たくら)” の例文
年齡よりはけて見える物腰、よく禿げた前額、柔和な眼——すべて典型的な番頭でこの男だけは惡いことをたくらみさうもありません。
それらの電報がことごとく嬢の耳へ筒抜けになるとの計算の下に、偽電を至る所へ打って嬢を惑乱させようとたくらんでいるのであった。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
今ノ母屋おもやデモ家族全部ヲ収容スルノニ狭過ギルト云ウコトハナイガ、予ガイロ/\トたくらンデイル悪事ヲ実行スルノニハ少シ不便デアル。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なにしろ、正勝くんは大変なことをたくらんでるのだからなあ。実はそれで、きみたち三人に相談してみようと思ったわけなんだがね。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
この様な大悪事を(彼自身如何様いかように弁護しようとも)たくらむ程の彼ですから、生れつき所謂いわゆる奸智かんちけていたのでもありましょう。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いや、大石殿ばかりではない、旧浅野家の浪人どもおいおい江戸に参着して、何やら不穏ふおんなことをたくらんでいるという風説もある。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
和漢とももと邪視を避くるため猴を厩に置き、馬をにらむものの眼毒を種々走り廻る猿の方へ転じて力抜けせしめるたくらみだったのだ。
「ね、考えてみれば初めからたくらんだ仕事なのです、あの煙草の件にしたって」とながい物語を終わった氏がいったのである。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
「明白なたくらみ事です。——が、粛兄しゅくけい。孔明がそういったということは、周都督へは、必ず黙っていて下さいよ。問われても」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分は駄目だが、周囲の奴は、しっかりさせよう、そんなはらでやってるんじゃない。たとえばネ、ここに悪事をたくらんでいる奴がいるとしまさア。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
そして私だつてあなたが私を意地惡いぢわるく憎んでることは知つてゝよ。あなたがエドヰン・ヴィア卿のことで先づ私にたくらんだたくらみがいゝしるしだわ。
そうじて江戸えど人間にんげん調子てうしかるうて、言葉ことばしたにござります。下品げひん言葉ことばうへへ、無暗むやみに「お」のけまして、上品じやうひんせようとたくらんでります。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
相手を袋の鼠の、しかも子供とあなどってか、シムソンは彼のたくらみを、さも自慢らしく述べ立てました。何という狡獪こうかいさ。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
然し間もなく、知らず識らず胸にたくらんでいたことが、はっきり頭に上ってきた。彼は竹内を殴りつけるつもりだった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「それは、判らん。此の二三日、敵情の動きがない。大規模の作戦をたくらんでいる証拠だ。覚悟は出来ているだろうな」
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
このやつらは、いいがかりを考えて来たな、自分たちでたくらんだことを、こちらへ向けて先手にやって来たな。よしその分ならばと思ったのでしょう。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
謀反の嫌疑うたがいがかかっております! 妹思いの優しい兄様がよもやだいそれたそんな事をたくらんでいようとは思われず
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こんな悪い手段を弄するのは、単なる悪戯いたずらのためでないことは申すまでもありますまい。こうすれば幾分高価に売れるというたくらみからだろうと思います。
迷彩 (新字新仮名) / 上村松園(著)
人々は軍事的や政治的・経済的の工作によって国を救おうとたくらみます。しかしそんなことで神の国が来るものか。
それは彼の悪癖あくへきだと気にかけまいとするが、時には何か深いたくらみでもあるのではないかと思うことさえあった。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
にやにやしている男の顔を、お増は時々じっとみつめていた。悪戯いたずらたくらみが、そこに浮いてみえるようであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いっそ黙って何処へか売り飛ばして自分のふところを温めれば、一挙両得だという悪法をたくらんで、お直には猿轡さるぐつわをはませて戸棚のなかへ押し込んで置いたんです。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
此の長老が偶々、家の印として豹の爪をつ・最も有力な家柄の者だつたので、この老人の説は全長老の支持する所となつた。彼等は祕かにシャクの排斥をたくらんだ。
狐憑 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
いったい一馬は何を考え、何をたくらんでいるのだろうか。私は彼の手紙からは主としてナンセンスを感じただけだが、今や私もひどく不安になってきた。何かが起る。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
掛引かけひきみょうを得たるものなれども、政府にてはかかるたくらみと知るや知らずや、財政窮迫きゅうはく折柄おりから、この申出もうしいでに逢うてあたかわたりにふねおもいをなし、ただちにこれを承諾しょうだくしたるに
