くら)” の例文
一種、眼のくらみそうなにおいが室内にみなぎって、周蔵は起上って坐っていたが、私の入って来ると同時にまたごろりところんでしまった。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
妾はここまで聞いているうちに眼のくらむのをおぼえました。よくその場にたおれてしまわなかったか今でも不思議に思うくらいです。
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
その眼のくらむような大光熱は、山々の青葉を渡る朝風をピッタリと窒息させ、田の中に浮く数万のかわずの鼻の頭を一つ一つに乾燥させ
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、一日に十三時間も乗り廻すので、時々目がくらんだ。ある日、手を挙げていた客の姿に気づかなかったと、運転手になぐられた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
我は彼等のかうべなる黄金こがねの髮をみとめしかど、その顏にむかへば、あたかも度を超ゆるによりて能力ちから亂るゝごとくわが目くらみぬ —三六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
あわせてその邪魔になる佐藤孫四郎の命を縮めるよう……詰まりは恋に眼がくらんで、白蝶の邪法を行なうことになったのでござります。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
直家が云うと、大勢のなかに引きすえられたその若者は、眼がくらみでもするように、ぺたと、顔を地につけたまま、身を縮めていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それじゃ話すけれど、実は昨日私たちの帰りに堂島が廊下に待ち受けていて私の顔を撲ったのよ。私、眼がくらむほど撲られたんです」
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自我の利欲に目のくらむ必要がある。少くとも古来より聖賢の教えた道をないがしろにする必要がある。生活難をうたえる人よ。私は諸君がうらやましい。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あゝ、物を云ふと、眼がくらむぜ。(寝台に腰をおろす)人間のからだといふのは微妙なもんだ。精がない時は、寝転ぶやうに出来てる。
医術の進歩 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
前後左右四方上下から、真黒な大鉄壁を以て、ひたひたと押えつけられるような心持になって眼がくらくらとくらんでしまいました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
主翁はじぶんをこんな処へれて来てどうするつもりだろうと思って、そっと書生の顔を見た。主翁は怖れて眼前めさきくらむように思った。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私のような、向う見ずに女に目のくらんだものに取っては、電燈の暗いのなんぞちっとも気にはならないがね、同伴つれの男は驚きましたぜ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薔薇ばら色、丁子色、朱色、土耳古トルコだま色、オレンジ色、群青、すみれ色——すべて、繻子しゅすの光沢を帯びた・其等の・目もくらむ色彩に染上げられた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
と云う奴があり、又石を投げる弥次馬が有るので、又市はくらんで、田月堂という菓子屋へ駈込んだから菓子屋では驚きました。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
然るに『罪と罰』を読んだ時、あたかも曠野こうやに落雷に会うて眼くらめき耳いたる如き、今までにかつて覚えない甚深の感動を与えられた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
酔っていたせいで、すこし眼がくらんだ。あしもとを見ると藁屑がそこら一面にみだれていた。乾いたいやな匂いでさらさらと鳴っていた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
源は前後あとさきの考があるじゃなし、不平と怨恨うらみとですこし目もくらんで、有合う天秤棒てんびんぼうを振上げたからたまりません——お隅はそこへたおれました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
京弥、下賤の色恋にまなこくらんでいるお大名方には、この三日月形、利きがわるいと見えるわい。では、負けて帰るかのう。急いで参れよ
君のあの立派な友人はその数々の美徳をもって、こんな簡単明瞭なことがわからなくなるまで、君の眼をくらましおおせたのかね?
