蒼白そうはく)” の例文
つるつる坊主の蒼白そうはくの顔に、小さなしまの絹の着物を着せられて、ぐったりよこたわっている姿は文楽か何かの陰惨な人形のようであった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
からだは相当ふとっていたが、蒼白そうはくな顔色にちっとも生気がなくて、灰色のひとみの底になんとも言えない暗い影があるような気がした。
B教授の死 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
衝立の後ろから半身を現わして、二度目にこう言ったのは関寺小町ではなくて、顔色の蒼白そうはくな、月代さかやきの長い机竜之助でありました。
ある時を期して、考えに沈める一人の人の蒼白そうはくなる顔をとおし、その内部をのぞき、その魂をのぞき、その暗黒のうちをうかがい見よ。
私は微力を測らずして一躍男子の圧抑からのがれようとするやせ我慢を恥じねばならなかった。私は瞭然はっきりと女性の蒼白そうはくな裸体を見ることが出来た。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そう決心して彼との対面の場合のことを想像すると、血が顔からすーと引いて行くのを感じ、太田は蒼白そうはくな面持で興奮した。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
僕たちが研究室へ飛びこむと同時に、廊下のドアから、顔面蒼白そうはくの鰐博士がけこんで来、あとから黒い影が二つ、風のやうに押しこんで来た。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
悪漢佐伯も、この必死の抗議には参ったらしく、急に力が抜けた様子で、だらりと両腕を下げ、蒼白そうはくの顔に苦笑を浮かべ
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
親子は次第に激昂げっこうして蒼白そうはくな顔色になって行ったが、好い塩梅あんばいに兄やウロンスキーの仲裁で、座が白けない程度にぷすぷすくすぶっただけで終った。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その蒼白そうはくさ、なんともたとえようのない色合いのほのめきは、ちょうど、一面に散り敷いた色のない雲のようであった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一つのたかぶった国民全体を、十字架のもとに、自らの足もとに屈せしめるだけの力を、精神の白熱的な深みから取って来る、あの蒼白そうはくな非力を。
成親などは、顔面蒼白そうはくになって立ち上り、浄憲につめ寄ろうとした拍子に、着物の袖がふれて前にあった瓶子へいしが倒れた。
ふとくびすかえして、二あしあしあるきかかったときだった。すみ障子しょうじしずかにけて、にわった春信はるのぶは、蒼白そうはくかおを、振袖姿ふりそですがた松江しょうこうほうけた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
夫人の顔が、さすが蒼白そうはくに転ずるのを尻目しりめにかけながら、信一郎は、素早く部屋を出ようとした。が、それを見ると、夫人はきっとなって呼び止めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
根来勇助は蒼白そうはくになった、初めは竜太郎の言葉の意味がのみこめぬらしく、白痴のように唇をもぐもぐさせていたが、やがて立上って、吃りながら
溜息の部屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、ふっとその蒼白そうはくえた顔に、動揺とまで行かないにせよ、ある気弱なものが滑ったのをぼくは見逃さなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
比丘尼びくに小町うんぬんの妖々ようようたるなぞのみでしたから、名人の秀麗な面がしだいしだいに蒼白そうはくの度を加え、烱々たるまなざしが静かに徐々に閉じられて
老婦人は紙のように蒼白そうはくな顔色をしていました。両手をワナワナとふるわせながら、兄の胸にとびついて来ました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蒼白そうはくなやせたその顔には、妻を歯牙しがにもかけないごうまんさと、人間的な冷酷さがみなぎっているように見えた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
上気した頬のいろが、見る間にスーッと引いて、たちまち蒼白そうはくに澄んだお藤は、無我の境に入ってゆくようです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
新島君は当時より既によほど健康を損じておられたものと見えて、顔色蒼白そうはく体躯たいく羸痩るいそうという風が見えた。屡々しばしばせきをしておられたのが今なお耳に残っている。
その暴風の最も強烈な最中に、にわかの転調が、音の反射が、空の暗黒をうがって、蒼白そうはくな海の上に、光の延板のように落ちてくる。それが終わりである。
歳三十に近く蒼白そうはくなる美貌びぼうはなやかならざれどもすずしきみどり色の、たとえば陰地にいたる草の葉のごとくなるに装いたり。妙念にすがり鐘楼に眼を定め息を
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
そう二つのものの間に、経盛と木工助は、茫然ぼうぜんとしていたが、召使たちの跫音あしおとが、ここへ集まって来るのを知ると、泰子は、蒼白そうはくな顔を、地面からきッと上げて
