるので、杜もすこしく不審に思ったが、一夕自分のへやへ招待して酒をすすめると
あれに真白まっしろな足が、と疑う、緋の袴は一段、きざはししきられて、二条ふたすじべにの霞をきつつ、上紫に下萌黄もえぎなる、蝶鳥の刺繍ぬい狩衣かりぎぬは、緑に透き、葉になびいて、柳の中を、するすると、容顔美麗なる白拍子。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こころよげに昼寝している武蔵のからだの上には、誰がそっとかけて行ったのか、桃山刺繍ぬいの重そうな裲襠うちかけが着せてあった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二足で通り過ぎるうしろには、背中へ黒い繻子しゅすの四角なきれをあてて、その真中にある金糸きんし刺繍ぬいが、一度に日に浮いた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あれに真白な足が、と疑ふ、緋の袴は一段、きざはししきられて、二条ふたすじべにかすみきつゝ、うえむらさきした萌黄もえぎなる、ちょうとり刺繍ぬい狩衣かりぎぬは、緑に透き、葉になびいて、柳の中を、する/\と、容顔美麗なる白拍子しらびょうし
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
みれば、婆惜はすでに、着た物を脱がず、刺繍ぬいの枕にふて寝のすがただ。ふて寝とあるからには後ろ向き。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長塚はひたいに八の字を寄せて、行ったんですけれども、とても駄目です、惨澹さんたんたるものです、きたない所でしてね、妻君さいくん刺繍ぬいをしていましてね、本人が病気でしてね
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紅絹裏もみうらを付けたその着物の表には、桜だか梅だかが一面に染め出されて、ところどころに金糸や銀糸の刺繍ぬいまじっていた。これは恐らく当時の裲襠かいどりとかいうものなのだろう。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紫金襴の嚢には、金糸銀糸で瑞鳳彩雲ずいほうさいうん刺繍ぬいがしてあった。打紐うちひもを解いてみると、中から朱いはこがあらわれた。その朱さといったらない。おそらく珊瑚朱さんごしゅ堆朱ついしゅの類であろう。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつになったら元服するのか、もう二十三、四歳にもなろうというのに、相変らず前髪を捨てず、片肌ぬぐと、眼を奪うような桃山刺繍ぬい襦袢じゅばんを着、掛けだすきにも、紫革を用いて
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
津田は眼をぱちつかせて、赤い手絡てがらをかけた大丸髷おおまるまげと、派出はで刺繍ぬいをした半襟はんえりの模様と、それからその真中にある化粧後けしょうごの白い顔とを、さも珍らしい物でも見るような新らしい眼つきで眺めた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほのかではあるが——下手へたなお化粧ではあるが——匂わしいものがただよっていたし、小袖は烏丸家から戴いたという紅梅地に、白と緑の桃山刺繍ぬいが散っている初春はるらしいものであった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫の裾模様の小袖こそで金糸きんし刺繍ぬいが見える。袖から袖へ幔幕まんまくつなを通して、虫干の時のように釣るした。袖は丸くて短かい。これが元禄げんろくかと三四郎も気がついた。そのほかには絵がたくさんある。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金屏きんびょう銀燭のまえに、桃山刺繍ぬいのうちかけを着、玉虫色のくちびるを嫣然えんぜんと誇示している時の吉野太夫よりも、このくすんだ百姓家の壁と炉のそばで、あっさりと浅黄木綿を着ている彼女のほうが
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分は「さあどうぞ」と云ったようなものの、腹の中では車夫の口にした奥さんという言葉が大いに気になった。嫂はそんな景色けしきもなく、自分を乗り越すや否や、琥珀こはく刺繍ぬいのある日傘ひがさかざした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
京都の襟新えりしんと云ううちの出店の前で、窓硝子まどガラスへ帽子のつばを突きつけるように近く寄せて、精巧に刺繍ぬいをした女の半襟はんえりを、いつまでもながめていた。そのうちにちょうど細君に似合いそうな上品なのがあった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陣羽織も、青黄の木綿筒袖もめんつつそでで、何の刺繍ぬいも模様もなかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)