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そして、扉が開かれると、そこにみなぎっている五彩の陽炎かげろうからはくらまんばかりの感覚をうけ、すでに彼には現場などという意識がなかった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
目もくらむような光明劇は前方で演ぜられる。おれには前途はない。将来に希望を繋ぐには朽ちかけて来た命の綱が今にも切れそうである。
突然、彼は、瞳を何かに打たれたか、くらませられたかのやうにパチとまばたいて振向きざま今迄よりもずつとせきこんだ調子で云つた——
それは月の光があなたの目をくらましたのです。月光の妖術とでもいいますか、犯人の巧緻を極めた手品にすぎなかったのです。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼女は今は絶体絶命、失望に眼もくらみかけたが、がれるだけは遁がれて見ようと隈笹くまざさの中へ飛び込んで息をひそめてうかがった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
運搬演習だって、あの穴弘法あなこうぼうの岩山の目のくらむ山腹を、お互いの身体をロープで縛ったりして患者運びをやらされたものだ。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
人々は偉大という言を人間に対してあまりに惜し気もなく用いすぎるように見える。われらはその外面的事業の光彩にくらまされてはならない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「月丸は、見かけによらぬ奸智にけた奴、油断すな。といっても、恋に、眼のくらんでいる、お主には、わかるまいが——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
単に生々なまなましい色彩に眼をくらまされるのではなく、光と共に陰影を見る眼である。単に事物の分量に驚くのではなく、その質を吟味する眼である。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
と頭上にある青空が、さっと透き徹って光を放つ。(この心のうずき、この幻想のくるめき)僕は眼もくらむばかりの美しい世界に視入みいろうとした。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼は勇躍して立ち上った。そして、海岸へ走り出た。いつもは、魂もくらむようにものうく思われた大洋が、なんと美しく輝いていたことだろう。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「本当に喉がからからで眼がくらみそうなんだ、茶を一杯だけでいいんだから、なあ権兵衛さん、でかいほうの権兵衛さん」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二寸ほどあいた抽斗ひきだしの口から、何か白いものがチラと見える。キャラコさんは、眼がくらんで書机デスクのほうへ倒れかかった。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私がどんなに口をくしても、生學問と生理窟の達者な孫三郎は、人を斬る樂しみと、金を集める慾に目がくらんで、益々その惡業が募るばかりです
叔父夫婦の虐待、終日の労働、夏のじりじりと眼もくらむ日に雇われて、十二時間の田草取り、麦の収穫の忙しい時にはほとんど昼飯を食う暇もない。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
男は徹夜続きの疲労し切った肉体に、逆に襲って来た情慾じょうよくに眼がくらみ、おすの野獣を思わせる荒々しさで征服し始めた。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
一八一四年七月から九月中旬までゼネバに滞在していたが、デ・ラ・リーブはデビーの名声にくらまさるることなく、ファラデーの真価を認め出した。
あまりの凶事に心も消えて、「しめおん」をはじめ翁まで、居あはせた程の奉教人衆は、皆目のくらむ思ひがござつた。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
王若い時高名の女嫌いだったが後翻然として改宗し、大好きとなったは初めてパンカステの麗容に目がくらんでからだ。
こんな生若い許嫁いいなずけがあったばかりに、自分のいうことを聞かなかったのかと思うと、怒りに眼がくらんできたのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
が、ポチを殺した犬殺しと此人と何だか同じように思われて、クラクラと目がくらむと、私はもう無茶苦茶になった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その変化はあまりに意外だったので、ふたりはたとい目がくらみはしなかったとするもまったく惘然ぼうぜんとしてしまった。
それに、今になって、そこの、寝台のあしもとに壺がある。このからっぽの、白い壺を見ていると、彼は眼がくらむ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あたし、あなたなんかに眼がくらんで、とうとうお嫁さんになりそこねたわ。これもあなたよ。甲谷さんに仰言おっしゃっといて。だけど、甲谷さんも甲谷さんだわ。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
おきな布団ふとんはねのけ、つとちあがりて、紀州よ我子よと呼びし時、くらみてそのまま布団の上に倒れつ、千尋ちひろの底に落入りて波わが頭上に砕けしように覚えぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
如何にして人民政府の眼をくらますかが興味の中心となり、あまつさえ背景がフランス大革命時代のパリーと来ているのであるから、所謂いわゆる三拍子揃った訳である。
歴史的探偵小説の興味 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
もっとも「大坂城の石垣の石は実に大きかった」とか、「天王寺の塔の上へ登って下を見たら眼がくらんだ」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だから、私はさう言つて遣つた、お気の毒だが、貴方は大方目がくらんで、そりやお袋を縛つたんだらうつて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
角灯の光が穴のなかへしたとき、雑然として積み重なっている黄金宝石の山から、実に燦爛さんらんたる光輝が照りかえして、まったく我々の眼をくらませたのであった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
彼は目がくらむような気がした。よろよろと倒れそうになるのを、全身の力でようやく踏みこらえていた。
或る嬰児殺しの動機 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)