むしろ蒼白そうはくな、何かスベスベしたものが、一寸一寸と、見物の眼に暴露されてきたではないか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
くずるる潮の黒髪を洗うたびに、顔の色が、しだいに蒼白そうはくにあせて、いまかえって雲を破った朝日の光に、濡蓑は、さっ朱鷺色ときいろに薄く燃えながら——昨日きのう坊さんを払ったように
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれどいよいよ読み終わった時、その顔は蒼白そうはくに変わり、痙攣けいれんのためにゆがんでさえも見えた。そして唇には重苦しい、いらいらした、意地わるげな微笑が蛇のようにうねっていた。
それから財布のなかを調べてふところに入れ、チリ紙とタオルを枕もとに置いた。そういう動作をしているお前の妹の顔は、お前が笑うような形容詞を使うことになるが、紙のように蒼白そうはくだった。
母たち (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
文麻呂 (ぎょっとしたようになよたけの蒼白そうはくな顔をのぞきこむ……)
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ほほのこけた蒼白そうはくの顔の上部、両のびんと額とは大火傷おおやけどのあとのごとくあか黒く光って、ひっつれている。そして眉間みけんと、左右の米かみのところに焼け火箸ひばしで突いたほどのあなのあとが残っているのである。
彼は黙って秀才の蒼白そうはくな顔を見つめていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
本来蒼白そうはくそのもののおもてが、いっそう蒼白にえているようなものだが、思いなしか、その白い冴えた面に、このごろは光沢というほどでもないが
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして蒼白そうはく昏迷こんめいした凄惨せいさんな様子で、目には無限の喜びを浮かべ、震える両腕を開いて、椅子いすの上に身を起こした。
突然時平の声の調子が変ったので、国経が見ると、さっきまで赤味を帯びていた顔の色が蒼白そうはくになり、唇の端を神経質にピクピクさせているのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし息もつかず、眼は閉じ、額や顳顬こめかみの骨には、蒼白そうはくな皮膚が張りつめていた。あたかも死人のようだった。
丘田医師には違いないが、日頃の彼の温良なる風貌はなく、髪は逆立ち、顔面は蒼白そうはくとなり、眼は血走り、ヌッとつき出した細い腕はワナワナとふるえていた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「何の、てんごうを云うてなるものか、人妻に云い寄るからは、命を投げ出しての恋じゃ」と、いうかと思うと、藤十郎の顔も、さっと蒼白そうはくに変じてしまった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そのやや蒼白そうはくな面に沈吟の色を見せながら、雲霧の中に小さな玉を探ろうとするように、じっとくちびるを結んでいましたが、と、——ちょうどそのときでありました。
蒼白そうはくの額に、深い縦じわをきざんで、暗く沈んだ声なのは、よほどの重大事を議しているらしい。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いやに緊張して口をひきしめいつまでもあきれるほど永く踊りつづけている者もあり、また、さいぜんからふすまによりかかって、顔面蒼白そうはくを血走らせて一座を無言でにら
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
どんな障害も起こらないことを奈尾は知っている、理由わけを証明することは出来ないが、決して障害の起こらないことが感じられる、……蒼白そうはくめいた透きとおるような奈尾の顔に
合歓木の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
このすばらしい事象は、眠りできよめられたかれのたましいを、敬虔けいけんな気持でいっぱいにする。まだ天と地と海は、不気味にガラスめいた薄明の蒼白そうはくさのなかに横たわっている。
新七はふたたび蒼白そうはくな面になった。余りにもこっちの内情に彼が通じているからだった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
呼吸いきの下でいって、いい続けて、時々歯噛はがみをしていた少年は、耳をすまして、聞き果てると、しばらくうっとりして、早や死の色の宿ったる蒼白そうはくおもてやわらげながら、手真似てまねをすること三度ばかり。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目はほとんど真っ黒で、プライドにみちた輝きを放っていたが、またそれと同時に、どうかすると瞬間的に、並みはずれて善良な表情になるのであった。色は青白かったが、病的な蒼白そうはくさではない。
そのひくい、蒼白そうはくなからだを
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
顔が蒼白そうはくだった。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
涙はまぶたにあふれて、蒼白そうはくのほほに伝わって流れた。彼は空の深みに目を定めたまま、自分自らにささやくがように声低くほとんどどもりながら言った。
クリストフはテーブルをつきのけ椅子いすをつき倒しながら猛然と立ち上がった。髪の毛は逆立っていた。彼は歯をかち合わせ蒼白そうはくになって一瞬間たたずんだ……。