迂濶うくわつ)” の例文
あらそ將棋せうきやぶれていて死ぬなどは一しゆ悲壯ひそう美をかんじさせるが、迂濶うくわつに死ぬ事も出來ないであらうげん代のせん棋士きしは平ぼん
(勿論死に対する情熱は例外である。)つ又恋はさう云ふもののうちでも、特に死よりも強いかどうか、迂濶うくわつに断言は出来ないらしい。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「文公、六助、久太——又惡戯わるさか。いくら貰つたか知らないが、止せ/\、そいつは人殺しの片棒だ。迂濶うくわつかつぐと命がねえぞ」
ふくろはおしなをまだ子供こどものやうにおもつて迂濶うくわつにそれを心付こゝろづかなかつた。本當ほんたうにさうだとおもつたときはおしなもなくかたいきするやうにつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
くはしく聞置ざりし事然れども彼方にても今は何と改名かいめいせし位の事は話しも有べきはずなるに夫等に氣の付ぬとは餘り迂濶うくわつなりしれ程までに馬喰町を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
終戦後、トント原稿市場に遠ざかつてゐた私はそれほど迂濶うくわつだつた。もうハンコ屋の真似など続けてはゐられない。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
迂濶うくわつたたずんでゐたりして、不審がられるのを恐れ、わざと、もちろん軒燈もないから見えるはずもないが、隣家の表札に眼を近づけたりするのであつた。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
『だつて、校長先生、人の一生の名誉にかゝはるやうなことを、左様さう迂濶うくわつには喋舌しやべれないぢや有ませんか。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
これ天則か。天則果してかくの如く偏曲なる可きか。請ふ、いて生活の敗者に問へ、新堀しんぼりあたりの九尺二間には、迂濶うくわつなる哲学者に勝れる説明を為すもの多かるべし。
最後の勝利者は誰ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
さればとて先生はいにしへの人の立てし抽象理想論の迂濶うくわつなる跡を追はむとにもあらず、またこの世紀の生理、心理の新果實を容れざるにもあらず。その言にいへらく。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
かれ直截ちよくせつ生活せいくわつ葛藤かつとうはらつもりで、かへつて迂濶うくわつやまなかまよんだ愚物ぐぶつであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
するとこの私の眼を裏切る音が深祕な感情を持つて聽こえはじめる。しかし私は全く迂濶うくわつだつたのだ。叢のなかには地面の僅な傾斜に沿つて、杉林の奧の方から一本の樋が通つてゐる。
闇への書 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
初め篠田如き者を迂濶うくわつに入会を許したのが君の失策である、如何どうだ、の新聞のくちは、政府だの資産あるものだのと見ると、事の善悪にかゝはらず罵詈讒謗ばりざんばうの毒筆をもてあそぶのだ、彼奴きやつ帰朝かへつて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
時には迂濶うくわつらしくも見えた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「その通りだよ親分、箱から拔かれたのを、翌る日の朝まで氣が付かなかつたのは迂濶うくわつさ。裸にして置けば、その晩のうちに氣が付いたかも知れないのに」
僕はバラツクの壁にかけた、額縁のない一枚のコンテ画を見ると、迂濶うくわつに常談も言はれないのを感じた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
家庭かていあたゝかにそだつたうへに、同級どうきふ學生がくせいぐらゐよりほか交際かうさいのないをとこだから、なかことにはむし迂濶うくわつつてもいが、その迂濶うくわつところ何處どこ鷹揚おうやうおもむきそなへて實社會じつしやくわいかほしたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
折衷派だに稀なる今の我小説界にて、人間派を求めむは、文學に忠誠なる判者の事にあらずとやうに、時のつとめをおもひて、迂濶うくわつなる批評家をおどろかさむとしたるあと、歴々として見ゆるならずや。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
うつたへける是によつひがし町奉行鈴木飛騨守殿ひだのかみどのへも御相談ごさうだんとなり是より御城代ごじやうだい堀田相模守殿へ御屆おんとゞけに相成ば御城代は玉造口たまつくりぐち御加番ごかばん植村土佐守殿京橋口の御加番戸田大隅守殿おほすみのかみどのへも御相談となりしが先年松平まつだひら長七郎殿のれいもあり迂濶うくわつには取計とりはからひ難し先々町奉行所へ呼寄よびよせとく相調あひしらべ申べしと相談さうだんけつし御月番なれば西町奉行松平日向守ひうがのかみ殿は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「總髮は江戸に何十人あるか解らねえ、迂濶うくわつにあの易者を縛つて、物笑ひになるのもイヤだ」
かう云ふと、何も知らずに、炎天へ裸で出てゐる劉は、甚、迂濶うくわつなやうに思はれるが、普通の人間が、学校の教育などをうけるのも、実は大抵、これと同じやうな事をしてゐるのである。
酒虫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かれかんがへた。けれどもかんがへる方向はうかうも、かんがへる問題もんだい實質じつしつも、ほとんどつらまえやうのない空漠くうばくなものであつた。かれかんがへながら、自分じぶん非常ひじやう迂濶うくわつ眞似まねをしてゐるのではなからうかとうたがつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そのまゝ懇意こんいづくで借りたといふ家は、少し古くはなつて居りますが、戸締りなどはなか/\に嚴重で、外から迂濶うくわつに入れる隙もなく、それに間數も六つ七つ、主人の清左衞門と
藤三郎の顏には、皮肉ひにくな薄笑ひが浮びました。土藏の海鼠壁なまこかべは、あの通り見事に切り拔かれて居るのに、泥棒が鍵を盜んで入りはしないかと言ふ問が、あまりに迂濶うくわつだと思つたのでせう。