天皇がお小さいのにつけ入ってどんな悪い事をおたくらみになるかわからないとお気づかいになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
或はどこかに製作費を出すような莫迦ばか息子はいないものかと、首をひねり合うちょび髭を生やした映画不良やら、何かこそこそと隅っこでたくらみ合う金山ブローカー達
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
「どういうことだ」と彼は雪のなかをあるきながら呟いた、「あれはゆうべ相当に酔っていた、宿の名を間違えたのだろうか、それともなにかたくらんでいるのだろうか」
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
離れて彼女を援護して行く逸作の方が、先に青年のたくらみある行動を気取って、おかしいなと思った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つまり前からたくらんで故意にルージンを侮辱したと言って、ラスコーリニコフをまっこうから非難したのである。そして、今度はあまり病気を弁解の口実にしなかった。
なにごとをしようとたくらんでいるのか知らないが、しかしながら主水の手にあうようには思えない。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その結果は葉子が何か恐ろしく深いたくらみと手練てくだを示したかのように人に取られていた事も思った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
みずからたくらんで他人を傷つけるような悪人はそういるものではない。しかし地上の約束を知らない無知を悪魔に乗ぜられるのである。そして自他の運命を傷つけるのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
どんな秘密でも、どんな恐ろしいたくらみでも、世の中に知れる気づかひはございますまい。
職業(教訓劇) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
誰かは知らずおみつに情夫のあることを感づいて眼がくらみ、一挙にして男二人を葬っておみつを我物にしようと、長らくたくらみ抜いた末が、昨夜のあの孫右衛門殺しとなったのだった。
もっとも欲張りな者らは、自分の悲惨な生活の太々しい復讐ふくしゅうを、ひそかに望みたくらんでいた。しかし彼らを運んでいる流れは彼らよりもさらに賢くて、どこへ行くべきかを心得ていた。
私はぢつと坪庭の闇を透かしながら、そこに如何なる罪悪がたくらまれつつあるか、如何なる草木昆虫の感覚が又かういふ深夜の心に冷笑し、惑溺し、干渉し、声もなく歔欷し流涕するかに耳を傾けた。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その魔術のたくらみを仕おおせるだけの技巧と敏慧さとをもっている。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
私は或事をたくらんでひそかに夜の更けるのを待つてをりました。
反古 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
たくらむか知れねえって奴だ
萬七はひどく輕くあしらつてをりますが、事件には底の底がありさうで、たくらみの深さに、平次は壓迫的な豫感さへ持つてゐたのです。
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
貴方を恐喝したホセという人物は、決して虚偽のことなぞ持ち出して貴方を恐喝しようとたくらんだのではないことがわかりました。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
いま、その兄弟をよんで、われらのたくらみを話してやれば、おそらく、彼らは、勇躍して、父の仇を報ぜんというであろう。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その計画はズット前からたくらまれていて、両室共に牢の格子が鋭利なるのこぎりの類でき切られていたのを、飯粒で塗りつぶして隠しておいたということ。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
又彼はそもそも如何いかなる悪業をたくらんだのか。そして、明智小五郎はよくこの大敵に打勝つことが出来たかいなか。名探偵と魔術師の争闘こそ見ものである。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
焼けくそ半分になってなさって、事にったら夫と私だんだん薬で衰弱さして殺してしまお、……と、心の底ではそんなたくらみ持ってなさったのんやないか。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「それは調べて判った。その女を殺すべくたくらんだのは、その亭主である。つまりお前の親友という男だ。その部屋もなにもかも、お前の友人が作ったのだ」
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あらかじめたくらんだものと見え、道場の前へ差しかかりますと、ご門弟衆バラバラと立ち出で、無理無態むたいに私を連れ込み、是非にと試合を望みましたれば……」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こうなると、お節は勿論だが、その親父の浪人者や、替玉の女や、品川から来たという奴や、大勢の奴らが徒党を組んで、鍋久のうちを荒らそうとたくらんだに相違ねえ。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何とかしてイエスを亡ぼそうとたくらんだのですが、群衆はイエスを慕うてその御許みもとに集まったのです。