出入しゅつにゅう)” の例文
松本法城まつもとほうじょうも——松本法城は結婚以来少しらくに暮らしているかも知れない。しかしついこの間まではやはり焼鳥屋へ出入しゅつにゅうしていた。……
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
試みに今、富豪の聞こえある商人の帳場に飛び込み、一時に諸帳面の精算をなさば、出入しゅつにゅう差引きして幾百幾千円の不足する者あらん。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それへ国沢君が、おなじく seconded by と加えてくれたので、大連滞在中はいつでも、倶楽部クラブ出入しゅつにゅうする資格ができた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この土蔵のかぎは枳園が自ら保管していて、自由にこれに出入しゅつにゅうした。寿蔵碑に「日々入局にちにちきょくにいり不知老之将至おいのまさにいたらんとするをしらず殆為金馬門之想云ほとんどきんばもんのおもいをなすという」としてある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
斯う思うと、時としては斯うして人間を離れて芸術の神境に出入しゅつにゅうし得るお糸さんは尋常ただの人間でないように思われる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼の出入しゅつにゅうだけを見ていては、鎌倉の苦悩のなにもわからない。げんに、幕府の営中は、それどころでない空気だった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「此処は料理屋だから兎角宜しくないものが出入しゅつにゅうする。うです? もうソロ/\出掛けましょうか?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
又はこれを資本として何等かの政権利権に接近し、ついこの間まで攻撃罵倒していた、唯物功利主義者のお台所に出入しゅつにゅうして、不純な栄華に膨れ返っている者も居る。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わたしは戸口——というよりも小屋に出入しゅつにゅうするあなというほうが適当てきとうで、そこにはドアもまどもなかったが——そこまで行って、わたしは上着とぼうしの雪をはらった。
五、しかるに自動車の中へは空き瓶の自由に出入しゅつにゅうすることは車体の構造より見て不可能なり。
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
家庭にその男が出入しゅつにゅうしたがために、そこの細君さいくん良人おっといかりを買ってお穢屋わいやの置いて往った柄杓ひしゃくなぐられたと云うようなことがあり、そのうちにとうとう劇薬自殺してしまった。
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
結局私が「屋根裏の遊戯」の中の素人しろうと探偵の様に、静子の居間の天井裏へあがって、そこに人のいた形跡があるかどうか、若しいたとすれば、一体どこから出入しゅつにゅうしたのであるかを
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
風采ふうさいはかなりで、極力身なりに気をけている。そして文士の出入しゅつにゅうする珈琲店コオフィイてんく。
紅葉はこれに反して、腹の中には鉄条網を張って余人の闖入ちんにゅうを決して許さなかったが、表面うわばは城門を開放して靴でも草鞋わらじでも出入しゅつにゅう通り抜け勝手たるべしというような顔をしていた。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
予が新銭座しんせんざたくと先生のじゅくとは咫尺しせきにして、先生毎日のごとく出入しゅつにゅうせられ何事も打明うちあけ談ずるうち、つね幕政ばくせい敗頽はいたいたんじける。もなく先生は幕府外国方翻訳御用がいこくかたほんやくごよう出役しゅつやくを命ぜらる。
その筋向うの二階家が、あたかも鏡花氏の住宅なので、今井夫妻は深くも交際しなかったが、幼い娘の子達は、色白の可愛い盛りを、子の無い鏡花氏夫妻にいとしがられて、殆ど毎日のやうに出入しゅつにゅうしていた。
友人一家の死 (新字新仮名) / 松崎天民(著)
事務員はそう云って、彼女の出入しゅつにゅうに黙諾を与えてくれたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
生徒の風儀ふうぎは、教師の感化で正していかなくてはならん、その一着手として、教師はなるべく飲食店などに出入しゅつにゅうしない事にしたい。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかるに出入しゅつにゅう差引きして余りあるははなはだ怪しむべし。いわゆる役得にもせよ、賄賂わいろにもせよ、旦那の物をせしめたるに相違はあらず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これが一つの道筋である。或る時は大学の中を抜けて赤門に出る。鉄門は早くとざされるので、患者の出入しゅつにゅうする長屋門から這入って抜けるのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
と、つぶやいて、その日から府門の柱に、一面のれんをかけて、みだりに出入しゅつにゅうを禁じてしまった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二万噸の××は白じらと乾いたドックの中に高だかと艦首をもたげていた。彼の前には巡洋艦や駆逐艇が何隻も出入しゅつにゅうしていた。それから新らしい潜航艇や水上飛行機も見えないことはなかった。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
