蹴散けち)” の例文
明智が行李を蹴散けちらして追いすがった。四畳半の窓を開けると物干場ものほしばがある。階下に見張りがあるため逃げ場は屋根のほかにないのだ。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と云ううちに交通巡査も、物蔭ものかげに隠しておいた自働自転車を引ずり出して飛乗った。爆音を蹴散けちらして箱自動車セダンの跡を追った。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ぬかるみを飛び越え、石ころを蹴散けちらし、往来どめのなわり抜け、五味ごみための箱を引っくり返し、振り向きもせずに逃げ続けました。御覧なさい。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
人穴ひとあな残党ざんとうを一きょ蹴散けちらして、主将呂宋兵衛るそんべえを生けどり、多宝塔たほうとうの三じゅうふうじこめた伊那丸いなまる軍兵ぐんぴょうが、あかつきの陣ぞろいに富岳ふがく紅雲こううんをのぞんで
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……羽織は、まだしも、世の中一般に、頭にかぶるものときまった麦藁むぎわらの、安値なのではあるが夏帽子を、居かわり立直る客が蹴散けちらし、踏挫ふみひしぎそうにする……
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼方かなたの狐も一生懸命、はたの作物を蹴散けちらして、里のかたへ走りしが、ある人家の外面そとべに、結ひめぐらしたる生垣いけがきを、ひらりおどり越え、家のうちに逃げ入りしにぞ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
しばら火鉢ひばちからつて、せまかべからかべ衡突ぶつかつて彷徨さまようすけぶり疾風しつぷうためぐにごうつと蹴散けちらされてしまつた。せま小屋こやうちはそれからしづんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼は静かな茶の間の空気を自分で蹴散けちらす人のように立ち上ると、すぐ玄関から表へ出た。そうして電車通りを半丁はんちょうほど右へ行った所にある自動電話へけつけた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
忠三郎は先頭に立って馬を乗入れ、敗走する敵兵を従横に蹴散けちらしながら、声高々と叫んでいた。
蒲生鶴千代 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
幸吉こうきちが、けると、黒犬くろいぬは、弾丸だんがんのようにして、叔父おじさんが、仕事しごとをしている店先みせさきのブリキいた蹴散けちらして、路次ろじけてはらっぱのほうげていったのです。
花の咲く前 (新字新仮名) / 小川未明(著)
男と云う男はみんなくだらないじゃあないの! 蹴散けちらして、踏みたくってやりたい怒りに燃えて、ウイスキーも日本酒もちゃんぽんに呑み散らした私の情けない姿が
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
不思議な帽子をかぶった郵便配達夫が、大きなずっくのふくろをかついで雨のなかを行く。買物の帰りらしい女が赤い護謨外套マッケントンの襟を立てて歩道に水煙を蹴散けちらしてくる。
あなたに出来る精一ぱいの反抗は、たったそれだけなのですか、鳩売りの腰掛けを蹴散けちらすだけのことなのですか、と私は憫笑びんしょうしておたずねしてみたいとさえ思いました。
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
そこで私は、まったくあわてふためいて、手早くおき蹴散けちらしながら、取りだした二冊の書物があった。ああ、すんでのことに私は、貴重な資料を焼き捨ててしまうところだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それからいま/\しげに箱を蹴散けちらしましたが、とたんに、声を立てました。
悪魔の宝 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
お米を足で蹴散けちらすとは。
百姓の足、坊さんの足 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
事実二人とも、この研究を完成するためには、あらゆる人情も良心も、神も仏も踏み潰し蹴散けちらして行く決心であった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
白は元来もときた木々のあいだへ、まっしぐらにまたけこみました。茶色の子犬も嬉しそうに、ベンチをくぐり、薔薇ばら蹴散けちらし、白に負けまいと走って来ます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
理不尽りふじんにも、土足のまま、小舟の中へおどり込んできた者たちは、たちまち、とまをはねて、川の中へ蹴散けちらかし
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰もさえぎる者はなかつたさうだけれど、それが又、敵のかこい蹴散けちらしてげるより、工合ぐあいが悪い。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しかし前にもいった通り、私はこの一言で、彼が折角せっかく積み上げた過去を蹴散けちらしたつもりではありません。かえってそれを今まで通り積み重ねて行かせようとしたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
益々そのすうを増し、道々の花は踏みにじられ、蹴散けちらされて、満目の花吹雪ふぶきとなり、その花びらと湯気としぶきとの濛々もうもうと入乱れた中に、裸女の肉塊は、肉と肉とをり合せて
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分は酔って銀座裏を、ここはお国を何百里、ここはお国を何百里、と小声で繰り返し繰り返し呟くように歌いながら、なおも降りつもる雪を靴先で蹴散けちらして歩いて、突然、吐きました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
蹴散けちらかそうと懸命に舞踏している!
その上に置いて在った硝子ガラス製の吸呑器すいのみき蹴散けちらしたり、百しょくの電燈をけっぱなしにして出て行ったり、如何にも夢遊病者らしい手落ちを都合よく残しておられます。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
が、蟻の群は蹴散けちらされたと思うと、すぐにまた赤蜂の翅や脚にすがりついてしまうのです。僕等はそこに立ちどまり、しばらくこの赤蜂のあがいているのを眺めていました。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何でもでも聞かないと気が済まん。いきなり石段を一股ひとまたに飛び下りて化銀杏ばけいちょうの落葉を蹴散けちらして寂光院の門を出てず左の方を見た。いない。右を向いた。右にも見えない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「壕はすでに埋められておる。城壁をたのんでいる時でもない。敵の越える前に、存分、城外で駈け蹴散けちらしてくりょう。——それからでも守るには遅くあるまい。御老体、機を観て、退き太鼓を打て」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠く元弘三年の昔、九州随一の勤王家菊池武時は、逆臣北条探題、少弐しょうに大友等三千の大軍を一戦に蹴散けちらかさんと、手勢百五十騎をひっさげて、この櫛田神社の社前を横切った。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たちまち蹴散けちらしてごむねんをはらします所存
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
背面より絹製の帯締おびじめを以て絞殺され、寝具を蹴散けちらし、畳の上を輾転てんてんして藻掻もがき苦しむなど、甚しき苦悶の跡を残したるまま絶命せるものを、更に階段の処に持行きて手摺てすりより細帯にて吊し下げ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)