轟々ごうごう)” の例文
街を長く走っている電線に、無数の感情がこんがらかってきしんで行く気味の悪い響が、この人通りの少い裏通りに轟々ごうごうと響いていた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
女のひとはバスケットを棚へ上げると、あとは又汽車の轟々ごうごうたる音である。私の前の弟子らしい男達は、眠ったような顔をしていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
電車が二つばかり轟々ごうごうと音を立てて私の背後うしろの線路を横切った。ユーカリの枯葉が一二枚、やみの空から舞い落ちて微かな音を立てた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
本郷の大学前の電車通りを、轟々ごうごうと音立てて電車が通った。葉の散りかかった銀杏いちょう並木の上に、天が凄まじい高さで拡がっている。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
たちまち轟々ごうごうとひどい隧道内の反響だった。明るい室内の光線が急に曇り、黒インキがどッと流れだしたように暗闇が押しよせてきた。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
妾が巴里に着いた時は、ロダンさんの死によって巴里はロダンさんの芸術に対する讃美が轟々ごうごうとして世論の渦となって巻いていました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
すぐ表の坂を轟々ごうごうと戦車が通りすぎて行った。すると、かぼそい彼の声は騒音と生徒のわめきで、すっかりぎとられてしまうのであった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
風雨の咆哮ほうこうをうち消すように、ぶきみな地鳴りが起こり、非常な圧力をもった黒い山のようなものが、二人のうしろへ轟々ごうごうと押し寄せた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丘陵のような山脈の遠くから激しく移動する灰色の雲と一緒に、湿気をもったらッ風が轟々ごうごううなりをあげて襲ってくるのだった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
私たちは前にも増して、一心に耳を澄ませましたが、初めに轟々ごうごうと北風をいらかを吹き、森のこずえを揺すっているような伴奏が聞こえてきました。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ドズッ! という地響きと鉄敷かなじきの上の疳高く張り上がった音が縫って……ごっちゃになり、一つになり、工場全体が轟々ごうごうと唸りかえっていた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
低い堤に立って見おろすと、流れはずいぶん急で、堤の赭土あかつちを食いかきながら、白く濁った泡をふいて轟々ごうごうと落ちて行った。
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
轟々ごうごうと人畜の殺戮さつりくに空も鳴り大地もいている死の旋風せんぷうの中で、ここの主従だけは、ひっそりと、嗚咽おえつのうちの親と嬰児あかごのようになっていた。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まっさおな空と、紺碧こんぺきの海——轟々ごうごうと未だに振動が伝わって来る大事件がおこっていようとは思われないような海が、はるばると見渡される。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
されどその激烈なる退潮時の咆哮にいたりては、もっとも恐ろしき轟々ごうごうたる大瀑布も及ぶところにあらず、——その響きは数リーグの遠きに達す。
夜の箱根の緑のやみを、明るい頭光ヘッドライトを照しながら、電車は静かな山腹の空気をふるわして、轟々ごうごうと走りつゞけたかと思うと直ぐ終点の強羅に着いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あと白浪しらなみの寄せては返す、なぎさ長く、身はただ、黄なる雲をむかと、もすそも空に浜辺を引かれて、どれだけ来たか、海の音のただ轟々ごうごうと聞ゆるあたり。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、地軸を流すかと思われるまでに轟々ごうごうと降りしきる雨の音を、貫き貫き悲しい声で彼女は幾度も呼んだのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
不器用に急いで轟々ごうごうと通りすぎるのを見ながら、暇つぶしに車台の数を数えて、最後の箱のてっぺんに、毛皮にくるまって乗っている男に合図をした。
硝子窓にさらさらと落葉が当って轟々ごうごうと北風が家をゆすって、そのたびに、かたんかたんと窓の障子が鳴るのであった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
脚下に轟々ごうごうたる水声を聞き、雲に懸けたかと思わる、絶壁の中腹の危うき桟道を越えて行くことしばらくにして、右手に全山ことごとく岩石より成る山を見る。
ベンサムの博学宏才をもって心を法典編纂にゆだぬること五十有余年、当時彼の著書は既に各国語に翻訳せられ、彼の学説は既に一世を風靡ふうびし、雷名轟々ごうごう
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
すると、琴中に竜門りゅうもんの暴風雨起こり、竜は電光に乗じ、轟々ごうごうたる雪崩なだれは山々に鳴り渡った。帝王は狂喜して、伯牙に彼の成功の秘訣ひけつの存するところを尋ねた。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
人も訪れぬところに、轟々ごうごうと音をたてておちる巨大な滝。自然のままの緑に波うつ果てしない大平原。おごそかに音もなく大洋へと流れてゆく、深く広い大河。
外の騒ぎはますます大きくなって、気のせいか、轟々ごうごうとして水の鳴り動く音さえ聞えて来るのであります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
