人力車じんりきしゃ)” の例文
私が再びうなずきながら、この築地つきじ居留地の図は、独り銅版画として興味があるばかりでなく、牡丹ぼたん唐獅子からじしの絵を描いた相乗あいのり人力車じんりきしゃ
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
丁度ちょうど、六時十五分前に一台の人力車じんりきしゃがすうっと西洋軒せいようけん玄関げんかんにとまりました。みんなはそれ来たっと玄関にならんでむかえました。
紫紺染について (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
さかずきには、いえまえをかごがとおったことも、いま人力車じんりきしゃとおり、自動車じどうしゃとおることも、たいした相違そういがないのだから、無関心むかんしんでした。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
人力曳じんりきひきの海蔵かいぞうさんも、椿つばき根本ねもと人力車じんりきしゃをおきました。人力車じんりきしゃうしではないから、つないでおかなくってもよかったのです。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それから父と二人は二人乗の人力車じんりきしゃで浅草区東三筋町みすじまち五十四番地に行ったが、その間の町は上野駅のように明るくはなかった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
勤め先からの帰りと覚しい人通りがにわかにしげくなって、その中にはちょっとした風采みなりの紳士もある。馬に乗った軍人もある。人力車じんりきしゃも通る。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
肩や胸には金モオルがこてこてと光っている。それに外套がいとう仰山ぎょうさんさには一同びっくりした。こんな物を引掛けては小さい人力車じんりきしゃなどには乗れそうもない。
それだけの狼狽ろうばいをさせるにしても快い事だと思っていた。葉子は宿直部屋べやに行って、しだらなく睡入ねいった当番の看護婦を呼び起こして人力車じんりきしゃを頼ました。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
漱石はあすこからいつも人力車じんりきしゃに乗っていたが、リュウとしたつい大嶋おおしまの和服で、青木堂の前でくるまを止めて葉巻などを買っていた姿が、今も私の眼底にある。
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
混雑の中を行くために、幾分か時間のゆとりを見て置かねばなりません。少しは廻っても、外に道はなかろうかといいましても、人力車じんりきしゃの通う道はないのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
何んでも人力車じんりきしゃ書生しょせいをつけてよこして、花嫁御寮ごりょうを乗せて、さっさとれて行ったりしては、お袋さんも娘の出世はよろこんでも、愚痴の一つもいいたくなって
あの頃の友達の多くは馬車ばしゃ人力車じんりきしゃで、大切なお姫様、お嬢様、美しい友禅ゆうぜんやおめしちりめんの矢がすりの着物などきて通ったもの。私は養家が護国寺ごこくじの近くにありました。
私の思い出 (新字新仮名) / 柳原白蓮(著)
動くものは人力車じんりきしゃ位のものだった。今の少年やモボたちが、一目してあの車はキャデラックか何者かを識別する如く、私はその頃の人力車のあらゆる形式を覚えてしまった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
もはや駕籠かごもすたれかけて、一人乗り、二人乗りの人力車じんりきしゃ、ないし乗合馬車がそれにかわりつつある。行き過ぎる人の中には洋服姿のものを見かけるが、多くはまだ身についていない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夏野尽きて道山に入る人力車じんりきしゃ 子規
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
とおざかった時分じぶん、こんどは、ドンコ、ドンコと、たいこをたたいて、まちなかを、旅芸人たびげいにんをのせた、人力車じんりきしゃが、れつをつくって、顔見世かおみせに、まわりました。
風七題 (新字新仮名) / 小川未明(著)
自分はいつも人力車じんりきしゃ牛鍋ぎゅうなべとを、明治時代が西洋から輸入して作ったもののうちで一番成功したものと信じている。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
斜めに見た格子戸こうしど造りの家の外部。家の前には人力車じんりきしゃが三台後ろ向きに止まっている。人通りはやはり沢山ない。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
海蔵かいぞうさんはやぶをうしろにしたちいさい藁屋わらやに、としとったおかあさんと二人ふたりきりでんでいました。二人ふたり百姓仕事ひゃくしょうしごとをし、ひまなときには海蔵かいぞうさんが、人力車じんりきしゃきにていたのであります。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