するとこの両人は同藩の縁故でこの屋敷へ平生出入しゅつにゅうして互に顔くらいは見合っているかも知れん。ことによると話をした事があるかも分らん。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから後は学校教師になって、Laboratoriumラボラトリウム出入しゅつにゅうするばかりで、病人というものを扱った事が無い。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
下士族は出入しゅつにゅう共に心に関して身を労する者なれば、その理財の精細せいさいなること上士の夢にも知らざるもの多し。二人扶持ににんぶちとは一箇月かげつ玄米げんまいなり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それから、自分たちは、いい気になって、この待合室に出入しゅつにゅうするいろいろな人間を物色しはじめた。そうして一々、それに、東京の中学生でなければ云えないような、生意気な悪口を加え出した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それからとまたあたりを見廻すと戸棚の戸の右の下隅が半月形はんげつけいに喰い破られて、彼等の出入しゅつにゅうに便なるかの疑がある。鼻を付けていで見ると少々鼠くさい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ソレゆえ私なども江戸にれば何は扨置き桂川の家には訪問するので、度々たびたびその家に出入しゅつにゅうして居る。その桂川の家と木村の家とは親類——ごく近い親類である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
抽斎がいかに劇を好んだかは、劇神仙の号をいだというを以て、想見することが出来る。父允成ただしげがしばしば戯場ぎじょう出入しゅつにゅうしたそうであるから、殆ど遺伝といってもかろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
津田はもとより表向の用事で、この室へ始終しじゅう出入しゅつにゅうすべき人ではなかった。ばつの悪そうな顔つきをした彼は答えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私が始めて腰の物なしで汐留しおどめの奥平屋敷にいった所が、同藩士は大に驚き、丸腰で御屋敷に出入しゅつにゅうするとは殿様に不敬ではないかなどゝ議論する者もありました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかしその油断の出来ぬところが吾輩にはちょっと面白いので、吾輩がかくまでに金田家の門を出入しゅつにゅうするのも、ただこの危険がおかして見たいばかりかも知れぬ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一方は婚を以て恩徳おんとくのごとく心得、一方はその徳を徳とせずしてこれをいやしむのいきおいなれば、出入しゅつにゅうの差、はなはだ大にして、とても通婚つうこんさかんなるべき見込あることなし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかも長春の富豪が、なぐさみ半分わざとあかだらけな着物を着て、こっそりここへ出入しゅつにゅうするというんだから、森本だってどんな真似まねをしたか分らないと敬太郎は考えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は亜米利加アメリカ行の由縁で、木村家には常に出入しゅつにゅうして家の者のようにして居たから、門番も福澤ときいて潜戸を明けて呉れたは呉れたが、何だか門前が騒々しい、ドタバタやって居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼はもと高崎たかさきにいた。そうして其所そこにある兵営に出入しゅつにゅうして、糧秣かいばを納めるのが彼の商買しょうばいであった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腹のしにも血の道の薬にもならないものを、はずかしもなく吐呑とどんしてはばからざる以上は、吾輩が金田に出入しゅつにゅうするのを、あまり大きな声でとがてをして貰いたくない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家令ならなお都合がいい、平常ふだん藩邸に出入しゅつにゅうする人物の姓名職業は無論承知しているに違ない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この故に無声むせいの詩人には一句なく、無色むしょくの画家には尺縑せっけんなきも、かく人世じんせいを観じ得るの点において、かく煩悩ぼんのう解脱げだつするの点において、かく清浄界しょうじょうかい出入しゅつにゅうし得るの点において
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
好んでこういう場所へ出入しゅつにゅうしたがる彼女にとって、別に珍らしくもないこの感じは、彼女にとって、永久に新らしい感じであった。だからまた永久に珍らしい感じであるとも云えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
社会は修羅場しゅらじょうである。文明の社会は血を見ぬ修羅場である。四十年ぜんの志士は生死のあいだ出入しゅつにゅうして維新の大業を成就した。諸君のおかすべき危険は彼らの危険より恐ろしいかも知れぬ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
敬太郎けいたろうもそのうちに取りまぎれて忘れてしまった。ふとそれを耳にしたのは、彼が田口の世話で、ある地位を得たのを縁故に、遠慮なく同家へ出入しゅつにゅうのできる身になってからの事である。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
本丸の左右に懸け離れたる二つの櫓は本丸の二階から家根付の橋を渡して出入しゅつにゅうの便りを計る。櫓をめぐる三々五々の建物にはうまやもある。兵士の住居すまいもある。乱を避くる領内の細民が隠るる場所もある。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)