耳をすますと遠い遠い海のかなたが、深い深い海の底に、轟々ごうごうと鳴り響いているような気がするのでした。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
裏の窓を明けると、目の下に古湯の建物が見え、その背後に湯川が滝のように落下している。南の方からも水は来て、すぐ窓の下を轟々ごうごうと音たてて流れている。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
我々の背後で轟々ごうごうと音を立てる川は、私にカリゲイン渓流を思わせた。翌朝我々はこの島帝国に現在建っている最大の寺院、日光山の諸寺院に向けて出発した。
遠くの遠くのほうから、轟々ごうごうと渦巻いている猛火の音の下で、そんな風に叫んでいる声が微かに聞こえた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
轟々ごうごうの音をたてて走る。イマハ山中ヤマナカ、イマハハマ、イマハ鉄橋、ワタルゾト思ウ間モナクトンネルノ、闇ヲトオッテ広野ヒロノハラ、どんどん過ぎて、ああ、過ぎて行く。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
貨車が轟々ごうごうと音をたててわたしを通りすぎ、わたしがロング・ウォーフからレーク・チャムプレーまでの道のりにわたってそのにおいをまきちらす貨物を嗅ぐとき
下流の方を眺めると、溪が瀬をなして轟々ごうごうと激していた。瀬の色は闇のなかでも白い。それはまたのように細くなって下流の闇のなかへ消えてゆくのである。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
メガンチオスはエウリピロスのやりの下に死しぬ。英雄の王たるアガメムノンは、轟々ごうごうたるサトニオの大河に洗わるる峻嶮しゅんけんなる都市に生まれたるエラトスを打ち倒しぬ。
アルルの近郊プロヴァンスに近い平坦な野原に朦朧とたたずむ橄欖オリーブ矮林わいりんのそばを轟々ごうごうたる疾駆を続けてゆく。
物凄ものすごいほど水が増して轟々ごうごうと濁水がみなぎり流れておるそのつつみに沢山の家もあることか、小さい藁葺わらぶきの小家が唯二軒あるばかりだというので、その川の壮大な力強い感じと
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
境内の大きなつがに寒い風が轟々ごうごうと鳴るような晩や、さらさらと障子をなでてゆく笹雪のふる夜など、ことに父と二人で静かにいろいろな話をしてもらうことが好きであった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
室一杯に、轟々ごうごうと波うつ水は、やがて、足を浸し、瞬く内に膝頭ひざがしらへと昇って来る、その早さ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二万五千六百の雪峰 であって巍然ぎぜんとして波動状の山々の上に聳えて居る様はいかにも素晴らしい。その辺へ着きますと閃々せんせんと電光が輝き渡り迅雷じんらい轟々ごうごうと耳をつんざくばかり。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
庭の端の崖下は電車線路になっていて、ときどき轟々ごうごうと電車の行き過ぎる音だけが聞える。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今もなお地に響いて盛んに轟々ごうごうと鳴っている。濛々もうもうたる黒煙の柱が天にもとどきそうだ。灰の雨が盛んに降っている。高原は一面に深い霧にとざされたように模糊もことしている。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
廊下の奥からはかぶさる水のような轟々ごうごうという音が聞え、廊下は横ざまに振れ、両側に待っている訴訟当事者たちは下がったり、上がったりしているように思われるのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
噴火山は大概休んでゐるか、又は現に煙を噴いてゐるかの、何方どちらかだ。しかし、其の休んでゐる山でも、時々轟々ごうごう唸つたり震えたりして、焼けただれた物を滝のやうに噴き出す。
二人の頭の上では二百十一日の阿蘇が轟々ごうごうと百年の不平を限りなき碧空へきくうに吐き出している。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ああ死にたくなった、モウこの世に居たくない、玉川電車の線路か、早十一時——、モウ電車は通うまい、ヨシ汽車がある、轟々ごうごうたる音一度ひとたびとどろけば我はすでにこの世に居ないのだ。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
同じ船室に当った馬杉ますぎ君と、上甲板の籐椅子に腰をかけていると、舷側にぶつかる浪の水沫しぶきが、時々頭の上へも降りかかって来る。海は勿論まっ白になって、底が轟々ごうごう煮え返っている。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこは海洋の真只中まっただなか大鳴門おおなるとだ。約一海里平方ぐらいの海が、大渦巻をなして、轟々ごうごう物凄ものすごいうなりをあげている。「あッ! 大渦巻だ!」「人をも、船をも、一呑みにする魔の海だ」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
ひとたび鳴りをしずめていた国内の輿論はふたたび轟々ごうごうと湧きあがってきた。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
歌は「加藤はやぶさ戦闘隊」で、エンジンの音、轟々ごうごうと……というあれであった。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
見給え、空には飛行機がとび、海には鋼鉄が走り、高架線を電車が轟々ごうごうと駈けて行く。我々の生活が健康である限り、西洋風の安直なバラックを模倣して得々としても、我々の文化は健康だ。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
都門ともんの劇場に拙劣なる翻訳劇出づるや、朋党ほうとう相結あいむすんで直ちにこれを以て新しき芸術の出現と叫び、官営の美術展覧場にいやしき画工ら虚名のしのぎを削れば、猜疑さいぎ嫉妬しっとの俗論轟々ごうごうとして沸くが如き時
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)