まなじり)” の例文
トいいながらしずかに此方こなたを振向いたお政の顔を見れば、何時しか額に芋蠋いもむしほどの青筋を張らせ、肝癪かんしゃくまなじりを釣上げてくちびるをヒン曲げている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
槍をつかんだ伊東のまなじりが裂ける。こいつは、先頃まで、自分が引立てて馬丁をさせて置いた辰公だ——八ツ裂きにすべき裏切者。
そもそもまたわが日本の前途はいかん。まなじりを決して前途を望めば雲行はなはだ急なるを見るなり。吾人は実にこれを掛念けねんするに堪えざるなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
天川の伝説は間違ひでしたと言はない限り車裂きにも致しかねない思ひつめ方、まなじりを決し双肌ぬいで詰め寄る形相物凄い。
わらはの真心の程は、和尚の死骸なきがらを見てものあたりに思ひ知り給ふべしと、思ひ詰めたる女の一念。まなじりを輝やかす美くしさ。心も眩むばかり也。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
馬蹄ばていに掛けて群集を蹴散らさんがためなのです。その時いずれの印度人もまなじりを挙げて、いつの日にか英国への復讐ふくしゅうを誓わぬものとてはありませんでした。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
宮は慄然りつぜんとして振仰ぎしが、荒尾の鋭きまなじりは貫一がうらみうつりたりやと、その見る前に身の措所無おきどころな打竦うちすくみたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
へまであるが、出るところへ出れば相当の男なんだ、という事を示そうとして、ぎゅっと口を引締めてまなじりを決し、分会長殿をにらんでやったが、一向にききめがなく、ただ
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
横蔵の精悍せいかんそのもののような顔——鋭く切れ上がったまなじり、高く曲がった鼻、硬さを思わせる唇にもかかわらず、その髪は、豊かな大たぶさにも余り、それが解かれるとき
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
始は水の泡のようにふっと出て、それから地の上を少し離れた所へ、漂うごとくぼんやり止りましたが、たちまちそのどろりとした煤色の瞳が、斜にまなじりの方へ寄ったそうです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その顔をじっと見ていて、オリガのまなじりに皺のある大きい眼に思いやりの柔かみが浮んだ。
広場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
今まで得々と弁じ立てていた当の老人は、顔色を失い、意味も無く子路の前に頭を下げてから人垣ひとがきの背後に身をかくした。まなじりを決した子路の形相ぎょうそうが余りにすさまじかったのであろう。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
勇士が虎に勝った史話は多く『淵鑑類函』や『佩文韻府』にならべある。例せば『列士伝』に秦王朱亥しゅがいを虎おりの中にいた時亥目をいからし虎を視るにまなじり裂け血出そそぐ、虎ついにあえて動かず。
そこへいかりまなじりげた、一人ひとりわかおんなあらわれて、口惜くやしい口惜くやしいとわめきつづけながら、くだんおとこにとびかかって、頭髪かみむしったり、顔面かおっかいたり、あしったり、んだり
まなじりが張りさけんばかりにクヮッと眼をむき、なにか、眼に見えぬ水中の敵とでも争うような恰好で、凄じい水飛沫みずしぶきをあげながら夢中になって両手で水を叩きまわっていたが、それも束の間で
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
紀昌きしやうこゝにおいて、いへかへりて、つまはたもとあふむけにして、まなこみひらいていなごごとく。二年にねんのち錐末すゐまつまなじりたつすといへどまたゝかざるにいたる。いてもつ飛衞ひゑいぐ、ねがはくはしやまなぶをん。
術三則 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
母から受けた恥辱のために、彼の眼は血走り、彼のまなじりは裂けてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
つるぎに倚りて、まなじり裂けば
従軍行 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
先程より疳癪かんしゃくまなじりり上げて手ぐすね引て待ッていた母親のお政は、お勢の顔を見るより早く、込み上げて来る小言を一時にさらけ出しての大怒鳴おおがなり
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
又残る片側かたつらは、眉千切ちぎれ絶え、まなじり白く出で、唇ななめかたよりて、まことに鬼のすがたとや云はむ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
に彼は火の如何いかえ、如何にくや、とおごそかるが如くまなじりを裂きて、その立てる処を一歩も移さず、風と烟とほのほとの相雑あひまじはり、相争あひあらそひ、相勢あひきほひて、力の限を互にふるふをば、いみじくもたりとや
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
母から受けた恥辱のために、彼の眼は血走り、彼のまなじりは裂けていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
恬然てんぜんとして徳川十五代将軍と肩を並べている大官連の厚顔無恥振りにまなじりを決していた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
戦国武士の血を多分にけ継いでいる忠之は、芥屋けや石の沓脱台くつぬぎに庭下駄を踏み鳴らして癇をたかぶらせた。成行によっては薩州と一出入り仕兼ねまじき決心が、その切れ上ったまなじりに見えた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
磔刑柱はりつけばしらの上にて屹度きつとおもてもたげ、小さき唇をキリ/\と噛み、美しく血走りたるまなじりを輝やかしつゝ乱るゝ黒髪、さつと振り上げて左右を見まはすうち、魂切たまぎる如き声を立てゝ何やら叫びいだせば
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ゴンクール氏のまなじりはきりきりと釣り上った。女の笑い声の一震動ごとにビクビクと動いた。髪の毛は逆立ち、唇を深く噛み締めて、拳銃ピストルの柄を砕くるばかりに握り締めつつじりじりと後退あとじさりをした。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
三歳の時、囲炉ゐろりに落ちしとかにて、右の半面焼けたゞれ、ひとへに土塊つちくれの如く、眉千切れ絶え、まなじり白く出で、唇、狼の如く釣り歪みて、鬼とや見えむ。獣とか見む。われと鏡を見て打ちをのゝくばかりなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)