色白な一人ひとりの青年を乗せた人力車じんりきしゃが、仙台の町中をせわしく駆け回ったのを注意した人はおそらくなかったろうが、その青年は名を木村きむらといって、日ごろから快活な活動好きな人として知られた男で
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
時雨しぐるゝや四台静かに人力車じんりきしゃ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
かどの たばこやの まえに ちょうちんの が みえて、人力車じんりきしゃが みちを きいて いる ようすです。
こがらしの ふく ばん (新字新仮名) / 小川未明(著)
路地の雪はもう大抵両側の溝板どぶいたの上に掻き寄せられていたが人力車じんりきしゃのやっと一台通れるほどの狭さに
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある時雨しぐれの降る晩のことです。わたしを乗せた人力車じんりきしゃは、何度も大森界隈おおもりかいわいけわしい坂を上ったり下りたりして、やっと竹藪たけやぶに囲まれた、小さな西洋館の前に梶棒かじぼうを下しました。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
するとる夏の日のひるさがり、巳之助は人力車じんりきしゃ先綱さきづなを頼まれた。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
横浜にも増して見るものにつけて連想の群がり起こる光景、それから来る強い刺激……葉子は宿から回された人力車じんりきしゃの上から銀座ぎんざ通りの夜のありさまを見やりながら、危うく幾度も泣き出そうとした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
人力車じんりきしゃ賃銭ちんせんの高いばかりか何年間とも知れず永代橋えいたいばし橋普請はしぶしんで、近所の往来は竹矢来たけやらいせばめられ、小石や砂利で車の通れぬほど荒らされていた処から、れも彼れも
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また社宅へ帰る途中も、たった三町ばかりの間に人力車じんりきしゃを七台踏みつぶしたそうである。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
海蔵かいぞうさんは、からの人力車じんりきしゃをひきながらいえかえってゆくとき
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
人通りといっては一人もない此方こなたの岸をば、意外にも突然二台の人力車じんりきしゃが天神橋の方からけて来て、二人の休んでいる寺の門前もんぜんで止った。大方おおかた墓参りに来たのであろう。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その内に二人は、本郷行ほんごうゆきの電車に乗るべき、あるにぎやかな四つ辻へ来た。そこには無数の燈火ともしびが暗い空をあぶった下に、電車、自動車、人力車じんりきしゃの流れが、絶えず四方から押し寄せていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私はその翌日の朝新橋しんばしに着き人力車じんりきしゃで市ヶ谷監獄署の裏手なる父の邸宅へ送り込まれました。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、しばらくそうしていても、この問屋とんやばかり並んだ横町よこちょうには、人力車じんりきしゃ一台曲らなかった。たまに自動車が来たと思えば、それは空車あきぐるまの札を出した、泥にまみれているタクシイだった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人力車じんりきしゃから新橋の停車場ていしゃじょうに降り立った時、人から病人だと思われはせぬかと、その事がむやみに気まりがわるく、汽車に乗込んでからも、帽子を眉深まぶかにかぶり顔をまどの方へ外向そむけて
十六、七のころ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人通りもまばらな往来には、ちょうど今一台の人力車じんりきしゃが、大通りをこちらへ切れようとしている。——その楫棒かじぼうの先へ立つが早いか、彼は両手を挙げないばかりに、車上の青年へ声をかけた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これもやっと体得して見ると、畢竟ひっきょう腰のあい一つである。が、今日は失敗した。もっとも今日の失敗は必ずしも俺の罪ばかりではない。俺は今朝けさ九時前後に人力車じんりきしゃに乗って会社へ行った。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
三島神社みしまじんじゃの石垣について阪本通さかもとどおりへ出るので、毎夜吉原通いの人力車じんりきしゃがこの道を引きもきらず、提灯ちょうちんを振りながら走り過るのを、『たけくらべ』の作者は「十分間に七十五輌」と数えたのであった。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)